第3話、やりたいように

 山を駆け抜けて暫くすると、街道に出る事が出来た。

 とは言っても整備されているとは言い難い道ではあったが。

 荷車の類が良く走る事で作られた道、といった程度の道か。


 それでも道は道だ。道をたどればその内、村なり街なりに辿り着く。


「街か・・・予想通りと言うか、何と言うか」

『街だー!』


 そうして辿り着いた街は、大きな外壁で守られた場所だった。

 人間同士の戦争の為か、それとも魔獣被害から守る為か。

 どちらにせよ外敵が居る世界なのは間違いない。


 因みに精霊はいつの間にか一体に戻っていた。


「さて、入れるかどうか」


 通行手形の様な物は持っていない。なら金を払えば入れてくれるだろうか。

 いや、自分見た目は可愛らしい女子供だ。ならば庇護して貰える可能性もある。


「・・・まあ、行ってみるか」

『いくぞー!』

「お前はここに入ってろ」

『もがもがもが!』

「暴れるな・・・!」


 精霊を懐に仕舞い込み、ジロジロと見られながら街道を歩く。

 外壁にはそれに見合う門が付いていて、そこで人が並んでいる。

 ただし並んでいるのは荷車を持っている人間だけの様だ。


 殆どの者は素通りで、門番も咎める様子は無い。

 ただし確りと見て居る辺り、誰が通ったかは確認している様だ。


「・・・止められはしなかったか」


 街に入る事自体に金が要るか、もしくは子供一人という事で止められるかと予想していた。

 だが実際は少々注目された程度で、特に問題無く街中に入る事が出来た。

 とはいえ相変わらずじろじろ見られてるので、問題が無いとは言い切れないが。


 恐らく原因は服だろう。布を巻いて紐で縛っているだけだからな。

 周囲を見る限り、こんな恰好をしている人間は見当たらない。


「・・・服か」


 何処かに古着屋でもあるだろうか。金はあるから買えるとは思う。

 ただ価値が解らないのが痛いな。ぼったくられる予感がする。

 いや、別に良いか。自分の金でも無いし、気にする必要も無いな。


「・・・ん?」


 ふと、背後が騒がしい事に気が付いた。荷車の集団が逃げ惑っている。

 何が起きたのかと目を向けると、猪が暴れているのが見えた。

 やけにでかい猪だ。いや、でか過ぎるな。荷車より大きい。


「門を閉めろ! 突っ込んで来るぞ!!」


 門番達がそう叫び、けれど人や荷車が中に入ろうとしていて閉められないでいる。

 けれどその間に猪はどんどん迫って来ていて、このままだと間に合わない。


『でっかい牛だー!』

「いや、豚だろ」


 あと何故か精霊は興奮している。


「全員入れるのは諦めろ! 良いから門を早く! 早く閉めろ!!」


 この場の責任者らしき兵士の言葉が決め手だったのだろう。

 門は容赦なく閉じられ、そして門の外に置き去りにされた人間達が出来た。

 逃げられなかった人間達の末路は、恐らく想像するまでも無い。


 いや、荷車の周りには護衛らしき者達が居た。

 武装していた彼らであれば、戦って生き残るかもしれない。


「た、助かったぁ」

「後ろの方に居た奴馬鹿だよな。許可なく中に入るのは違反だとか言ってたぜ」

「ああ聞こえてた聞こえてた。それで死んだらもう何も出来ねえだろっての」


 ああ、成程。規則を律義に守って、それで残った奴が要るのか。

 馬鹿だな。融通が利かな過ぎる。緊急時だろうに。

 そんな時に規則を守って、結局死ぬだけだ。守らない奴だけが助かるんだ。


 かつての俺が死に、そして周囲が生きていけた様に。


「どうせ兵士は外に出てまで戦ってくれねえのによ」

「やるとしても外壁から弓を放つ程度で―――――――」


 俺の近くでそんな話をしていた奴の言葉が止まった。

 いや、周囲から完全に会話が止まった。

 それも当然だ。何せ今閉じたはずの門が粉々に砕け散ったんだからな。


「脆い門だ。これじゃどの道あの猪を止められなかったんじゃないか」

『こっなごなー! ははははははは!!』


 ただし砕いたのは猪じゃなく、俺が全力で殴り飛ばしたせいだが。


 門が壊れる時の破砕音に驚いたのか、猪の動きが止まっている。

 猪と戦うつもりだった連中も、武器を構えながらも門を見ている。

 外壁で弓を構えている兵士達は、一体何が起きたのかという顔だ。


「街を守る為の門の破壊。完全に悪党の所業だな」


 自分の行動に満足しながら、足を踏み出して外に出る。

 眼前に居るのはバカでかい猪。体に魔力を纏った魔獣の猪。

 恐らく図体以上に危険な存在である事は何となく解る。


 ――――――けれど、負ける気は一切しない。


「これは、挨拶代わりだ」

『ほえ?』


 胸元に居た精霊を握り、大きく振りかぶって投げつけた。

 ほぼ同時に『バァン』という音が鳴って巨体が浮き上がる。

 そして少しの浮遊の後、ずぅううううんと大きな音を立ててひっくり返った。


「・・・思ったより威力が出てしまった」


 あの地下を出た時と同じ事をしてしまった。

 まあ良い。とりあえずこれで少しは時間が稼げるだろう。

 ペタペタと歩いて猪に向かって行き、すると武装していた連中が俺の前を避けた。


 まあ、恐ろしいと感じるのが当然だろう。こんな化け物だからな。


『僕の勝利ー!』


 ただ動く気配の無い猪に首を傾げて居たら、腹の上で精霊が力いっぱい拳を掲げていた。

 牽制のつもりだったが、まさかあれ一撃で仕留めてしまったのか。

 いや、魔力はまだ放っている。死んだふりか、気絶しているのか、どちらかだな。


「とっとと止めを刺すか」


 起き上がってきた所で戦いを挑む、なんて趣味は俺には無い。

 倒せるならその時に倒しておくべきだ。殺しておくべきだ。


 その方が後腐れも無いし、後から復讐なんて話にもならない。

 何より逆恨みもされないしな。それが一番の理由だ。

 まあ、魔獣に当てはまるかは怪しいが。


「この辺りで良いか」


 頸動脈を狙って腕を振り抜き、肉を抉ってしまう。

 するとその痛みで目が覚めたのか、プギーという鳴き声が響いた。

 近距離だったせいで耳が痛い。図体がでかいせいで声も大きすぎる。


「煩い!」


 思わず頭の横をぶん殴ると、そのまま頭が吹き飛んだ。

 最初からこうしていれば良かった。二度手間だったな。


「しかし・・・くくっ」


 門を破壊し、猪を殴り飛ばし、やりたいようにやり切った。

 規則を守らず、公的機関を待たず、ただ我が儘に力を振るう。

 それがこんなに爽快な事とは。ああ、やっぱり、悪党は良いな。


『僕は勝ったんだぁあああああああ!!』

「・・・」


 いい気分が台無しだ。何時まで叫んでるんだあいつは。

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