第3話 美人でクォーターでギャル

「やめなよ、ひどいことは!」


 舞奈が不良を咎める。


 不良どもと舞奈がゴタゴタするのは大して珍しいことでなく、いつもなら不良どもが「はいはい、わかりましたよ。うざぁ」とかなんとか言ってお開きになるのだが、今回は虫の居所が悪かったのだろうか。

 杉山、倉持、田島の不良どもがニヤニヤと笑いながら、舞奈を取り囲む。


「それってあなたの感想ですよね?」


「なんだろう。被害者側に立つのやめてもらっていいですか?」


「ただのイジリにマジレスされても困るんですけど?」


 斜め上なのか、斜め下からなのかよくわからないリアクションに、さすがの舞奈もあせった表情を見せたが、それでも大きなダメージを負ったふうでもなく、すぐさま対抗する。


「村田くんが嫌がってるんだから、やめなよ」


 正義感みたいなものは、こういうときには仇となる。

 多くのクラスメートの感想は「ほっとけばいいのに」。ごく少数が舞奈の味方か、不良どもの味方といった構図だ。

 正義の行使であるかどうかではなく、どちらが得かどうかで判断されている。


 この状況は舞奈でも不利。


「クレーマーみたいなことやめてもらっていいですかぁ?」


 腕を組んだまま肩を怒らせた杉山が舞奈ににじり寄る。


 不良どもも心得たもので、舞奈のような人望ある女子に対して不用意に絡むことはあまりない。

 女子を敵に回して得する男子など、まずいないだろう。


 しかし杉山の息が臭かったのか、舞奈が後ずさったときに倉持の足を踏んでしまったため、不良どもも後に引けなくなった感がある。


「いってぇぇぇぇ!」


 大げさに痛がる倉持。


「これは訴訟じゃね?」


「平和的解決を望んでいたのに、暴力で対抗するなんてな!」


 殊更に騒ぎ立てる田島と杉山。


「ちょっと別室でお話していただかないといけませんねぇ」


 杉山が舞奈の肩をつかもうとしたとき――


 俺はふたりの間に割って入って、杉山の手を乱暴に払っていた。


 クラスの女子たちが「杉山、いい加減にその辺でやめなよ」とかなんとか止めに入るよりも早くだ。

 女子たちには、どうせなら村田がいじめられているのを止めてほしかったが、まあ、人のことは言えない。


 杉山がイラついたように言う。


「不破くんさー、自分がなにしてくれたかわかってます?」


 ケンカ慣れしてる杉山は、俺の無防備な腹にすかさず拳を入れ、屈みこんで前に出た後頭部に肘を入れた。


 先に手を出した男に遠慮なしってのは、あまりにもポリコレ的に正しい。たぶん。


 俺が勇者だったころなら、こんなパンチは避けるまでもなく、腹筋で防げた。


 しかし転生後のこの姿は、まったく体を鍛えていないし、魔力で強化もされていない。

 体格でも劣っている俺が杉山の攻撃に対抗できる要素は皆無。


 たかが不良の素人前蹴りを追加されただけで、俺は動けなくなってしまった。


「ぐう、ううううう……」


「ゆ、ゆーくん、大丈夫!?」


 舞奈が駆け寄ってきて、俺の表情をうかがう。


 痛い。

 舞奈に対して「大丈夫だ」とか、そういうリアクションもできない。


 変な気を起こさず、ただ眺めていればよかった。

 ――なんてことはさすがに思わないが、微塵も目的を達成できていない感じが、俺の心をさいなむ。

 いや、脊髄反射ではあったけど、舞奈を守るってことは達成できているのか?


 ガラッと教室の扉が開いた。

 一斉にクラスの視線が集まる。


 現れたのは、斑鳩サシャ。


 クオーターで街を歩けば誰もが振り返るほどの美形だが、口調や態度が全てを台無しにしている残念美人ギャルだ。


 突然の視線の集中に驚いた感じはあったが、クラスの空気に気付いたのか、すぐさま事態を理解したようで、


「なになに? 弱い者いじめしてストレス解消とか? あったまいいねー」


 と、コロコロと笑った。


「ああん? おまえには関係ねぇだろーがよ」


「まあたしかに? あんま関係ないけど? 空気悪くなってんなーって。教師にバレたら面倒なのは、ここにいる全員っしょ? それなりのところでやめにしといたほうがいいんじゃないの?」


 舞奈としては、この場だけ収めればいいというわけではないという面持ちではあったが、とはいえ、これ以上、俺やら村田やら自分やらが被害を被ることがいいと思っているわけではないのだろう。


 杉山たちも、頭を冷やせたようだ。


「おまえも余計なことすんじゃねーぞ、不破」


 捨て言葉で自分たちの席に戻っていく。

 舞奈に対してはなにか言うことはないのかという気はしたが、話を長引かせても良くない。


「なになに、不破がなんか余計なことしたの? おっかしー。あははははは」


 斑鳩がそう笑うと、なぜか杉山たちも笑い、クラスメイトたちは安堵していた。


 なんだかよく分からんが、笑いでこの場を収めてしまうとは、おそるべし陽キャ技能。


 俺はまだ腹の痛みは続いていたが、なんとか立ち上がって、次の授業に備えようとする。

 すると斑鳩が、


「だいじょぶ? 弱いのにカッコいいことすんのやめとこうな?」


 とハンカチを投げてよこした。

 最後の蹴りで、ちょっと口を切っていたらしい。今気づいた。血が出てるじゃないか。

 これでぬぐえということだろうか。


 案外いいやつだな斑鳩サシャ。


 俺は顔の良いやつは大概性格は悪いやつだと決めつけているんだが、これは考えを改めたほうがいいのかもしれない。


 俺は軽く口元をぬぐう。


「お、使っちゃったね。レンタル料1万円だから」


 は?


「洗濯してお金と一緒に明日返せよー」


 ヒラヒラと手を振って席に着く斑鳩。


 まあ、そんな簡単に考えを改める必要はないな。


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