最終章

 あの日鍵もかけずにリビングでだらけていた奴の部屋に僕は飛び込んだ。

 隠蔽などするつもりもなかったが、フリーターの男が殺されても見つかるまで時間がかかるだろうと踏んでいたのでその間に彼女の墓参りをして、刑務所に入ろうと考えていた。

 突然現れた僕に奴は大いに慌てていた。僕も人を殺そうだなんて思ったのは初めてだったから心臓を目掛けて必死に持ち込んだナイフを振り回した。

 しかし僕は反撃を喰らい、手帳を落としてしまった。中身をチラリと見ると奴は僕の正体を理解したようだった。

 さらなる反撃が来るかと思ったが、隙をついて奴は家を飛び出した。警察に駆け込まれては襲われた証拠が手元にある奴に、もう復讐の機会が得られないと焦った。

 すぐにアパートを飛び出して後を追う。しかし通りに出た僕が見たのは、黒いセダンの高級車に跳ね飛ばされて、ぐったりと倒れた奴の姿だった。

 すぐに救急車がやってきて、運ばれていくのを物陰に隠れて見ていることしかできなかった。


 その後記憶を失っている事、どういうわけかここの近くのマンションの一室を与えられている事、近く秋祭りがあり、花火が打ち上げられる事を知った。

 今度こそ神様が僕にチャンスを与えてくれたのだと思った。

 それなのに……

「君は雪村さん?それともそれはお付き合いしてた彼女の名前かな?」

 僕を投げ飛ばした男が質問を投げかけてくる。

 雪村……ああ雪村佳菜子。

 僕の人生で一番大事だったもの。

 すっかり遠くに消えてしまったもの……

「反撃する意志がないのなら僕の事務所に連れて行こう。まだやるかい?」

 気力も体力もすっかり消え失せていた。

 下から眺める花火が新鮮だった。

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