第15話、明日の予定

「では、離れずについて来て下さい」

『はーい!』


 ハゲ男が付けてくれた案内は、意外な事に女だった。

 俺が女だからという気遣いなのか、特に理由は無いのか。

 どちらにせよスラムを出られるならそれで良いか。


 素直に女の案内について行き、暗闇の中を進み続ける。

 街灯も無ければ目印らしいものも解らない。

 全く明かりが無いわけではないが、それでも殆ど明かりらしい明かりは無い。


 そんな中で案内の女はするすると、まるで迷いなく歩を進めていく。

 精霊は何が楽しいのか、案内の後ろを楽し気について歩いている。


「良く迷わないな」

『凄いねー』

「慣れていますから」


 そっけない返事だが、少しだけ嬉しそうな声音なのは気のせいだろうか。

 とはいえそれ以上の会話も無く、無言で黙々と歩く時間が過ぎる。

 ただ暫くすると、俺にも見覚えのある光景が見えてきた気がした。


「そろそろ表通りに出ます」

「早いな」

『あっという間ー!』

「最短距離を進みましたので」

「そうか。何にせよ助かった。感謝する」


 自分一人ではスラムを抜けるのにどれだけ時間がかかった事か。

 と思ったが、今ふと抜け出す簡単な方法に気が付いた。

 自分の身体能力の高さを知っているのだし、建物の上を飛べばよかったのではと。


 今更気が付いても後の祭りだが、次からはそうすることにしよう。


「お待ちください。領主館まで案内する様に命令を受けていますので」

「ここまで来れば別にそこまでの案内は―――――」

「表通りからスラムに迷い込まれたのでは?」

『のでは?』


 何故お前迄一緒になって首を傾げているんだ。

 お前も一緒に迷ってただろうが。むしろお前の決めた方向で更に奥に入ったんだが。


「・・・案内を頼む」

「お任せを」


 そんな風に若干理不尽な物を感じながらも、反論できないので素直に案内に従う。


「もうそろそろ見えてきます」


 そうして女の言葉で視線を向けると、見覚えのある屋敷が目に入って来た。


「流石に屋敷に近づく訳にはいきませんので、案内はここまでとなります」

「解った。案内感謝する」

「お気になさらず。私はただ命令を全うしただけですから」


 ただ仕事をしただけ。歯車として役目を全うしただけ。

 そんな言葉を吐く女を見て、一瞬胸に何とも言い難い思いを抱く。

 この女もいつか使い潰されるのだろうかなどと、考えても仕方のない事を。


「では、失礼致します」

『ばいばーい! またねー!』


 女は俺の感傷など当然気が付くはずも無く、軽く頭を下げて暗闇に消えて行った。

 それを見届けてから踵を返し、領主館へと歩を進める。

 すると門番が俺の存在に気が付き、慌てて屋敷へ人を走らせたのが見えた。


「通って良いか」

「は、はい、どうぞお通り下さい」

『うむ、苦しゅうない』


 念の為門番に聞いてから門を通り抜け、屋敷へ近づくうちに騒がしくなって来た。

 どうかしたのかと首を傾げていると、屋敷の扉が開かれ夫人が走って来る。

 そして俺の傍まで来ると、膝をついて抱きしめて来た。


「ミクさん、良かった! 帰りが遅いから、何かがあったのかと! 騎士達を捜索に出そうかと思っていたのよ!?」


 涙を流しながらそう告げる夫人に、少し申し訳ないものを感じる。

 だが同時に心のどこかで、ここまで心配する理由が有るだろうかと思う自分も居た。


 確かに夫人は先日、女の子が欲しいと言う旨の話をしていた。

 そして俺を着飾り楽しんでいた事を考えれば、この行動に不自然は無い。

 だが夫人とて貴族だ。ただ女の子が欲しいのであればもっと簡単にできたはず。


 そうだ。そこだ。違和感が有るのは。別に女であれば俺でなくても良い。

