第8話、決めた

 領主の家に泊った翌日の朝、俺は早速領主夫人に捕まった。

 勿論朝食は貰ったあとではあったが、まさか朝から連れ出されるとは。


「じゃあ、約束通り服を見に行きましょうね」

『ふふふ、僕を唸らせる事が出来るかな』


 夫人がそう言って向かった先は、あからさまに貴婦人ご用達の店。精霊は無視だ。

 店内には古着らしきドレスが在るが、奥には新品らしい綺麗なドレスが飾ってある。

 アレは売り物というよりも、うちの店はこんな物を作れます、という展示だろうか。


 恐らくオーダーメイドで頼んだ場合、奥のドレスの様な服を作るのだろう。

 とはいえ、古着の方もドレスはドレスだ。古着といえど、良い物が多い。


『おうー! 服いっぱいー! 僕に合う服はどこだー!』


 精霊は早速店の中を飛び回っているが、気にするだけ負けだ。

 あとお前のサイズの服なんてどこに行っても無い。


「いらっしゃいませ、ミルエラル様」


 ミル・・・ああ、夫人の名前だったか。忘れてた。


「ええ、お邪魔するわね」


 夫人はそこそこの頻度でこの店を使っているのか、店員も慣れた様子だ。

 俺個人としては、高そうなドレスの類よりも普通の服が欲しい。

 着る物が何も無い現状、くれると言うならドレスでも勿論貰うが。


「ん、なんだ、普通の服もあるのか」


 てっきり高い服しかない店かと思ったら、ちゃんと普通の古着の類も置いてあった。

 ただしこちらはワゴン品とでも言えば良いか、とても管理が雑に見える。

 普通の古着といえど、あの文化レベルだと高い物だと思うんだが。


 ドレスをメインにしている店にとっては一般人の古着程度、所詮はした金という事か?

 まあ、何でも良いか。とりあえず適当に良さげな物を見繕うとしよう。

 とりあえず体形に合う子供服だな。ズボンでもシャツでもワンピースでも構わない。


 今更衣服の男女差に拘りがある様な人生は送っていないからな。

 それに夫人は俺の服を買ってくれるつもりの様だし、好きなだけ握っていこう。

 奢ってくれる人間の懐を考慮しない買い物。これもある意味で悪党の行動か?


「ミクさん、どこに行ったのかと思えば・・・急に居なくなったから驚いたわ」

「ん、ああ、すまない。良い物を見つけたと思ったからな」


 どうやら夫人は俺を探していたらしい。

 しかしそこまで広くない店で、探しまわる様な事になるだろうか。

 ああ、よく見ればこの位置は、俺の身長だと死角になるのか。


 夫人は俺を見つけた事にホッとした様子を見せ、けれど怪訝な視線を俺の手元に向けた。


「ミクさん、ええと、その服が欲しいの?」

「俺としてはこの手の普通の服の方が助かる」


 ドレスが嫌いな訳でも無いし、高い服を着たくない訳でも無い。

 ただ街に出た時にドレス姿だと、確実に悪目立ちするのが見えている。

 となれば別に普通の服で良い俺としては、今手に持っている服の方が都合が良い。


 そういう意味ではパンツルックよりも、スカートの方が不自然さは無いか?

 まあ絡まれたりした場合、容赦なく排除する気満々ではあるが。


「ドレスは、着てくれないの、かしら」


 俺の言葉を聞いた夫人は、気落ちした様子でそう呟いた。

 そういえば、女の子を可愛がりたかったとか何とか言っていたか。

 別に貰える物は貰うつもりだし、ドレスぐらい着てやっても構わない。


「着て欲しいなら、別に構わない」

「本当!?」

「あ、ああ。本当だ」

「よかった! じゃあこっちに来て頂戴! ミクさんに似合うドレスが有るのよ!」


 先程の気落ちした様子は何だったのか、と言いたくなる程上機嫌で俺の手を引く夫人。

 その勢いに少々気圧されながら、俺は暫く着せ替え人形と化した。

 今更ながら姿見で自分の容姿を確認したが・・・普通に可愛らしい少女だな。


 この容姿は作った連中の趣味か、それともたまたまこの姿だったのか。

 いや、偶然と考えるのが道理だな。アイツらの実験は失敗続きだった訳だし。

 ただ今更ながらに思うのは、アイツらは俺をどうやって制御するつもりだったのか。


「何も考えてなかった気がするな」


 俺は動けるようになって直ぐ暴れたが、アレは俺の意識が無くても同じ結末だったのでは。

 もし何も知らない赤ん坊だとしても、ただ泣きわめいて暴れていた可能性が高い。

 当然あの地下は崩壊していただろうし、そのまま野生で生きる危険な存在になっただろう。


 制御の為の装置も何も無く、ただひたすらに人知を越えた化け物を作り出したかった。

 全ては自分達を認めなかった連中を見返す為に。

 そんな甘い考えだから追放された、という風には考えられない辺りが実にらしい。


 悪党は悪党でも、生きれられないタイプの悪党だった、という事だろう。

 おかげで俺のような悪党が生まれたのだから、ある意味で悪党らしい結末と言えるか?


