第10話 ハンカチ持ってくるの忘れた

「お疲れさまです」


 また知らないやつから労いの言葉が寄せられた。


 俺はなんのお勤めもしていない。


「ゆーくん、王様になったの?」


 どっちかというと親分だとは思うけども。


「なってないし、なるつもりもない」


「不破王国?」


「違う」


「じゃあ、特定指定暴力団不破組?」


「勘弁してくれ……」


 朝からこの下校時まで、よく知らない下級生までにあいさつされた。


 上級生は微妙な距離感だが、少なくとも「ねぇねぇオタクくん。ガチャするお金、俺たちに課金してくんない?」とか親しげに絡んできたりはしない雰囲気だ。


 不良たち以外の生徒はすっかり引いていて、その状況に俺もドン引きだった。


 ――仕方ない。

 こんな状況が、ずっと続くのはさすがに困る。


 俺は事情に一番詳しいであろう当人に話しかけてみることにした。


「おおーい、杉山くん」


 杉山はあからさまに嫌そうな顔をしていたが、しぶしぶと俺の話に付き合う。


「いったいどういうことなんだよ」


「どういうこともねぇだろ。お前が俺たちを潰したって噂が広まって、つーか事実だけどよ。なんかぶっ倒れてるとこネットに晒されて、あいつには逆らわねぇほうがいいって話になってんだよ」


「ネット? どこにある?」


 不良どもが倒れてるところに興味はないが、《不現の鎖》とか、その辺りが世界にばら撒かれたりしたら面倒だ。


「ソッコーで消えちまったよ。どっかに落ちてるかもしんねーけど、んなもん自分で探せよ」


 そりゃそうだな。


「いや、しかしまいったな……」


 俺は頭を乱暴に掻く。


「俺はもう争うつもりはないし、そもそもお前らの仲間でもない。正直、こういうのは迷惑なんだよ」


「おまえのチームに入りたいやつとか増えてんのに?」


 杉山は心底驚いているようだ。

 俺は心底驚いているような杉山に心底驚いてるよ。


「俺は基本的に放っておいてほしいんだよ。静かに合わせ目消しでもさせててくれよ」


「なんだ、そりゃ」


「あ、いやなんでもない。もののついでに言うけど暴力行為とか、やり返せないやつへのイジリとかそういうのは止めてほしい。俺の希望だ。それ以外は今までどおりでいてほしいんだよ。俺に関わらないでくれ。俺からもお前たちには関わらない」


「ふーん、そううまくいけばいいけどな」


 杉山が面倒くさそうに肩をすくめる。

 俺たちをいつのまにか囲んでいた悪そうなやつらも散っていった。


 だが、ひとりだけ依然として、というか、今までと違って馴れ馴れしくしてくるやつがいた。


 斑鳩サシャだ。


「なんか、興味湧いちゃってさー」


「あ、ごめん。ハンカチ持ってくるの忘れた」


「そんなことは小さいことだよ」


 もしかしてハンカチばどうでもいいから、早く金をよこせってことか……?


 その時、校庭に爆音が響いた。

 何事かと窓から覗いてみると、バイクの集団。


 時々見かける暴走集団。

 この辺りを取り仕切っているって話の不良グループのようだ。


 なんだよ、こんな昼間っから。


「おい! 杉山ってやつはいるか!?」


 不良の声に「杉山ー。用があるみたいだよー」と斑鳩が大きな声で呼んだ。

 校庭からこの場所はだいぶ離れているので、バイク集団にはたぶん聞かれていないだろう。


 杉山は、大きな声で呼ぶんじゃねぇとジェスチャーする。

 完全にビビっている。


 俺に対してビビっている感じとは違く、今校庭にいるのはおそらく不良世界での“本物”ってことなんだろうか。


 まあ、調子に乗ってる杉山たちが、不良の元締めからシメられるっていうことなら、俺はべつに止める筋合いではない。

 むしろ歓迎だ。


 俺は我関せずと斑鳩に「ハンカチは明日必ず持ってくるから」と5千円は持ってこないことを婉曲に伝え、家路につく。


「杉山ぁ―!」


 相変わらす校庭では騒ぎが続いている。


 俺は舞奈がまた変なことをしないか見守りつつ、その時はそれで問題ないと思っていた……。


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