第6話、食事
領主達が部屋を去って行った後、暫くして使用人がカートを押して部屋に来た。
命じられて部屋を去って行った使用人とは、また別の人物だ。
「お客様、どう・・・あれ?」
ただその使用人が傍まで来て皿を持ち上げると、不思議そうに首を傾げた。
一体どうしたのかと俺も首を傾げていると、また腹が大きく鳴り響く。
「あ、申し訳ありません」
そんな俺に気が付いた使用人は、少し慌てた様子で皿をテーブルに置いた。
慌てていても音はほぼ無く、彼女の使用人としての練度の高さが伺える。
「どうぞ、お召し上がり下さ―――――」
皿の上には蓋が乗っていて、使用人がその蓋を開けた所で固まった。
同時に俺も固まってしまい、二人して皿を凝視する。
『妹よ・・・美味しかった!』
皿の上には料理は無く、精霊がカッと目を見開いてそんな事を言って来たので。
「も、申し訳ありません! 手違いがあったようです! すぐに持ってきますので!」
ただ使用人には空の皿にしか見えていないのだろう。
慌てて蓋をしめて、必死に謝りながら部屋を去って行った。
何故料理が無かったのか理由が解るだけに、どうしようもない罪悪感を覚える。
いや、何で俺が罪悪感を覚えなければいけないんだ。
全部精霊のせいなのに。俺は何も悪くない。悪くないはずだ。
「最初に不思議そうにしていたのも、恐らく皿が軽かったからだろうな」
深い溜め息を吐きながら、ソファに体を預ける。
そのままずりずりと横にずれ、体を伸ばして転がった。
中々良いソファだ。このまま眠りたくなる。
「・・・腹さえ空いていなければな」
空腹を感じ、その上で食べられると思ったせいか、一層腹が減って来た。
若干の気持ち悪さを感じるこの状態では、睡眠なんて出来る気がしない。
とはいえ、さっき料理が運ばれてくるまでの時間は短かった。
ならそう待たずとも、次の料理は持ってくるだろう。
そう思い待っていると、予想通りそこまで時間はかからなかった。
ただその皿も、持ち上げた使用人が首を傾げてしまう。
まさか同じ事は――――――。
『妹よ、兄は満足―――――』
「誠に申し訳ありません。もう少々お待ち下さい」
皿をテーブルに置く前に中を確認した使用人は、そのまま蓋を閉めた。
中に居たのだろう精霊は喋り切れずに閉じ込められた様だ。
また食ったのかコイツ。
使用人は笑顔では在るが、若干笑っていない様に見える。
むしろ殺意を感じる笑顔で部屋を出て行ってしまった。
だがおそらく、彼女が何をした所で解決はしない気がする。
「精霊をどうにかしないと、何時までも食べられる気がしない・・・仕方ない」
本当は動く気など無かったが、空腹を覚えているのは事実だ。
このままだと何時食べられるか解らない以上、食べる為には行動するしかない。
精霊を排除するか? いや、それは無理だな。アイツはどうやっても排除できる気がしない。
なら方法は一つだ。アイツに食われる前に食う。それに尽きる。
そう決めたらすぐに部屋を出て・・・周囲を見回して少し困った。
「台所はどこだ」
広い屋敷で、ここには案内されるがままに移動し、玄関までの道すら覚えていない。
「お客様、どうかされましたか?」
「台所へ行きたいんだ」
「畏まりました。ご案内致します」
「助かる」
ただ幸いにも、部屋の傍に居た使用人が案内を買って出てくれた。
そうして台所に向かうと、途中から喧嘩の様な声が聞こえ始める。
いや、喧嘩の様なではない。喧嘩だな。
「だから、俺はちゃんと作ったって言ってるだろうが!」
「じゃあ何で料理が皿に無かったのよ! おかげでお客様の前で二度も恥をかいたのよ!」
片方はおそらく料理人で、もう一人はさっきの使用人か。
どちらも悪く無いと主張していて、実際その主張は間違ってない。
悪いのは全部精霊だ。そもそもアイツ食事を食べる意味はあるのか?
