第9話、自由散策

 その日の夕食も領主達に誘われたが、話題は殆ど夫人との買い物話だった。

 領主と息子だけでなく、使用人達も少し苦笑していたのが印象に残っている。

 そうして夕食を終えた後は、あてがわれた部屋に戻って一人になった。


 部屋に使用人の類は置いていない。初日に居た使用人は外に居る。

 監視の意味もあるのだろうが、常に人が傍に居るのは落ち着かない。


『ベッドにドーン! はーねろー!』


 ・・・精霊が常にいる以上、今更な話かもしれないが。


「これで、やっと試せるか」


 懐に入れていた魔核を取り出し、じっと見つめる。

 本音を言えば、少々の躊躇いと緊張はある。


 何せこれは魔獣の力の核らしく、その核を食って強くなるんだ。

 それは結果として、異形の化け物になる可能性も無くはない。

 既に化け物であるというのに、異形になるのは怖いらしい。


「んっ」


 けれどそんな感情を意図的に無視し、魔核を口の中に放り込んだ。

 噛み砕くかどうか一瞬悩み、噛まずに塊のまま飲み込む。

 大きな飴玉が喉を通った時の抵抗感を覚えた。


「・・・ん?」


 飲み込んでみたものの、これといった変化は感じられない。

 やはりかみ砕くべきだったのだろうか。

 それとも一つ程度では、そこまで変化は――――――。


「む? 成程、少し時間がかかる、のか?」


 ただ唐突に、じんわりと自分の物ではない力が流れ込んで来るのを感じた。

 いや、この場合を正確に言うのであれば、俺が吸収しているのだろうが。

 何にせよ、無事魔核の力は手に入れられたらしい。


『おー、妹ちょっと強くなった―! ぱちぱちぱちー!』


 俺の変化は精霊にも解るらしい。

 その理由は・・・予想はつくけどやはり考えたくない。


「・・・そこまで劇的な変化は無い、か」


 もっと一気に膨れ上がる様な、そんな力の増加を想像していた。

 だが実際にはじわじわと力の底上げがされる様な、大体そんな感覚だ


「・・・いや、考えてみれば当然か」


 この魔核はあの猪の物だ。俺と猪には大きな力の差が存在した。

 となれば格下の魔獣の魔核。この程度が妥当な変化だろう。


「だがそれでも力が増加した・・・となれば、俺はそこまで逸脱した力を持つ化け物ではない、と思っていた方が良いのかもしれないな」


 猪との戦闘は一瞬で終わったし、明らかに力の差があったのは解っていた。

 だがその力の差が『大人と子供』か『大人と赤ん坊』かの違いはある。

 どちらにせよ通常は勝負にはならない差が在るが、前者なら万が一は起こりえる。


 なら万が一を起こさぬ為に、明日からは魔核集めに勤しむとしよう。

 先ずは魔核が街に流通しているのか、どういう扱いなのかを確かめたい。

 昨日は夫人に付き合った範囲しか回れなかったが、明日は自分の足で街を回るか。


 そう決めたらベッドで跳ね続けている精霊を捨て、ゆっくりと睡眠をとる。

 翌朝は日の出頃に目が覚め、ドレスでは無く普通のワンピースに着替えた。

 街中を歩くならこれが一番良いだろう。少なくともドレスよりは。


『うむ、ウチの妹は世界一可愛い。でも僕の方が可愛いし恰好良いから、二人で世界一!』


 何を言ってるのか全然解らない。取り合えず何時も通り無視だ無視。

 精霊の事は放置して廊下に出ると、昨日とは別の使用人が立っていた。


「お客さま、何かご入用ですか?」

「いや、少し出て来る」

「え、お、お客様、お待ちください・・・!」


 使用人は俺を引き留めようと色々言ってきたが、無視してそのまま玄関へ。

 夜からの警備であろう兵士達は、そんな俺達をみて何事かと困惑している。

 それも一切気にせず領主館を出て、屋敷の門へと真っ直ぐに向かう。


「待て」


 ただその声に、反射的に足を止めた。


「何処へ行くつもりだ貴様」


 低い声音でそう訊ねてきた男、鼻にガーゼを付けた男の声で。

 別に相手にしなくても良かったんだが、何故か足を止めてしまった。


「街に出るだけだ」

「使用人が引き留めるのも無視して行く必要があるのか」

「俺が今出たい。それだけだが」

「ふざけるなよ・・・!」


 俺の返答が気に食わなかったらしく、最早目を血走らせて睨んでいる。

 手に持つ槍を今にでも突き付けそうな雰囲気を放ちながら。


「貴様は何を企んでいる。旦那様と若様だけではなく、奥様に迄取り入って何をするつもりだ」

「そんな小難しい事は一切考えていない」

『そうだぞー! 妹はこう見えて・・・こう見えて? あんまり細かい事考えてないぞー!』


 ・・・事実だが、こいつに言われると何かむかつくな。


「信じられるか。あの魔獣の接近も、貴様が何か策を弄したのではないのか・・・!」


 言いがかりも良い所だ。俺の事が気に食わなくて、全部俺のせいにするつもりか。


「別に信じられないならそれでいい。俺はどうでも良いからな。領主夫妻が泊って行けと言うから泊っているだけだ。俺が望んだ事じゃない。気に食わないなら俺にではなく、領主夫妻に言うのが筋だろう。足を止めて時間を無駄にした。もう俺に声をかけるな」

「おい、待て、話はまだ終わって――――――」

『おー、飛んでったー!』


 背を向ける俺の肩を掴んできたので、腕を取って無理やり振り回して投げ捨てた。

 何回か跳ねてから屋敷の壁にぶつかり、止まれたものの痛みで立ち上がれないでいる。

 その間に門を自分で開けて出て、呆然とする門番に門を閉めるのを頼んでおく。


「会話する気の無い人間には、こういう対応が一番楽だな」


 門を出た俺はご機嫌で、鼻歌を謡いながら街中を歩く。

 アイツはまだ話があると言いかけていたが、あんなもの会話ではない。

 納得する言葉を聞くまで延々文句を言い続けて来るだけだろう。


 自分の納得する真実。それに沿わなければ話が進まないタイプだアレは。

 そうして都合の良い所だけを詰まんで、都合の良い解釈で話を捻じ曲げていく。

 昔の俺ならそれでも真面目に聞いていただろうが、今の俺は悪党だからな。


「あれに止められたのは面倒だったが、結果的には少しい気分、か?」


 まだ夜明けすぐだからか、街中に人の姿はそこまで多くない。

 それでも今から働きに出る者も居る様で、少ないと言う程に少なくも無い。

 特にパン屋の類は日の出前から仕事を始めているだろうしな。


 そんな風に街を眺めながら気ままに歩き、何があるのかを確かめていく。

 民間の文化の程度を知る為に、住宅街をうろちょろと。

 ただそこは予想通りと言うべきか、そこまで物珍しい結果は出なかった。


 領主館の時点で、明かりに蝋燭を使っていたしな。当然と言えば当然か。

 ただ魔道具なる物が有る様で、文化レベルを逸脱した性能を持っている様だ。

 つまりは冷蔵庫やコンロや掃除機なんかの、文明の利器に近い物があるらしい。


 問題はそれを作れる人間が少なく、そうなると当然高くて広まらない事だろう。

 少なくとも早朝から畑を耕している農家達には到底持てない物だ。


「魔核が魔道具の動力・・・まあ、妥当な話か」


 俺が食べたあの魔核が、そういった魔道具の動力という事も判別した。

 どうやら魔核を手に入れた場合、大体は魔道具店に売りに行くらしい。


 一般人に魔核は持っていても意味が無く、売ろうとしても売る相手が解らない。

 なら流通の有る店であれば、燃料となる魔核を売る当てがあると。

 そうでなくても、自分の所で作る分にも使うようだしな。


「普通に需要がある物なんだな。もぐもぐ」

『もぐもぐ』


 途中で買ったパンをもしゃもしゃと食べながら、尚も街中を歩く。

 そうして広めの通りに出た所で、人の出入りがそこそこ多い建物が目に入った。


「・・・労働派遣組合?」


 何故だろうか。派遣、の文字に少し嫌な気分になるのは。

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