 だと言うのに、まるで俺でなければいけない様な態度。

 むしろ俺に『そう思わせる』様な態度をしているのでは。


 考えすぎかもしれない。本当に夫人は心から心配していたのかもしれない。

 だがどうしても、余りに我が子への心配でもする様な態度に、違和感を持つ。


「迷惑をかけた。少々迷子になっていたんでな」


 とはいえ現状何も確証はない以上、ただ迷惑をかけたという事実があるだけだ。


「いえ、良いのよ。無事に帰って来たなら。さあ、湯の用意をすぐにさせるわ。それとも夕食を先にした方が良いかしら。いえ、この時間だともう夜食かしらね」

『僕おふろー!』


 夫人は泣き顔から一変、笑顔になって俺の手を引いて屋敷へ向かう。

 切り替えが早いと思うべきか、先程の態度を演技と思うべきか。

 判断の難しい所だと思いながら屋敷の中へ。


 その後は夫人に構われながら夕食を済ませ、風呂にも何故か夫人が付いて来た。

 流石に寝室までは来なかったが・・・やはり何か様子がおかしい気がする。


「・・・俺の力を欲しがっている?」


 魔獣を倒した力を欲しいと思うのは、むしろ権力者として自然な気もする。

 何せ巨大魔獣が迫って来た時、兵士達は焦って対処していたレベルだからな。

 問題無く退治できる人間が領主側に居る、というのは民への人気取りにもなるだろう。


 ならば夫人の行動は、俺がこの領地に、屋敷に住み着くようにする為の策か。

 この街はそんなにも魔獣被害が多いのだろうか。

 てっきり先日の魔獣被害は珍しいものかと思っていたんだが。


「・・・どうでも良いか。解体は終わって、魔核も貰った。街に出て欲しい情報も手に入れた。なら後はもう、この屋敷を出て行くだけだ。この街を出て行くだけだ」


 別に俺は、この街に住みたくて、この街に辿り着いた訳じゃ無い。

 ただ偶々最初に訪れた街がここだった、というだけに過ぎない。

 そもそもこの街の名前すら憶えていないからな。


 ああいや、名前はどこかで知ったような気もするな。

 組合の資料室に、グルグ支部とか何とか書いてたような。

 まあ、ともあれ俺にはもう滞在理由が無い。


「明日、街を出るか」

『おー、お出かけ―? 何処まで行くのー?』

「さて、どこに行くか。予定は無いが」


 組合で作ったカードは、一種の身分証明にもなる事は解っている。

 貰った当初は凍結しても構わないと思っていたが、資料室で案外便利な物だと解った。

 あの組合は国の政策の一つで、魔獣はびこる世界を自由に動ける人間への通行許可証だと。


 それどころか数か国と連携していて、一つの国に納まる組織ではなくなっている。

 要は、これはパスポートだ。これが有れば組合がある国ならどこにでも行ける訳だ。

 その代わり他の街の組合に顔を出す必要が有り、足跡が常に辿られる事になる。


 犯罪を犯せば全力で指名手配され、足跡が解るが故に大体は簡単に捕まるという面もあるが。


「俺の生き方では何時まで使えるか解らんが・・・使える内は使わせて貰うとしよう」


 まあ、犯罪者になった時は、その時だと思うとしよう。

 たとえ追われる身になったとしても、俺は悪党としての生き方は変えない。

 どうせ捕まって死ぬなら、好きに生きて楽しく死ぬ。そう決めている。


 迷惑だな。真面目に生きてる人間には迷惑極まりない悪党だな。


「くくっ、だがそれでいい。それが良い。くたばる時も悪党らしく死んでやろう」


 理不尽な死ではない。自業自得の罪科で処刑されるなら本望だ。

 まあ、何にせよ明日だ。明日夫人がどう出るかで真意が解るだろう。



 ・・・もし本当に本心からの善人なら・・・その時は素直に謝罪するとしようか。

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