悪党になろうー殺され続けた者の開き直り人生ー

四つ目

第1話、理解した生き方

 俺は別の人間として生きてきた記憶がある。

 一度だけじゃない。何度も何度もだ。

 文化と言って良い様な物が殆ど無い時代から、科学技術が高く宇宙に進出した時代まで。


 そして俺はその何度も生きた人生で、常に品行方正に生きて来た。

 誰かの為に、優しく、規則を守り、真面目に。他の目からは兎も角、自分はそのつもりだ。

 何時もそうやって生きて、生きて、生きて――――――良い様に使われて死ぬ人生。


「ああ、またか」


 そして、今回は、両手足に枷を嵌められ、月を見上げる。

 何度真面目に生きても、何度真っ当に生きても、結末は何時もこんな物。

 何時かは報われると思い、何時かは幸せになれると思い、ずっと頑張った。


「―――――ああ、そうか、やっと解った。馬鹿だな、俺は」


 俺を殺せと叫ぶ民衆。その為の刃を掲げる処刑人。にやにやと笑う権力者。

 何度も死んで、何度も殺されて、何度も騙されて、ようやく解ったよ。


「世界は、悪党で無いと生きられないのか」


 何十回目かの死で、俺は、ようやくそれを理解した。








「―――――――」


 激痛で目が覚めた。ついさっき処刑されたのに、もう目が覚めた。

 何時もの事だ。また生まれかわったんだ。けど、なんだ、この痛みは。

 腹の中に居る時点でいつも意識はあったが、こんな激痛は経験が無い。


「―――――――」


 痛くて苦しくて死にそうなのに、声を上げる事も出来ない。

 きっとそんな機能がまだ無いからだろう。

 まだ手足の感覚も無い。逃げる事も出来ない。痛い、苦しい。

 何で、何でいつも俺は、こんな目に遭わなきゃならいんだ。


 そんな苦しみの時間が永遠に続くかと思ったある日、急に体が軽くなった。

 かと思えば手足の感覚も突然しっかりとしはじめ、目にも光が入り込んで来る。


「おお、成功したぞ!」

「やった!」

「やりましたね!!」


 耳も聞こえるようになったのか、そんな風に騒ぐ声が濁って聞こえた。

 何処だここは。水の中? なんだ、これは、ガラスの中に居るのか?


「実験体39号。俺が解るか。俺がお前の主人だ」


 目を開いた俺の前に、狂気をはらんだ目の男が立っていた。

 真面な顔には見えない。どう見ても狂っている人間の顔だ。


「お前は成功体だ。ああ、やっと安定した成功体。少々見た目が貧弱なのが気になる所ではあるが、お前の体に内包された力は俺達が望んだ物だ。さあ、さあ、早く世界を壊しに行こう。俺達の事を認めなかった世界を。俺達が正しいと証明してやろう!!」


 ああ、また、この手合いに遭うのか、

 こんな奴の下で生まれたのか。

 そうか、やっぱり、何時も通りなんだな。


 そしてきっと、頑張ってもまた、同じような結末になる。


「さあ、聞こえているだろう、実験体39号! ここから出て俺と共に――――――」


 耳障りな音が消えた。何せ喋る為の頭が吹き飛んだから。

 軽く腕を振っただけで、ガラスを突き破って男の頭も粉砕してしまった。

 凄いなこの体は。今までの人生で一番力が溢れている。


 実験体39号だったか。おそらく真面な人体じゃないんだろうな。


「な、何を!?」

「ぼ、暴走だ!」

「武器を、武器はどこだ!」

「や、たすけ―――――」


 なら、丁度良い。きっとこれは、やっと生き方を理解した俺への贈り物だ。

 神なんざ信じていないが、今だけは神を信じる気になれる。

 騒ぐ連中を一人ずつ殺しながら、少しずつ自分の体の感覚を確認する。


 見る限り小柄な体だが、そうとは思えない程の力を持っている。

 内から溢れ出るような力もあり、それが魔力だとも感じた。

 成程、魔術が使える世界か。久しぶりだな。


「ぐぎゃっ」

「うげっ」

「や、やめっ、げぶっ」


 罪悪感ぐらい覚えるかと思ったが、何一つ感じる事が無い。

 理不尽に人を殺すなんてこの程度の事だったのか。それともこいつらからだからか。

 後者な気もする。俺の知る俺を殺して来た連中と同じ目をしている。


 ならこれは八つ当たりだ。全力の八つ当たりだ。


「俺はもう、誰かに利用されるのも、殺されるのも、ごめんだ」


 誰一人生きている人間がいなくなった空間で、そう呟く。

 血の海だ。臓物が溢れている。肉片が飛び散っている。

 けど、もう見慣れてしまった。自分や他人の臓物など。


 今更何の感傷も浮かばず、そして今更周囲をしっかりと見まわす。

 すると周囲には、俺が入っていたガラスと同じ様なものがいくつかある。

 ただしその中に在る者は、ぐちゃぐちゃの肉塊が殆どだが。


「あの男の言葉から察するに、禁忌に触れ世界から弾かれた連中の実験場か。そしてこの体はその完成体。あの激痛も実験のせいだろうな。あの痛みを受け何故従うと思ったのか」


