第5話、歓迎

「ずずっ・・・美味い」

『ねー、妹、僕にも! 僕にも飲ませて』


 美味しいお茶に舌鼓を打ち、カップの中に飛び込もうとした精霊を投げ捨てる。

 あれだけ全力で投げ飛ばしたのに、すぐに戻ってきやがって。どうしたら良いんだこいつ。


 ・・・突然服の中から現れた事を考えると、嫌な予想が一つ立てられてしまう。

 嫌な予想だから考えない様にしておこう。確定したら嫌過ぎる。

 考えるのを意図的にやめて、お茶うけに出された菓子に手を伸ばした。


「・・・うん、舌は、普通の感覚だな」


 自分が人間じゃない化け物という事で、人とは違う可能性も考えていた。

 けれど実際に飲み食いをしてみれば、普通の人間だった頃とさして変わらない。

 違いがあるとすれば、感覚が鋭敏になっている事ぐらいだろうか。


 しかし、茶は美味かったが、菓子は味が余りしないな。

 素材の味というか、甘みが余り無いと言うか。

 この世界の様子を考えれば、これでも上等な菓子なのかもしれないが。


 街道に並んでいる人間達、街の外壁に門番、街中の建物や街人。

 どう見ても文明レベルが高いようには見えない。

 俺としては好都合だ。文明は低い方が動き易い。低過ぎない事も必要だが。


『お-いしー!』


 精霊はこの菓子でも良いらしい。ご機嫌にポリポリと食べている。

 皿の上に乗ってご機嫌に食べ進める様は、見た目だけなら可愛らしいか。


「・・・物足りないな」


 そのまま暫くポリポリと食べ薦め、気が付いたら皿が空になってしまった。

 だと言うのに腹が鳴る。もっと食べたいと体が訴えている。

 食べる前まで何ともなかったのに、唐突に空腹感が強くなってきて気持ち悪い。


「普通に食事が必要か・・・いや、むしろ少し多めに必要なのか・・・?」


 空腹感の気持ち悪さで、思わずテーブルに突っ伏してしまう。

 俺は自分の身体に何が必要なのか、まだまだ分かっていない事が多い。


 とはいえベースが人体な事を考えれば、これは当然の事だったか。

 少々自分の体のスペックを見誤っていた。余り食わなくて平気な体だと。

 何せ街までの道中で、空腹を感じずに歩き続けられたからな。


『い、妹よー! 死ぬなー! 兄が付いてるぞー!』


 空腹で死ぬか。後耳元で騒ぐな煩い。ぺチペチ頬を叩くな。

 また精霊を掴んでポイした所で、コンコンとノックの音が響いた。

 俺が無視しているともう一度コンコンと響き、また無視していると扉が開いた。


「・・・失礼する・・・寝ているのか?」


 扉に後頭部を向けて突っ伏しているから、寝ていると判断したらしい。

 いや、無視したのも理由か。声は一人だったが、足音は5人か。

 5人はそのまま部屋の中に入ると、俺の近くまで寄って来た。


「実際に目で見ると、報告を信じられなくなるな。本当にこんなに小さな娘が、あの魔獣を倒したのか? それに騎士を容易くあしらったというのも・・・」

「信じられないかもしれませんが、事実です父上」


 今のはあの『若様』と呼ばれていた男の声だな。


 俺はあの男に屋敷に来て欲しいと誘われ、この部屋に案内された。

 街の中ではひときわ大きな屋敷で、明らかに高い身分な事が解る。

 その父親という事は、恐らくは領主だろう。


「これは好機です。我々が来ても気が付かぬほど無防備に寝ている。なら今の内に殺すべきです。この娘は危険です」


 ・・・今の声は聞き覚えが有るな。少々籠った声になっているが、アイツだ。

 俺に槍を突きつけてイラつかせたので、鼻を砕いた男の声だ。

 ふん、そうか、あれだけやってもそういう判断か、お前は。


「何が危険だと言うのか」

「この娘は我々を何とも思っていません。若様にも敬意を払わなかった。ならばきっと領主である旦那様にもです。万が一この小娘が目を覚ましたと同時に暴れたら・・・!」

「自分の失態を隠そうとするな。それはお前が先に武器を向けたからだろう。相手がどんな事を成した人間なのか、どういう態度で接するべきか、見極められなかったお前の落ち度だ」