『おー、妹かーわいー! 兄も負けていられぬ! ふぬー!』


 精霊は俺が着替える度に、対抗する様に服を着替えていく。

 着替えというか、変化というか、まあそんな感じだが。

 とりあえずセンスが壊滅的な事は良く解った。羽を増やすな羽を。


「ふふっ、嬉しいわ、本当に・・・娘が居たら、こんな風に過ごせたのでしょうね」


 ・・・子供なら作ればいいのではと思うが、そう簡単に言える事でも無いか。

 特に医療技術の怪しい時代は、出産など命がけの行為だ。

 魔術がある以上何とかなる気もするが・・・それでもリスクはあるだろう。


 息子という後継ぎが既に居る。ならリスクを背負う気は無い、と言った所か。


『うおー! 妹よー! 兄は、兄は妹の可愛らしい姿に、感動を禁じ得ない! でも嫁に行くなんてお兄様は許しませんからね! きー!』


 とりあえず、お前という存在が居る限り、嫁に行く機会は無いと思う。

 家の中で見えない何かが暴れ出す様な女なぞ、不気味以外の何物でもないだろう。

 そうでなくても・・・俺には結婚という物に良い思い出が無いしな。


「ふぅ、ありがとうミクさん、私の我が儘に付き合ってくれて」

「・・・別に構わん。服も全部買って貰ったしな」


 そうして夫人が満足した所で、最後にオーダーメイドも作る事になっていた。

 長期滞在させる気満々だ。若干疲れたが、服を大量に手に入れたし収支はプラスだろう。

 ・・・ただその後装飾品店に連れて行かれ、そこでも色々と選ばされた。


 まあ、いざとなれば売って金に出来るし、所持金が増えたと思っておこう。


『うおー! 閉じ込められたー! 妹よ助けてー!』


 いつの間にか、宝飾品の一つに精霊が閉じ込められていた。

 まさか精霊を封印できる宝石なのか!?


『お兄様大好きって言ってくれると兄はこの封印を打ち破れるぞー!』


 絶対言わない。そのまま封印されててくれ。後で何処かに捨てよう。

 いや、埋めた方が良いか。地中深くに埋めれば取り出せまい。


『僕は妹が大好きだー! うおー! 封印なぞ僕の前では無力だー!』


 ・・・当たり前の様に出て来たな。そんな予感はしていた。

 とりあえず店を出た所で精霊を掴み、全力で空に投げ捨てておく。


「ミクさん、どうしたの? 今何を投げたの?」

「いや、何でもない」

「・・・そう?」


 夫人は不思議そうな表情を向けていたが、わざわざ説明する必要も無い。

 というか、説明するとその場で精霊が騒ぎだす予感がする。語らないままで居たい。

 そうして日が暮れた頃に領主館に帰ると、若が・・・ライが迎えに立っていた。


「あら、出迎えなんて珍しい」

「帰りが遅いから心配したのですよ」

「ふふっ、街の外に出て行くなら兎も角、街中の買い物なのよ? 心配し過ぎだわ」

「それはそうかもしれませんが・・・」


 そこでライは俺をちらりと見た。俺が一緒な事で心配したという事か。

 判断は正しいな。特に昨日の戦闘を見て居るこの男なら、警戒して当然だろう。


「母上は迷惑をかけなかっただろうか。不愉快にさせる様な真似をしていたなら謝罪したい」

「ちょっと、どういう事かしら?」

「言葉通りの意味です。全く、日が暮れるまで客人を連れまわすなど・・・」


 そういう事か。

 俺が夫人を不愉快に思い、あの騎士の様になる事に不安を覚えたと。


「気にするな。服は助かったし、所持金が増えたんだ」

「そ、そうか、それなら良いんだが・・・ああ、そうだ。ここで待っていたのは、もう一つ理由があってね。君にこれを渡しておこうと」

「ん?」


 ライは懐から小さな石を取り出し、俺に差し出して来た。

 小さいが綺麗な輝きを放っていて、下手な宝石よりも美しい。


『魔核だー!』


 これが、魔核。成程、手にとって初めて解った。

 魔獣の本能が、これを食えと訴えて来る。

 これを食えばもっと強くなれると。


「・・・強く、そうだな、どこまでも強くなるのも、一興か」


 今でも化け物の様な体だが、それでもまだ強くなれる。

 なら、何者にも邪魔されない強さを、手に入れる事が出来るかもしれない。


「目的が、出来たな」


 しれっと戻って来ていた精霊に関しては考えない事にしておく。

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