第5話 でも間に合う

 杉山武威は考えていた。


 この女をどうしてやろうか。


 あろうことか恐れもせず、怯えもせず、自分たちの誘いに乗ってホイホイとついてくる、頭のネジの外れてしまっている、この伊勢舞奈を。


 杉山は腹を立てていた。

 そこまで自分たちは舐められているのか。


 普通ならばこちらがちょっと凄めば、ビビッて謝ってくるはずなのだが、「わたしも話がある」ときた。


 正直、こちらに話はない。


 話を聞かずに従え。

 ビビッて、今後絡んでこなくなればいい。

 それだけだ。


 杉山は思っていた。

 村田をイジってストレス解消ができればいい。


 女子にも男子にも人気のある女と変に絡んでも、一ミリの得にもならない。


 あの女がカノジョにでもなれば、また違うのかもしれないが、伊勢舞奈はそういうんじゃない。


 あんな女が恋人だったら、おそらく自分が小さく見えてしまう。


 杉山には、そういう優れた平衡感覚のようなものが携わっていた。


 捕食者のようなふりをしているが、実は被食者の警戒心を持っている。


 両者のいいところを持ち合わせていると言えば聞こえはいいが、単に虚勢を張っているだけとも言える。


 “本物”には敵わない。


 それは杉山自身が一番よく分かっていた。


 それに杉山は虚勢の世界に生きてきた。

 虚勢は真実で、しっかりとしたルールだった。


 だが、本物には通用しない。


 だからこそ、どうするべきなのか……!?


「よくここまでついてこれたもんだよな」


 倉持が言う。


「本人の意思でついて来たってことは重要だよな」


 田島が続ける。


「そんなことより、ちゃんと不破くんと村田くんに謝って。それで村田くんをいじめるのをやめて」


 舞奈がひるまず主張する。


「謝罪を強要するなんてのは、クレーマーのやることだよな」


「私がクレーマーなら、あなたたちは犯罪者だよ」


「犯罪者とはひどい言いがかりだな」


 杉山が大げさに眉を顰める。


「とはいえだ。今この店は緊急準備中になっていて、誰も入ってこない。店の中は外から見通せない。これから俺たちが突然、犯罪者になってお前の裸とか動画におさめたとしても、被害が大きいのって、どっちかというとお前のほうじゃないのか? よく考えたほうがいいと思うけどな」


 舞奈自身もそういった可能性を考慮していなかったわけではないが、実際に口にされると少しだけたじろいで後ずさる。


 しかし舞奈は、それがなにか?といった風情で杉山をにらみ返した。


 人間力によるものか、杉山はそれだけで気圧されてしまう。

 舞奈は杉山の長い口上の末に、少しだけたじろいだだけだったが、杉山はそうではない。


 だが小者と言えど、さすがにそれで尻尾を巻いて逃げるまで弱くはない。


「そっかぁ。じゃあどうしてやろうかなぁ……」


「……………!!」


 ガッシャーンッ!


 ガラスが割れる音ともに、乱暴に扉が開かれる。


 汗だくになった不破悠利が、そこにいた。


 扉の鍵が閉められていなかったのは、杉山が「相手がいつでも逃げられる」状態を作ろうとしていたためだ。

 「準備中」の立札を置いておけば、店に入ってくる者はほぼいない。そんな思惑もあった。


 しかしそんなことは不破悠利にとって、どうでもよいことだった。


 杉山は、悠利が現れたことに内心ほっとしていた。


 この女では、自分たちの威光を示すためにボコボコにするということはできない。

 将来を考えれば、伊勢をどうにかするなんてバカバカしい行為だ。


 かといって、ではなにか別の方法が思いつくかというと、そういうわけでもない。


 だが、あいつならボコボコにしても問題ないじゃないか。


 不破を黙らせれば間接的に伊勢を黙らせることも、まあ、可能だろう。


 不破は生意気でウザいが、弱い。


 杉山はほくそ笑み、「今、準備中なんですけど」と言った。




 *   *   *




 俺は外でうろついている杉山の仲間らしき連中を避けつつ、極めて乱暴に店内に押し入った。

 素早く中に舞奈がいるかどうか確認する。


 不良どもが3人と女生徒――舞奈がひとりいた。


 なにか微妙な空気感ではあるが、大事になってはいないらしい。


 まあ、杉山たちが舞奈を傷つけるようなことは、やつらの損得感覚からいってないだろうと思ってはいたが、人は常に冷静でいられるわけではない。

 なにが起こってもおかしくはない。


 とりあえず一安心だ。


 俺は、争いに巻き込まるのはごめんだと思いつつ、舞奈を放っておけなかった。


 そもそも俺がここにきて、なにかが解決するんだろうか。


 時間を引き延ばしただけになるかもしれないし、警察に連絡するとか、別の方法を取ったほうが賢かったのではないか?


 いや、もっと考えれば自分以外のために危険を冒すこと自体が愚かな行為なんじゃないか?


 ゼェハァと息が上がって、考えがよくまとまらない。


 だが、すぐにそんなことを考えてはいられなくなった。


 杉山の拳が俺の顔面に炸裂した。

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