第2話、同行者

『よいせ』


 精霊が紙を見つけ、机の上に一枚置いて行く。


『よいせ』


 すると別の精霊がまた来て、紙を一枚置いて行く。


『よいせ』


 そしてまた次の精霊がと、同じ事が繰り返され紙の山が出来ていく。


「・・・逆に読み難い」


 集めて来るなら手間が省けるかと思ったが、どうやらこいつらは適当に持って来ている。

 本来なら束で揃えて置かれれていたはずの物も、一枚一枚バラバラにだ。

 おかげで番号が付いている書類であっても、何の意味も無い状態になっている。


 揃えるのは面倒だし、揃えた所で欲しい情報があるかも怪しい。


「はぁ・・・まあ良いか。別に全ての情報が欲しい訳では無いしな」


 探す手間が省けたのは事実だと思い、片っ端から斜め読みしていく。

 何処かに俺の事が書かれていないかと思いながら、けれど殆どは失敗の記録だ。

 あのガラスの中に浮かんでいる肉片達の記録が大量に残っている。


 とはいえそれも無駄ではない。何を作りたかったのかは見えてきた。

 どうやらこの連中は、生物兵器を作り出したかったらしい。

 人の知能を持ちながら、野生動物や魔獣、果ては精霊の力を行使できる兵器を。


「ふん、人間を弄る事で街を追われたか」


 どうやらこの世界の法は、そういう倫理観らしいな。

 まあ倫理など、時代と国と世界でまるで変わって来るが。

 脳を生まれた時に取り出し、機械に繋げる時代も経験した。


 あの時の死に方が、一番苦しく無くて良かったな。

 何せ生命維持装置を止めるだけだから。

 脳だけだから痛みは全く無かった。


「大体解った。もう、良いか。後は動いて調べるとしよう」


 俺が何なのかは理解したし、恐らく俺は偶然の成功体だ。

 なら奴らの想定通りのスペックを持っているとは限らない。

 ここで書類を確認するよりも、動いて確認した方が余程早い。


 ・・・代り映えの無い書類を読むのが面倒になった、というのもある。


「さて、出口はどこだ」


 書類を投げ捨てて周囲を見回す。


『よいせ』


 俺が投げ捨てた書類を精霊が机に乗せる。


「・・・もう良い。知りたい事は解った。助かった」

『もう良いのー?』『まだ出来るよ?』『兄は元気ー!』『探すの楽しい!』『よいせ』


 一応探してくれたのだと思い、感謝を述べた。

 だが精霊達は不思議そうに首を傾げ、まだ運ぶ奴もいる。

 ・・・まあ、良いか。楽しいなら好きにさせておこう。俺には関係ない。


 精霊の事は放置して歩き出し、それらしい場所に手を伸ばす。

 引き戸になっていたらしいそこは、軽く力を入れると簡単に開いた。


「通路、か」


 この先に出口があるのかどうかは解らないが、とりあえず行ってみるしかないか。

 壁に明かりがついているので、暗くて見えないという事も無い。

 若干警戒をしつつ歩いていると、わーきゃーと楽しげな声が後ろから付いて来る。


『通路ー!』『明かりが有るけどうすぐらーい!』『あははは!』『ねー妹どこ行くのー?』

「・・・はぁ」


 うっとおしい。うっとおしいが、邪気を感じないせいか嫌いになれない。

 そんな感覚を覚えながら、無視して通路を突き進む。

 すると途中で牢が見つかり、うつろな目をした女達が入れられていた。


 ・・・俺を作る為に攫われた女だ。おそらく全員手遅れだろう。


「ちっ」


 苛立たしく感じて舌打ちをしてしまった。

 こんな光景を作り出した連中にではなく、これを見て不愉快に感じる自分にだ。

 悪党になると決めておきながら、悪党のやった事を不愉快に感じている。


「いや、違う、それで良い」


 悪党はこうでなければいけない、等という指標はどこにもない。

 俺は俺の気分の良い生き方の為に悪党として生きるだけだ。

 そう決めたら軽く腕を振るい、牢を破砕して中に入る。


「・・・ゆっくり眠れ」


 感じるかどうか怪しい状態だったが、痛みの無い様に頭を粉砕した。

 ずきりと胸が痛む。狂った連中を殺した時は何とも思わなかったのに。


『妹、大丈夫?』『どこか痛い?』『泣かないで』『よしよし』


 俺はどんな顔をしているのか、牢の中では確認する事が出来ない。


「・・・煩い」


 重苦しい気分を払う様に、撫でる為に頭に乗った精霊を投げ捨てる。

