悪意の華

血の華

 笑い声が溶けた和やかな雰囲気の中で、ルディの瞳がぎらりと光った。それを見逃さなかったのか、アイザックは鋭い視線で彼を見つめている。二人の間に、自然と緊張が走った。


「……最後の忠告だ。本当にロベリアあいつに関わるんだな?」


 睨むように自分を見つめるアイザックに、ルディはふっと笑みを零した。


「ああ。私はロベリアに酷く興味があってね。安心してくれ。危険を犯すような真似はしないさ」


 アイザックはため息を着くと、脇に抱えていた封筒をルディに差し出した。


「分かっていると思うが… この中の情報は他言無用だ」


 ルディは「もちろん」と小さく返事をすると、丁寧に閉じられた封筒を開けた。

 中には一部が黒く塗られた資料と、多くの写真。 ルディにとってそれは宝の山だった。


「ザック…本当に感謝するよ」


 ルディは子供の様に目を輝かせて言った。淡麗な見た目にそぐわない表情に、アイザックは思わず笑い声を漏らした。


「お前は本当に楽しそうな顔をするな。でも今回ばかりは気をつけろ。あいつが定めた獲物を逃した事はない」


「承知の上さ。依頼人の為にも、真実を持ち帰るさ」


 ルディは不敵な笑みを浮かべると、封筒の中の写真を見つめた。

 彼女の残す血の華の数々が、そこに記されていた。

 それを見て、ルディは息を呑んだ。


「凄いな...。こんな大きな華を、誰にも見られずに残すのか…」


「ああ。実物を見た時は、月に照らされた華が地面をうめつくしていて……。正直美しさに圧倒された」


 懐かしむ様に目を細め、アイザックはつぶやいた。

 ルディもまた、その華に目を奪われていた。 それほどに、華は美しかった。血で描かれたとは思えないほど滑らかな線が地面を彩るその様は、皮肉にも生き生きして見える。

 死体の山と共に咲く華は、生きた赤で燃えていた。


 そんな華の写真を見つめると、ルディは他のものへと視先をうつす。

 いくつかの華を見るうちに、ルディはを覚えた。

 その正体を探るように、アイザックの方を見てつぶやく。


「…どの現場の華も全て同じ?」


「その通りだ。流石だな」


 アイザックは呆れたように笑うと、資料の一ヶ所を指差した。


「現場の華は、どこでも回じ大きさ、形だ。今まで起きた5つの事件で、華は少しのズレもなかった」


 華の大きさを全て調べた彼手書きの資料からも、それは読み取れた。

 ロベリアは毎回、複製コピーのような正確さで華を残している。


「まるで機械だな…」


「本当だよ。こんな正確にするなんて、犯人はこの華によっほど時間をかけてるんだろうな」


 そう言って笑うアイザックを他所に、ルディは胸に残る違和感の正体を探っていた。あまりに、血で描かれた線が滑らかなのだ。ゆっくりと時間をかけて描けば、多少のブレや滲みが生まれる。しかし、ロベリアの残す華は、そう言ったものが一切なかった。


まるで、一筆で描いたような、そんな。


「……ロベリアが、華に時間をかけてるとは思えない」


半ば独り言のように、呟く。それを聞き逃さなかったアイザックは、


「何故…?」と怪訝そうに尋ねる。ルディは「おや、聞こえていたかな?」と冗談ぽくはにかんだ。


「確証はないよ。何か……勘、といった所かな」


その答えに、アイザックは大袈裟にため息をついてみせた。


「全く…。お前の目は何を見ているんだか」


 その言葉に、笑う。しかし、ひどくぎこちない笑みだと言うことは、自分でもわかった。

胸の奥で渦巻く、悪寒のような何かが増幅していく。 そんなルディの様子に気がついたのか、アイザックは不安そうに瞳を揺らした。


「ルディ、お前何か────」


 そう言いかけた彼の足の隙間を、一匹の黒猫がすり抜けた。

 驚きで情けない声をあげたアイザックを見て、ルディは耐えきれないといった様子でくすくすと笑った。


 笑いあう二人は、自分たちが闇の入り口に立っていることに気がついているのだろうか。


 2人の行く末を見通すかのように、黒猫の赤い目が揺らいだ。



 *+†+*──*+†+*──*+†+*──*+†+*──*+†+*



 眠った街の静けさに溶けていくような感覚に身を任せながら、少女は目をあけた。暗闇に飲み込まれた路地を、微かに届いた月光が照らしている。

 少し冷え込みはじめた生暖かい夏の風が、少女の肌を這うように吹きつける。

 なびく濡羽色の髪をかるく押さえながら、少女は小さな刃物を握る手に力をこめた。


 獲物にとびかかる時を待つ獣のように、少女は路地でじっと息を潜めた。後少し。後少しで、標的はここに現れるはずだ。


 微かな足音と共に、路地に姿を表した標的を少女の赤い瞳が捉えた。


 ひゅっと小さな悲鳴を漏らしたの首に刃物を突き立て、掻き切る。勢いよく流れる血が、少女の足元を濡らした。


(この人も呆気ない……)


 少女はため息をつくと、足元の血溜まりに手を入れた。

 既に冷たくなり始めたとは違い、血は暖かい。


 まだ生を感じる血液を両手ですくい、隙間から溢れていくそれを見つめる。


 少女の手からこぼれた命が地面に落ち、赤黒い染となる。


 それを隠すように、地面に1つ、赤い華が咲き誇った。

 華を見つめる少女の瞳が、小さく揺れた。


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