第五章

 すっかり疲れていたので、コーヒーを淹れることにした。栗谷はまだ帰っていなかった。

 思いついた作戦はほとんど使い切ってしまっていたので次の策を練りつつコーヒーを飲んでいると、二十時頃になって栗谷が帰ってきた。

 日中何をしていたのか、妙に機嫌が良かった。

「おかえり。何かわかったかい?」

 栗谷はくすくすと笑い、

「いやあまだ何にもさ。とりあえずやれる事をやっていくしかないねえ」

 と言った。相変わらずの能天気ぶりに苛立ちを覚えたが、何の成果もないのは自分も同じだったので何もいうことはできなかった。それ以上に僕の神経を逆撫でしたのは、

「山岡くん。お腹がすいたよ僕は。何か作ってくれないかい」

 という発言の方だった。

 いつも通りと言えばいつも通りなのだが、疲れもあって言い返すことにした。

「これで三日連続じゃないか!今日は君が作ってくれよ!大体君はいつもいつも……」

 とここまで話した時だった。ドン!という大きな音が外で響き、僕らの意識はそれに引きつけられた。

「おや、花火が上がりはじめたね。ああ今日は秋祭りの日だったか」

 そのまま僕を置いてベランダに出る。何となく僕も続いた。

 少し遠くで建物の影に隠れがちだったものの確かに花火が上がっているのが見えた。どんな気分で見ても美しいものは良い。対照的に眼科の街は暗く、人通りもなく静かだった。

 花火を眺めたことで怒りが静まった僕は先に部屋に戻った。何とか冷静に栗谷に食事を作らせようと言葉を選んでいた時だった。

「山岡くん!!出よう!!」

 そう叫ぶと栗谷は一目散に玄関に向かって行った。

「待てよ!どこに行くんだ!」

 栗谷はこちらを向くのももどかしいと言った様子で靴を履き、

「急げ!間に合わなくなるぞ!」

 と叫ぶと乱暴にドアを閉めて走って行った。

 一体何なんだ、と思いながらも普段の飄々とした様子からは想像もできない剣幕にただ事ではないということは感じていた。

 とるものもとりあえず、靴を履いて僕も暗い街に駆け出した。

 花火の方に向かって走るシルエットが少し先に見えた。

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