第11話 この町の真実

 校庭で起きるかもしれない突発イベントに、まったく興味がなかったかと言えば、さすがにそうでもないが、後々の面倒を考えれば物見遊山で見学する気にはなれなかった。


 俺は校庭を通らない経路を使って、そそくさと下校する。


 うるさいバイクの排気音が徐々に遠くなっていくことに安心感すら覚える。


 大人数で騒ぎを起こしてくれれば視線はそっちに集まるわけで、これを利用しないわけはない。


 俺はしめしめと細い路地を歩いていた。


 ――と、俺は視線に感づいた。


 誰かが俺を見ている。どこからだ……?


 俺を尾行でもしてるのか……?


 昨日気付いたんだが、《不現の鎖(アンリアルチェイン)》が手に戻ったことによって、魔力も俺に復活したらしい。

 感覚が鋭敏になっているようだ。


 その俺がいつから尾行されているのか気づかなかったわけだから、おそらくこういったやり方に慣れている人間。言うなれば手練れだ。

 へたくそな尾行ではない。


 オレは曲がり角で素早く身を隠す。


 尾行している相手が近づくのを待った。

 尾行をまくというより、尾行しているやつが何者なのか、はっきり確認するためだ。


 相手は、こちらが尾行されていることに気付いたことまでは察していない様子。


 事を荒立てたくないのはいつも通りだが、だいぶ荒立ってしまっている以上、取れる先手は取っておきたい。


 後をつけていたのは男だった。金髪でいかにも軽そうなやつ。


 俺はあえて強気で、姿を見せることにした。

 下手に出ると増長するタイプと見る。

 謙遜は頭のいい相手には効果があるが、そうでない場合は、そもそも謙遜を理解できない。


「うわっ、ビックリした」


 男はこちらの姿が消えたことに慌てていたようす。

 殴りかかってきたりする様子はなかったが、俺は視線で威圧する。


「あはははっ、なになに? 怖い顔しないでよー、悠利くん、オレは君の敵じゃないなーいってね」


「素性を隠して、あとをつけてくるようなやつに敵じゃないとか言われてもな。オレはそんな言葉を信じて死んだやつをたくさん知ってるぞ」


「死んだ……って、そんな物騒な。えーと、まずは名前を明かせば信用してくれるかな? オレ、マモル。この町のパパラッチをやってまーすってね」


 パパラッチというと、有名人を追いかけまわしてスキャンダルを撮るやつか?

 信用できる情報が何一つ増えてないじゃないか……。


 マモルと名乗った男は、どう見ても同い年くらいにしか見えない。

 向こうの世界じゃ見た目の情報なんて、ほぼ役に立たなかったが、ここは日本だ。

 この見た目で1000歳越えなんてことは、まずないだろう。

 それを考慮すれば、プロのカメラマンやジャーナリストってことはないだろう。


「ほら、この町ってさ“花鳥風月”を中心に若い子が牛耳ってるでしょ? 若い子の情報は若い子のが集めやすいってんで、オレが重宝されているわけ」


 オレが厳しい視線を向けていたからか、マモルとやらは若干慌て気味に自ら情報を追加してきた。


 花鳥風月? なんだそれ?


 マモルとやらが言うには、この町は“花鳥風月”という4つのチームによって牛耳られているらしい。

 4つのチームの頭文字が「花」「鳥」「風」「月」なんだそうだ。

 このチームにはそれぞれ縄張りがあるらしく、お互いライバル視しつつも戦力が拮抗しているため膠着状態が続いているらしかった。


 ……いや、まったく知らなかった、驚愕の事実だ。

 こんな何の変哲もない町に、そんな暴力団みたいな派閥が存在してたなんて。


「雅な名前のわりに、ずいぶんと物騒な話だな……。まあ、とりあえずどうでもいいかな、その情報。それより重宝されてるとか言ってたけど、ということは雇い主がいるっとことだよな。そこまでして、俺なんかを尾行していた目的がわからん」


「なんか、とはずいぶん謙遜するじゃん。君、一躍有名人になってるんだよ。昨日杉山たちをボコった動画……オレが撮った動画が拡散したおかげでね」


「おい。動画ってお前が撮ったのかよ。余計なことしてくれたなぁ……」


 なんでもマモルは杉山たちの動向をずっと追っていたのだという。


 最近急激に勢力を伸ばしてきたバイク乗りの不良集団「暴風雨」。

 そいつらは花鳥風月を堕として、自分達がこの町の支配者になろうと意気込んでいて、勢いを増すその暴風雨に入団したいという不良が後を絶たなかった。


 花鳥風月は三流の不良が入団するには敷居が高いが、暴風雨ならば今でも入る隙間はある。

 それでいて、暴風雨の後ろ盾があれば町のあちこちに顔が利く。

 そのことから杉山たちも暴風雨の入団を目指していて、現在仮入団の立場だったということなんだが……。


「まあ言わばオレは暴風雨に雇われたお守り役ってとこ。杉山くんたちが暴風雨の正規メンバーに値する器かどうか、張り付いて見ててほしいって言われたわけ。そんな中で君が現れた。いやー強いね、君。まさかあんな簡単に杉山くんたちボコっちゃうなんてさ」


「お前があの場にいた理由はわかった。でもなんで動画を撮って拡散なんかした」


 こういう輩にプライバシーがどうのと言っても仕方がないが、こいつらにとって情報は金と同義のはずなんだが、なぜそれを全世界にバラまくんだ?


「趣味。杉山くんたち、弱い者イジメばっかで胸糞悪かったからなぁ。ざまぁって思ったから動画拡散しちゃった」


 真実を世界に知らしめるとか、俺を危険人物として周囲に伝えるとかじゃないのかよ。


 面白半分でやられちゃたまらんし、俺を貶めようとしているわけじゃないところが、逆に厄介だ。


「……悪趣味だな」


「それは否定しないよん。悪いことしたとも思ってるよ。動画のせいで、杉山くんたち殺されちゃうんだから」


「殺される?」


「ちなみに人の心配、してていいのかな?」


 急速に近付いてくるバイクの排気音。


 オレはバイク集団に囲まれてしまった。


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