 そして今度こそ外に出ようとして、居住として使っていたらしき所を見つけた。


「・・・金が有るな。服は流石に合わないが・・・布と紐があれば何とかなるか」


 使えそうなものを漁り、ベッドシーツなのだろう布を破り、体に巻き付け紐を結ぶ。

 服とは言い難い感じになってしまったが、とりあえず裸よりは良いだろう。

 後は使えそうな物を適当に漁ったら、袋を腰に巻いた紐に括って服の中へ。


「こっちが出口か」


 そして今度こそ出口らしき風の流れを感じ、感じるままに足を動かし進んでいく。

 すると暗い通路の先に階段があり、天井から少し光が漏れている。

 階段を上って天井に手をかけると、どうやら上に開く作りの様だ。


「よっと」


 軽く押し上げると天井が吹き飛んだ。

 蝶番がねじ曲がり、ネジも飛んでしまった。


「加減したつもりだったんだが・・・」


 思っているよりも、この体の力が強すぎる。

 もう少し加減しないと、何でもかんでも壊してしまいそうだ。


『外だー!』『お日様ー!』『うおーまぶしー!』『ここどこー!?』


 外に出ると、俺よりも精霊達がはしゃいで跳ねまわり始める。

 地下に閉じ込められていた事を考えれば当然かもしれないが。

 周囲を見回した感じ、山の中だろうか。自然に溢れている。


 というか、溢れすぎて先が見えない。

 高い木が行く手を阻む様に生えている。


「まあ、街中にあんな怪しげな施設は作らないか」


 当然と言えば当然の事を呟きつつ、とりあえず歩を進める事にした。

 別に目的地など無いが、ここにとどまる理由だってない。


『きのこー!』


 なら人の居る場所に出て、文化的な生活をしたいと思うのが普通だろう。

 とはいえ、この世界の文化がどの程度かは解らないが。


『山菜ー!』


 ただあの実験施設を見る限り、そこまで低い文明とは思えない。

 化学的な物ではなく、魔法的な文明という辺りで、少し不安はあるけれど。


「魔法がある世界は、何故か文明が停滞しやすいんだよな・・・」


 過去の経験からそんな呟きが漏れ、自分の発言で少々不安になる。

 勿論高度な技術のある世界もあったが、どうにも文明が進み辛い。


『綺麗な石ー!』


 それは特権階級の意識の問題もあるのだろう。

 あとは、魔法がある世界は、人間が生きて行くには厳しい事が多いのも理由か。


『芋虫ー!』


 所で、こいつらは何時まで俺について来るつもりだろうか。

 後凄く煩い。歩く度に何か見つけて報告して来る。

 置いて行っても追いつかれるのは何故だ。途中全力で走っても追いつかれた。


「何なんだお前らは! 何で俺について来る!」

『えー、だって妹心配ー』

「俺はお前達の妹じゃない!」

『妹だよ? 僕兄だもん!』

「ああもう話が通じないどころか、何を言ってるのか解らない!」

『あははっ、妹はお馬鹿だなぁ』


 よし、こいつら吹き飛ばそう。流石にむかついて来た。

 魔力を練って力を籠め、周囲の精霊達を全て暴風で吹き飛ばす。


『あーれー!』『たーすけてー!』『おめめぐるぐるー!』『僕飛んでる!』


 ・・・楽しげなのが納得いかないが、これでもう追いかけて来れないだろう。

 遥か彼方まで飛んで行った精霊を見届けてから、俺自身もこの場から逃げる。

 出来る限りの全力。景色が後ろに流れていく程の速さで。


「っ、これだけ逃げれば、もう大丈夫か?」

『もう追ってこないかな? 見つかっても兄に任せて!』

「・・・」


 木の陰に隠れて後方を見ると、同じ様に木の陰に隠れて後方を見る小人が居た。

 思わずその場に崩れ落ちても仕方ないと思う。本当に何なんだこいつ。


「はぁ~~~~~。解った。もう良い。付いて来ても構わない。けどもう増えるな」

『え~~~~~~? わかったぁ~~~~』

「本当だろうな・・・」


 物凄く嫌そうに唇を突き出しながら、納得したという精霊。

 そもそもあれは増えたのか。それとも別れただけなのか。

 いや、難しく考えるだけ負けな気がする。


『じゃあ行こう!』

『妹よ、兄が付いてるからね!』

「早速増えるな!!」

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