黒狼の殺人
アイザックから新たな事件が起きたことを知らされたのは、2人が集まった日の僅か3日後のことだった。
被害者は1人。これまで必ず複数の被害者を出す、と言う法則が、ここで崩れた。
(この事件は、何かがある…)
それを、ルディはひしひしと感じていた。
机に置かれた手帳を手に取ると、小さな印がつけられたページを開く。
過去の被害者の情報を睨むように見つめながら、ルディはターゲットの法則を探していた。
半齢、性別、出身まで、何ーつとして共通的はない。
ならばこれは無差別殺人か?否、彼はそう思うことができなかった。
(証拠を一切残さぬほど計算高い彼女が、無差別に人を襲うなど非合理的なことをするだろうか…)
もう一つの違和感は、華だった。
無差別殺人───それはターゲットの共通的をなくすことで、犯人の特定を難しくするものだ。
彼女は、誰が見ても自分の犯行だとわかるような印を残している。
自分が仕留めたという証か、尻尾をつかめぬ調査員たちへの挑発か、
あるいは───。
「
そのつぶやきを放った刹那、ベルの音が響き渡った。
はっと物思いから覚めたルディは、その音の主を手にとった。
「ようこそ、
『こちらザック。やぁ、探偵』
ルディは顔をふっとゆるませると、「君か」と笑う。
が、すぐに電話越しでもわかる緊張感で、背中がぞくりと粟立った。
「……何があった?」
『被害者の身元を特定した。まずい事になった……』
ただならぬ雰囲気を感じとったルディは、手帳の新たなページを開くとペンの蓋を口で外した。
金色に輝くペン先に、薄青のインクがじわりと滲む。
それを見つめながら、ルディは電話の声に耳を傾けた。
「どういうことだ?誰が殺された…?」
小さく息を吸う音が電話越しに聞こえる。少しの間の後、アイザックは小さく言った。
「ルーヴ・シュヴァルツ。黒狼卿だ」
その名を開き、ルディは息を飲んだ。
国の東西南北の領地を統べる4人の貴族───通称四大貴族。
そのうちの1人、東を統べる主が黒狼卿、ルーヴだった。
『黒狼卿は数日前、領地の視察でこの街に来た。国際組織以外には極秘で』
「ロベリアは一般人では知る由もない情報を知っていた、ということだね?」
『その通りだ』とアイザックは答えた。そして小さくため息をつく。
『今回の黒狼殺しは異常だ。彼は、常に護衛を二人連れていた。が、殺された時、護衛の姿はなかった。今朝、召使たちに聞いたが、誰も彼がいなくなったことに、殺されるまで気が付かなかったそうだ』
彼の言葉に、眉を顰める。自分の領地でもない場所で、誰にも告げず外出するなど、あり得るだろうか。黒狼卿は、慎重な人物だと聞いた。そんな人間が、わざわざ殺されにいくような、そんな違和感。
『これはもう
激しく狼狽するアイザックの声を聞きながら、ルディは電流のような高揚感が、体を駆け巡るのを感じていた。 ひどい違和感と、何か、欠けたピースがはまっていくような感覚と。
それに身を任せるように、ルディは言った。
「ザック、安心しろ。黒狼卿の殺人は、きっと大きな手がかりになる。ロベリアは、もうすぐそこにいるさ」
荒々しいルディの口調に、アイザックの胸に不安が広がる。
その声は、喋り方は、命を賭け金にしていたあの項のようで────。
『ルディ。自分の役目を忘れるな。お前の仕事は確保ではない。動機の調査だ』
「……わかっているよ。私が言いたいのは、ロベリアは手の届くところにいる、という事だ」
その言葉の真意が分からず、アイザックは彼に尋ねようと口を開いた。
その時、突然けたたましい電話の音が鳴り響いた。 調査員の仕事の電話だ。
アイザックは舌打ちし、彼に言った。
『すまないルディ。詳しい話は後だ。……早まるなよ?』
「わかっている。君もくれぐれも気をつけて」
切れた電話からは、小さなノイズが響いている。
その音を聞きながら、ルディはにやりと笑った。
今回の事件は、点と点を繋げる線だ。
今までの被害者、そして黒狼卿。それらは彼の中にあった疑念を取り払うには十分すぎるものを与えた。
乱暴な文字で手帳に書きこみながら、ルディは狂気的な笑みを顔に貼り付けていた。
そして、日が落ちはじめた空を睨みつけるように言った。
「
彼女との隠れんぼは、始まったばかりだ。
*+†+*──*+†+*──*+†+*──*+†+*──*+†+*
血で染まった手のひらを見つめると、少女はそれを夜空にかざした。
黒の中に赤がとけこみ、自分の体も溶けていくように感じる。
黒狼と呼ばれる男は、あまりにもあっけなかった。
どんなに力を持ち着飾った人間でも、小さなナイフ一本に太刀打ちできない。
少女は赤く光る瞳をゆらし、路地に背を向けた。
そして路地の入り口に立つと、壁を思い切り蹴った。その衝撃で、体が壁伝いに上へ上へと上がっていく。何度か壁を蹴り、少女は屋根の上に立った。
目奪われるほど美しい景色の中で、少女はつぶやいた。
「
鬼が来るまでは、まだ時間がありそうだ。
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