第8話 大事になる前に逃げたほうが賢い

 さて、どうしてくれようか。

 形勢は逆転した。


 この体の中から湧き上がる魔力を考えれば、杉山たちをぶちのめすくらい、熱したバターをナイフで切るより簡単だ。とか、一度言ってみたかったセリフを心の中で反芻する。


 とはいえ、杉山たちをぶちのめすことが目的じゃない。

 舞奈をこの場から非難させることが第一。

 できれば争いを避けたいということは変わっていない。


 それに、力に対して力で対抗したら、終わりのない戦いに身を投じることになってしまう。


 そうしないためには、完膚なきまでに叩きのめして逆らう気を無くさせなきゃならないとかなって、そんなのは今の俺が望むところじゃあない。


「てめぇ、今なにしやがった……?」


 倉持がグリップだけになった金属バットを放り投げる。


「なんだかよくわかんねぇが、おまえがなんか企んでるってことだけはわかるわ」


 俺の髪の毛を掴んで立ち上がらせようとしたころで、油断してる腹に一発ぶち込む。


 魔力のこもった一撃は、ちょっと前までの非力な俺のものとはまったく違う。

 今さっき魔力を使って身体能力もアップさせた。


 倉持は腹を抑えてその場にうずくまっている。

 なにが起こったのか理解できていないのだろう。


「こいつ、スタンガンかなんか持ってたのか?」


 杉山が慌てている。


 そうか、そういう手もあったかと思いつつ、今の俺の一発はスタンガンの比じゃない。


 騒ぎを聞きつけたのか、近くにいた不良の仲間どもが店内に入ってきた。


「どうしたどうしたぁ?」

「なんかあった?」


 店の周りにうろちょろしていたやつもいたなと思ったが、少々記憶していた人数よりも数が多い。

 スマホでさらに仲間でも呼ばれたら厄介だ。


「うっせぇな、なんもねぇよ」


 杉山が虚勢を張る。

 しかし、不良たちはなにかがあったことは読み取ったようで、


「だっせぇ、つーか、ウザァ。3人がかりで負けてんの?」


「なんかスタンガンみてぇの持ってんだよ」


「おーこわ。つってもこの人数なら負けねぇだろ? 人質もいるみたいだし」


 舞奈をチラ見した野郎に《不現の鎖》をぶち込む。


「ぐげっ」


 不良が首を変なほうに曲げてぶっ倒れる。


 周りにいた数人の不良の仲間も、なにが起きたかわからず目を見張っている。


 早く終わらせてこの場から逃げないと、本当に面倒なことになりそうだ。


「なんかよくわかんねぇが、飛び道具を持ってるみたいだな」


「集合かける?」


「人数増やしても意味ねぇよ。ここにいるやつらだけで、なんとかできるべ」


 杉山が言う。


 若干、焦ったように見えるのは、面子の問題だろう。

 弱っちい男に三人がかりで負けている。

 それを目撃するやつを増やしたくないってわけだ。


 杉山たちも、早めに終わらせたいってことだな。


 横目で確認するが、この騒ぎで舞奈への監視はおろそかになっているようだ。


「だったらまず捕まえて、道具使わせないようにしなきゃいいんじゃね?」


「だったらお前がやってみろよ」


 言われた名も知らない不良が、


「しょうがねぇなぁ。拳銃持ってるわけでもねぇだろ? 刃物なら余裕っしょ」


 ケンカ慣れしてそうなコンパクトなパンチを繰り出してくる。


 が、《不現の鎖》で足を絡め取り、転ばしてやる。


 「だっせぇ、なに転んでんだよ、ドジっ子かよ」と味方から笑われる不良くん。


 不良くんは「よく滑る床だぜ」とかなんとか格好良く立ち上がろうとしたところを、再度転ばせる。


「おわっ」


 今度はさすがになにか変なことが起きていると気付いたらしく、かなり真面目顔。


「意味が分かんねぇ……」


「だからそう言ってんじゃねぇか、ってお前笑ってんじゃねぇぞ、不破ぁ」


 やばい。

 笑みがこぼれていたらしい。


 不良どもが「ぶっ殺す!」と迫ってきた。


 ちょっと面倒になってきたが、なんとかはなるだろう。

 魔術もあるし、今の俺にはやつらの攻撃は全てスローモーションだ。


 もちろん俺には人をいたぶる趣味はない。

 ここには舞奈の目もある。


 何人かをいなし、《不現の鎖》で足止めをしつつ、舞奈を部屋の端へと押しやる。


 舞奈は混乱しつつも従う。


 俺は店内にいる不良どもの位置を素早く確認。


 《不現の鎖》を床に這わせ、不良どもの足を巻き取る。


 俺は指先に雷の魔力を注ぎ込んだ。

 そして雷の力がこもった鎖で店の地面をなでるように薙ぎ払う。


 不良どもと、椅子やテーブルが、だるま落としのように崩れ落ちる。


 力を制御しなければ建物ごと壊すレベルの威力にもなるが、今回は手加減している。


「がっ」

「ぐげっ」


 などと変な声を上げて、不良どもは一撃で昏倒した。

 ちょっと白目のレベルがヤバそうなやつもいたが、まあ、半日もすれば目が醒めるはずだ。

 あとは知らん。


「よし。逃げるぞ」


 俺は舞奈の手を取って、その場から走り出す。


「う、うん」


 舞奈も事情は呑み込めていないようだが、逃げたほうがいいことだけは理解できた様子。


 これであとは知らんぷりすればいいだろう。


 不良どもも自分たちの失態を知り合いに触れて回ったりもしないだろうし、なんとなく近づかないほうがいいやつ程度の認識はしてもらえたかとは思う。


「ちょっとちょっと」


 ふいに声をかけられる。


 なんだよ、今忙しいんだよと返事しようとすると、――入口のところで面倒なやつと鉢合ってしまった。


「なに今の? あんた今なにした?」


 金髪の目立つ斑鳩サシャだ。


 今のを見られてしまったらしい。


「え? え? なんか毒でも撒いたの? みんな倒れてるし……。いや毒はこんなめちゃめちゃにならないか……?」


 挙動不審になっている斑鳩にはなにも答えず、俺は急いでその場を離れた。



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