「うっ・・・!」


 ほう、良いじゃないか領主殿。そうだ、悪党相手には相応の態度がある。

 力を持つ相手には、自分達の規則を押し付ける事など出来やしない。

 俺はそれを良く知っている。規則など悪党どもには何の効果も無かったと。


「どうやらここの領主は、モノを良く理解している様だ」

「っ、貴様、起きていたのか!」

「起きていたら都合が悪かった様だな。どうやら鼻一つでは足りなかったらしい」

「グっ、貴様ぁ・・・!」

「俺を殺したいならやれば良い。相手になってやる」


 ゆらりと立ち上がり、おもむろに騎士に近づいていく。

 鼻は治療がされたのか、ガーゼが付けられていた。

 無理やり鼻の形に固定している形跡が見られるな。


 そういえば、魔法、魔術の類が在るなら、医療は文明に比べて高そうだ。

 こういう所が文明の進化の進まない大きな理由だと思う。

 科学技術を進めなくても、大体魔術で何とかなってしまうからな。


 民衆の生活は変わらなくとも、特権階級が金で力のある者を囲い込む。

 結果上の人間だけ優雅な生活が出来、舌の者達は搾取される生活を送る。

 まあ、文明の肯定がどれ程だろうと、関係性自体は何時もの事だが。


「止めよ! お前は何度失態を繰り返せば気が済むつもりだ! もう下がっていろ!」

「わ、若様、しかし!」

「下がれと言った」

「っ・・・失礼、致します」


 男は憎々し気に俺を一瞥した後、頭を軽く下げて部屋を去って行った。

 残っているのは4人。領主と若様と、使用人ともう一人の騎士か。

 恐らくこの騎士は領主の護衛で、あちらは若様の護衛という事だろう。


「すまない、我が家の者が君に失礼をした。心から謝罪を申し上げる」


 使用人が扉を閉めると同時に、領主がソファに座りつつそう告げた。


 若と呼ばれる男の時も思ったが、謝罪で頭は下げないのか。

 首を垂れる文化があるなら、謝罪も頭を下げるものかと思ったが。

 いや、単純に言葉で告げた場合は、他の行動は要らない文化か?


「謝罪などいらん。俺の望みを叶えてくれるならそれで良い」

「勿論だ。魔核ならば、解体が終わればすぐに持ってこよう」

「なら良い」


 俺がここに居るのはこれが理由だ。若と呼ばれた男に提案されてここに居る。

 魔核の取り出し方が解らないのであれば、こちらで解体して渡そうかと言われて。

 ついでに皮や肉、残っている下あごや飛び散った牙などの買取もすると。


 悪党らしく強気に対応したおかげか、随分とこちらに都合の良い提案だと思う。

 やはり良いな。この世界に生を受けてまだ短いが、やはり悪党は良い。

 これがもし悪党でなければ、どれだけ俺が強くても奴らの態度は違っただろう。


「さて、自己紹介が遅れてしまったが、名乗らせて頂こう。もう既に解っているとは思うが、私はこの街の領主。名をバルブルヌ・フレックという」

「息子のライグレッズ・フレックだ。宜しく」


 名乗られても興味など無いが・・・まあ良いか。バルとライで覚えておこう。


「君の名を聞かせて貰えないか」

「俺の名・・・俺の名か」


 実験体39号。それが俺の名と言えば俺の名だろう。

 ただ名を聞かれて、毎回そう答えるのも面倒くさいな。


「ミクだ」


 39でミク。単純だが、今の俺にとって名前なんて意味が無い。

 短くて言いやすければそれで良い。


『僕ヴァイドー!』


 ・・・お前名があったのか。しかもなんだその名は。

 余りに似合ってない。まあ名を知った所で、精霊と呼ぶだけだが。

 あとこいつらに名乗った所で、お前の姿は見えてないぞ。


「成程。ミク殿はどこからこの街に、何用で来たのか聞いても良いか?」

「別に、ただ近くに街が無いかを探し、辿り着いたのがこの街だっただけだ。それ以上の理由も目的も無い」

「門を壊したのは、どういう理由で?」

「ただの気分だ。魔獣を殴り飛ばしたかったが門が邪魔だった。それだけだ」


 気分。そう、気分と言うしかない。あの時俺は、苛ついていた。

 何に苛ついていたのか、自分でも正直明確には言葉にできない。

 けれど確かに腹を立てていて、そして魔獣を倒したいと感じていた。


「ふむ・・・」


 俺の答えに対し、領主は顎をさすりながら考えるそぶりを見せる。


「私は貴殿が門を壊した事に関しては、不問にしようと思っている。どの道あの大きさの魔獣を相手にしていれば、壊れていた可能性が在るからな。完全な破壊で無くとも、修理が必要な程度には。ならば人的被害が無かった事を幸いと思う事にしたい」

「そうか」


 許されようが許されまいが、それこそ俺にはどうでも良い事だ。

 もし許されないと言われた所で、だからどうしたと言うだけだからな。

 茶を飲み干し、ポットから追加を入れてまた口にする。


「我が家の茶は口に合ったかな?」

「茶は美味い。茶菓子はそこまでだな」

「これは失礼した。次に出す物は気を付けよう」

「次?」

「巨体の解体には時間がかかる。ならば我が家に泊ってはどうかと思ったんだが。それとも既に泊る所を決めているのかね。余計なお世話だったかな」

「泊る所は無い。見ての通りな」


 思わず鼻で笑ってしまった。こんな姿の子供に泊る所があると思っているのか。

 古着の類を見にいくつもりだったが、それすら出来ていない布のままの小娘に。


「ならば良かった。夕食は豪勢にしよう」


 夕食。その言葉を聞いた俺は盛大に腹を鳴らしてしまった。


「・・・今すぐ、何か食べるかね?」

「頂けるなら頂こう」

「解った。おい、客人に食事を」


 指示された使用人は、畏まりましたと告げて部屋を去って行った。

 料理人に頼みにでも行ったか。


「ミク殿、我々は一度失礼しよう。この部屋は自由に使ってくれ。食事が足りなければ、使用人に言って追加を告げてくれば構わん。好きなだけ食べてくれ」

「そうか。感謝はしておく」

「それは良かった」


 良かった? 一瞬その言葉に疑問を覚えたが、どうでも良いかと考えを捨てる。

 大体の予想は出来なくはないが、もうそう言った事を考えるのも面倒くさい。

 俺は好きに生きる。その為以外に思考を回す必要もない。


「では、ゆっくりして行ってくれ」

『ゆっくりしたまえー!』


 領主達が去って行き・・・何故か精霊も一緒に去っていくのを見届けた。

 どこ行くんだあいつ。そのまま帰ってこないでくれ。

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