「も、申し訳ありません、お恥ずかしい所を・・・」
案内をしてくれた使用人は、そんな様子に気が付いて謝罪を口にする。
何故か俺の罪悪感が増していくから謝らないで欲しい。
「・・・だんだん腹が立って来たな」
思わずそう呟き、使用人には別の意味で捉えたんだろう。
彼女は再度謝罪しようとして、けれど俺はそれより先に動く。
台所に中に入ると、精霊が浅い鍋の中に入っていた。
『僕の出汁入りすーぷー。あははははっ!』
絶対に食べたくない。
『あ、妹。スープ飲―――――』
精霊の言葉を無視して、鍋に手を突っ込んで精霊を握り込む。
そして一番近くの窓から外に出て、精霊を空へぶん投げた。
精霊はあっという間に見えなくなり、見届けてから深い深い溜め息を吐く。
「おい、そのスープ、もう飲まない方が良いぞ」
台所に戻ってそう告げると、何やら呆けた顔だった料理人がはっと正気に戻る。
「ふ、ふざけるな! この小汚いクソガキが! 俺の作ったスープを飲まない方が良いだと!? そりゃそうだろうよ! てめえが手を突っ込んで台無しにしたんだからな!!」
・・・言われてみると、それもそうだな。俺が手を突っ込んだのも台無し要因か。
その自覚があるせいか、殺気すら感じるのに反論する気が起きない。
「おい、聞いてんのかクソガ、てえっ!?」
だが男は俺に掴みかかろうとした所、盆で思い切り叩かれた。
叩いたのは料理を運んでいた使用人だ。
「何しやが―――――」
料理人は反射的に怒鳴ろうとして、使用人の言い知れぬ威圧感に黙った。
笑顔なのだが、笑顔に見えるんだが、先程よりも遥かに強い圧に。
「その方は旦那様と若様のお客様です。物理的に貴方の首を飛ばしたくなければ、今すぐに謝罪しなさい。私は一切擁護しませんよ」
「―――――、も、申し訳ありません! お客様とは露知らず!」
何故だろう。謝られているのに物凄く居心地が悪い。
責める気も起きなければ、むしろ俺が謝りたい気分になる。
おかしいな。悪党になると決めて好きに動いてるはずなのに。
「いや、良い。気にするな。とりあえず何か食わせてくれ。頼む」
まだ自分が悪党になり切れていない事を感じつつ、とりあえず空腹を優先した。
実際腹が減り過ぎて頭が回らない。とにかく何でも良いから食べてしまいたい。
何ならそこにある生野菜でも良いぐらいだ。
「はい、すぐに!」
料理人は慌てて材料を手に取り、手早く調理を始めた。
これでやっと食べられる。もう部屋に戻るの面倒だしここで待つか。
暫く待つと料理が出来上がり、良い匂いで腹の音が更に大きくなっている。
「お部屋へお持ち致します」
「いや良い。ここで食う。もう我慢が出来ない」
「畏まりました」
使用人は俺を部屋へ戻そうとしたが、流石にもう我慢できない。
食器を手に取り、やっとの食事を口に入れる。
味付けは薄めだ。だが不味くは無い。薄味なだけで美味い。
空腹なせいか余計に美味く感じ、黙々を皿の上の物を平らげる。
「足りん。今の倍・・・いや、五倍作ってくれ」
「ご、五倍ですか。だがしかし、その体格では・・・」
「良いから作ってくれ」
「・・・畏まりました」
料理人は了承を口にしつつ、少々不服そうな様子だ。
何が気に食わなかったのか知らないが、作るならそれで良い。
ただ作る端から食べていると、何故か途中から料理人の機嫌が直り始めた。
「まだ食べますか?」
むしろ、食べるならまだ作るぞ、と言わんばかりに張りきった様子に見える。
何が琴線に触れたのかは知らないが、機嫌が良いなら好都合だ。
食べても食べても足りる気がしない。どんどん作って貰おう。
そうして満足した頃に―――――――。
『ぼくは、僕は恥ずかしながら帰ってきました! ありがとう! ありがとう!』
服の中からひょこっと精霊が顔を出した。
そっと握ってもう一度投げ捨てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます