第10話、悪事の認識

 労働派遣組合・・・派遣、ねぇ。どうにも中抜き感のある言葉に見えてしまう。

 中々に大きな建物だ。この時点でこの組合が儲かっているのは想像に難くない。

 建物がでかいって事は、それだけ利用されている事でも有り、維持費があるって事だ。


「ま、どんな所なのかは、大体想像がつくな。もぐもぐ」

『もぐもぐ』


 建物を暫く眺めている間に、結構な人間が出入りをしていた。

 そこには武装している者が居て、狩ったらしき獣を抱えている者も居る。

 森にでも行って薬草の類を大量に採って来たらしき者も見えた。


 勿論普通の格好の人間も居るし、商人らしき者の出入りも伺える。


「受ける人間が定着しない様な仕事の仲介組織、といった所か」

『もぐもぐ』


 先程魔核は魔道具店に売りに行くのが常識と知ったが、その魔核にも質があるはずだ。

 低い質の物は大量に集まるかもしれないが、高い質の物が欲しい時はどうするか。

 頼める伝手があれば良い。常に頼んでいる者が居るならそれで良い。


 だが頼める伝手も無ければ、普段頼んでいた人間がミスって死ねばどうする。

 その場合はこういう組織が役に立つ。頼む側は勿論、受ける側も足元を見られない。

 質が高いはずの魔核を持って行ったのに、他では売れないだろうと安値で買い取るとかな。


 何よりこの手の仲介組織の利点は、依頼人と請負人のトラブルの対処だ。


 個人同士の取引というのは、どうしたって信用のある相手以外とは慎重になる。

 怪しいから先払いじゃないと受けない。信用して先払いしたのに逃げられた。

 そんな事態を防ぐ意味では、こういった互助組織は有用になる。


「魔獣の居る世界だから余計にだな。固定で雇えれば一番良いが・・・ああも命が軽くてはな」

『もぐもぐ』


 猪の魔獣の件を思い返せば、この世界の人間の命の軽さなど簡単に想像できる。

 個人で人を集めて無理をさせた所で、下手をすれば準備金だけ消費して全滅だ。

 博打にならない人材を集められるなら良いが、そんな人間を固定で雇うのにどれだけ要るか。


 どちらもが足元を見られないで済む組織として、こういった組織は存続を許されている。

 逆を言えば、それを守れない様な組織になれば一瞬で瓦解する、って事でもあるが。

 その点を勘違いして暴走して追い詰められ・・・罪を擦り付けられて処刑された事も有った。


「嫌な事を思い出した・・・忘れよう。俺にはもう関係ない話だ」

『もぐもぐ?』


 何にせよ、この手の組織は自分の立場さえ弁えていれば、強い立場に在る組織だ。

 まあ、組合がどこまで『幅』を利かせているかによるだろうがな。


「ちょっと入ってみるか」

『もぐもぐ』


 パンを食べ終わったので丁度良いと、組合の中へと入ってみた。

 中は思っていたより綺麗で掃除が行き届いている。

 職員らしき人間も多く、儲かっている事が一目瞭然だ。


 酒場も併設されてるっぽいな。昼間から酔っ払いが出来上がっている。


『うおー! 建物の中なのに人が沢山居るぞー! 僕も負けぬ!』

「あ」


 ついさっきまで大人しくパンの欠片を食ってたのに、唐突に叫んで増え始めた。

 ただでさえ人が多い空間の中、精霊が増えて飛び回るから煩いが過ぎる。


『はい、受付です!』『受付さん依頼ちょーだい!』『お前にやる依頼なんかねえ!』『何だとこのやろー!』『あ、ここ食べ物ある』『おーいしー!』『でっかい剣だー!』『くちゃい』『ムレムレ鎧だー! げほっげほっ』『たすけてー! 匂いで死ぬー!』『あ、お金落ちてる』