 むしろ、こいつのせいであの激痛を受けたのかと、怒りしか湧かなかった。

 それでも今までの人生なら、あの男を許して、諭そうとしたんだろう。

 馬鹿馬鹿しい。あの目の人間は、一度だって言い分を聞きやしなかったのに。


「・・・女か」


 自分の体を見下ろし、女体である事を確認する。

 女性として生きるのは何度目だろう。それももう覚えていない。

 だが都合が良い。男というのは、女が少し甘えれば騙される奴が多い。


 それが子供となれば尚更だ。上手く使えるだろう。

 ガラスに映った容姿も悪くない。むしろ幼いながら美人だ。

 何時かのように襲われるかもしれないが・・・その時は殺せば良いだろう。


 おれはもう、悪党になると決めた。我慢も容赦もしない。


「ん?」


 そこで、ダンダンと叩く音が聞こえた。そこまで大きく無い音だ。

 目を向けるとそれはガラスの一つ。中に居る何かがそのガラスを叩いている。

 ここから出してくれと訴えている、小人の様な何かが。


「・・・アレは、精霊か」


 見ただけで、それがどんな存在か理解出来た。

 理由は分かっている。俺の中にその類の力があるからだ。

 産まれたばかりなのに言語を理解しているのもそのせいだろう。


 実験体39号は、そういった様々な力を流し込まれて作られた化け物らしい。


「・・・出してやるか」


 悪党として生きると決めたのに、また何かを助けるのかと一瞬思った。

 けれど体が動いてしまった。助けてやろうと思ってしまった。

 それは内に宿る精霊の力のせいか、それともずっと真面目に生きてきた習慣か。


 どうでも良いか。俺はやりたいようにやるだけだ。

 殺すのも、救うのも、好きなように。

 そう決めて軽く手を振るうと、ガラスは容易く砕け散る。


 その瞬間、凄まじい力の本流を感じた。


『助かったー!』


 そいつは両手を上げて泣きながら叫び、わーいわーいと跳ねまわる。

 だが見た目の可愛らしさからは想像できない程、小人からは強い力を感じた。


「封印か」


 小人が入れられていたガラスをまじまじ見てみると、様々な文様が見えた。

 魔術的に封じて、その力だけを抽出して、俺に埋め込んだんだろうな。

 まあ、こいつ以外にも様々な物が埋め込まれているみたいだが。


『ありがとう妹!』

「気にす・・・妹?」

『うん、妹!』

「・・・何故妹」

『だって妹だから!』


 何だコイツ話が通じない。面倒くさい。助けるんじゃなかったか。

 会話するのを諦めて、この実験場を漁りだす。俺の資料が何処かに無いかと。

 俺自身のスペックを把握しておき――――――。


『ねー、妹ー。なにしてるのー?』

「・・・」

『ねーねーねー』

「うるさい」

『無視やだー! 相手してよ妹ー!』

「邪魔だ」

『うわー!?』


 いい加減イラっとしたので、掴んで投げ捨てた。

 放物線を描いて飛んで行った小人は、そのままべちゃっと床に落ちる。


『あははははは! 今の面白かった! もう一回! もう一回!』


 逆効果だった。ああもう面倒くさい。


「俺は資料を集めているんだ。邪魔をするな」

『しりょー?』

「こういう物だ」


 紙束を見せると、小人は首を傾げる。

 ただ暫くして、何かを思いついたような顔を見せた。


『兄に任せろー!』

「なっ」


 精霊は突然力を放ち、それと同時に同じ見た目の精霊がポンポンと生まれていく。

 どんどん、どんどん、その数が増えていき、30体程度の所で止まった。


『『『『『『『『『『妹の為にさがすぞー!』』』』』』』』』』


 そして増えた精霊達は、実験場にパーッと散らばって行く。


「・・・まあ、見つかるなら、良いか」


 兄でも妹でも無いと言いたくはあったが、言うだけ無駄だなと諦めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る