第6話 そこに勇者の証

 ファストフード店の中。

 杉山の右ストレートなのかフックなのかはわからないが、力のこもった拳を顔面に喰らう。

 その勢いでふらついた俺は、テーブルに手をついて体を支えようとするが失敗。

 そのまま仰向けに倒れてしまう。


 なんかと半身起き上がるが、身体への衝撃のためか、立ち上がることができない。


 そこへさらに顔面への蹴り。


 躊躇なく人の顔面を蹴り上げられるのは、ケンカ慣れしている証拠ともいえる。


 俺は身体を守ろうと丸くなると、脚や背中、ところかまわず蹴り飛ばされる。


「威勢がよかったわりには、あっけなさすぎませんかね?」


 胸倉を掴まれて強引に立ち上がらされると、再び拳が飛んできた。


「ぐぎっ」


 その勢いで、テーブルと椅子を巻き込んで派手にぶっ倒れる俺。


 殴られる中、舞奈を目の端で確認したが、倉持と田島に行動を塞がれているようだった。


 杉山の暴力を止めようと飛び込んできたり出来ないのは、ある意味で安心と言えば安心だ。


 ――ただ、やっぱり、割に合わねぇなぁ……。


 こんだけ痛い思いして。


 いったいどれだけのものが得られるっていうんだ?


 そりゃあ幼なじみの身の安全は大事だけど、もっと賢いやりかたはなかったのか。


 結局、人のために危険を冒すなんて割りに合わなことなのか。


 愚かなのか。


 バカなのか。


 前回の世界。

 俺は苦しんでいる人々、というか“みんな”を助けようと身を粉にして戦い、けど結局、力尽きて死んだ。


 俺の頑張りはなんだったのか?


 前々回の人生はどうだったろうか。

 前々回のことがあって、前回は勇者として戦ったわけだけども、俺は報われたのか? 収支の帳尻は合ったのか?


 俺が戦って、俺が頑張って、守れた命がどれだけあったのか?


 …………。


 まあ……。


 たくさんではなかったかもしれないが、守れた笑顔はあったか。


 マルベ村の決死隊。


 シャド廃坑の闇種族。


 リアスブード戦線の偽勇者。


 七鍵の試練。


 カレルド辺境伯令嬢の件も、感謝はされてたか……。


 ああ、そうか。


 人のために危険を冒すのはバカで愚かだけど、無駄ではないのか。


 収支については、結局俺の気持ち次第。


 勇者と呼ばれはしたけど、じゃあ世界は救えたのか。


 ――救えはしなかったかもしれないが、無駄なことはしていなかった。


 割に合わなかったという気持ちはあるけど、じゃあやらなきゃよかったとまで思うかというと、よく考えるれば、そこまでじゃない。


 ひるがえって、今の貧弱でまったく力のない俺になにが救えるのか。

 いや、そもそもなにかを救えるのか。


 救えるんじゃないかとも思うし、現に救えているじゃないか?


 少なくとも、まだやれることはあると思う。


 舞奈を助け出すくらいはできる。

 たぶん。


 ――朦朧としていた意識がはっきりしてくる。


 倉持がどこから持ってきたのか、金属バットを杉山に投げてよこした。


「なあ、杉山。面倒だから、これ使っちまえよ」


 杉山は一瞬考えるが、


「だりぃ、おまえがやれよ」


 と倉持に投げ返す。

 倉持は、杉山がそう言うんならと納得したようで、その場で軽く素振りをする。


「ちょっと、やめなよ、そんなの!」


 と舞奈は叫ぶが、逆に倉持の背中を押す感じになってしまう。


 倉持は俺が逃げられないものだと思って、無造作にバットを大きく振り、降ろした。


 俺は力を振り絞り、体をよじって逃れる。


 バットが古びた壁にひびを入れる。


「こいつ、まだ体力あんだな」


 ちょっと感心したような、手負いの獲物にとどめを刺すのに失敗したことを隠すようなにやけ笑いの倉持。


 と、その時、壁がバラバラと崩れ落ちた。


「おいおい、やりすぎだろ、店破壊すな」


「こいつに言ってくれよ、逃げなきゃいいんだから」


 崩れ落ちた壁の中に奇妙なスペースがあった。


 なにか箱のようなものが置かれている。


「ナンだ? これ?」


 田村が怪訝そうにのぞき込む。


 箱に描かれている印。


 俺はそれに見覚えがあった。


 前回の世界の教会に記されていた聖印。


 T字に重なるように輝く光が意匠された偉大なる紋章。


 俺の“力”を顕す、勇者の証しだ……!!


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