 ・・・何でアイツらは自分同士で喧嘩してるんだ。

 ただ精霊達がそれだけ好き勝手していても、誰も気が付いた様子が無い。

 荒事に慣れてる人間も居る場なら、一人ぐらい気が付くかと思ったんだが。


「・・・放置で良いか」


 とりあえず精霊は捨て置き、改めて室内を確認する。

 受付は女性が多いが、アレは意図的に美人を置いているんだろうな。

 いかつい男性職員も奥に居て、目を光らせているのが伺える。


 掲示板の類は大きな物が一つ。ただそこには依頼の類は無い。

 街人や職員の連絡事項、利用者への注意、迷子のペットの似顔絵等だ。


「・・・成程。依頼の奪い合いでは無く、職員が適切な仕事を投げる形か」


 受付に耳を傾けると、受けられる仕事の相談をしている事が解った。

 確かにこの形であれば、依頼が何時までも残る事も、無理をする馬鹿も出ない。


「何でだよ!?」

「そうだ、ふざけんな!」

「俺達が悪いってのか!?」


 ただそれでも、文句を言う人間はどうしたって出て来る。

 何に不満があったのか知らないが、受付に噛みつく男が三人。

 大声が響いた事で、周囲の目も皆連中に向いている。


「その通りです。貴方達の違反による罰則ですから」


 だが受付の女性は怒鳴る男に怯む様子も無く、平然とそう答えた。

 何をやらかしたのか知らないが、罰則に納得がいかないって抗議か。


「報酬を二日待たされた上に罰則金払え、なんて普通に考えたらおかしいだろ!」

「貴方が護衛対象を見捨てなければ良かっただけでしょう」

「てめえはあの場に居なかったらんな事が言えるんだよ! あんな物仕方ねえだろ!!」

「ですが、その場で貴方だけが危険だった訳では無いでしょう。他の方はきちんと護衛を全うされています。貴方は見捨てて逃げた。確認に時間を頂いた事は申し訳なく思いますが、貴方が仕事を一時放棄した事に変わりはありません。元々危険前提の仕事のはずですよ」

「この、クソアマ・・・!」


 男達の方は大分頭に血が上ってる様子で、それでも女は態度を変えずに告げる。

 この手の連中に慣れているのか、男の一人が武器に手をかけ始めても動揺する様子が無い。


「むしろ組合としては優しい処分だと思いますよ。依頼主が生きているからこそ、罰金程度で済ませてあげる訳ですから。これでもし依頼主が死んでいれば、もっと重い処分になりました」

「っけんなぁ!」


 男の一人が剣を抜き、受付のカウンターに叩きつけた。


 周囲の女性職員から「ひっ」と小さく悲鳴が上がる。

 ただ他の男達は、流石にその行動を止めに入った。

 受付の奥の方から、いかつい男が動いたのが見える。


「お、おい、それはやり過ぎだって!」

「武器は不味いって!」

「るせぇ! この女、組合職員のエリート様だからって、俺達を見下してやがる! だからこんなふざけた処分なんて事を平然と言いやがるんだ! ふざけんじゃねえぞ!!」


 凄い理屈だな。絶対違うと思う。

 生きる為に逃げた。その点について悪いと認められないならするべきではないだろう。

 俺は悪党だから逃げる時は逃げるし、悪党だという認識で行動する。


 けれどこの男にそれが無い。悪事をした自覚の無い馬鹿だ。

 この男は、今まではそれで良かったんだろう。上手く行っていたんだろう。

 けれど自分を悪党と思っていない馬鹿だったから、何時かはこうなる運命だったんだ。


 だが馬鹿は馬鹿だから、理屈と理性が通じない。常識が通じない。

 そして割を食うのは何時だって、そんな連中でも真面目に対応する人間だ。

 まさしく、アイツらの相手をしている、受付嬢の様な――――――。


「ぶぎょ!?」


 男が無様な声を上げて吹き飛んで行った。跳ねて飛んで壁にぶつかって止まった。

 意識は無い様だ。おそらく死んでは居ないだろう。加減したしな。


「「「「「「え?」」」」」


 周囲から困惑の視線が俺に刺さる。突然男を殴り飛ばした俺へ。

 だって、何か腹が立ったし。これは仕方ない。見苦しかったんだ。

 すっきりした。うん、今のは俺の気分の為に好き勝手に殴り飛ばした。


 自分の気分の為に人を殴れる爽快さよ。やはり悪党は良いな。

 目立ってはしまったが、やりたい事を我慢するよりは余程良いい。


「あっ、こ、こいつ・・・!」

「まさか、あの時の・・・!」

「ん? 何だ、俺を知っているのか」


 止めようとしていた男達は、俺を見せ怯える様に後ずさり始めた。

 だが俺には見覚えが無い。あの時とは、どの時の事だ。

 いや、確か二日前、逃げ出したと言っていたな・・・猪の件か?


 成程、依頼人を捨てて門の中に逃げ込み、その結果罰金という訳か。


「出遅れた俺の代わりに、うちの者を助けてくれて感謝する」


 余りに馬鹿馬鹿しい連中だなと思っていると、受付から声をかけられた。

 奥の方に居たガタイのいい男が、子供が見たら泣きそうな笑顔を見せて。

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