第四章

 翌る日僕と栗谷は予定通り朝から別行動をとった。栗谷がどこに行くかは知らなかったが僕はそれどころではなかった。

 まずは大学へ足を運ぶ。学生課のある建物をそこにいた学生に尋ね、休学中の学生について話を聞きたいとお願いしてみた。

 後になって考えると当然なのだが、個人情報なので教えられないという回答のみが得られた。

 しばらく粘ったものの、こちらは名前も知らない相手なので仮に今年の春から休学している学生のリストを見たところでどうしようもなかったのかもしれない。あんまりしつこいとこちらが通報されてしまうので渋々諦めて移動することにした。

 傍目には留年を何とか回避したい学生に見えていたかもしれない。そう思うとなんだか浴びせられる視線も冷ややかに感じた。

 実は僕らが辺りをつけていた大学は二つあったので、そちらにも向かった。先に行った大学の方が田舎の方にあったので手記に従ったつもりだったが、こちらも十分に田舎と言える立地だった。

 電車に乗り三駅ほど揺られる。改めてそちらの学生課を訪ねたものの、こちらも取りつく島もなかった。今度はあまり粘ることもしなかった。すっかり気分が萎えてしまっていた。

 時計を見ると昼前になっていたので、学食で食事を取ることにした。フードコートのようにずらりと並んだ机とパイプ椅子はまだ授業の時間帯なのか、殆ど人がいなかった。

 ハンバーグの乗った皿とサラダ、白いご飯を受け取り料金を払う。電車賃をすっかり徒労に使ってしまったので、安く食べられるのはありがたかった。

 肉を口に運びながら、ふと手記を思い出した。彼もこんな風に食事をしたのだろうか。向かいに座った愛する人を失ってどんな気分だっただろう。

 穏やかな外の雰囲気が心の中の冷たさと対照的に感じられた。

 ここで諦めてはいけない。彼女のためにも彼のためにもできることはやり尽くしておきたい。そう強く思った。


 その後一旦事務所に帰り、この辺りの病院に最近交通事故で運び込まれた患者がいないかと電話をかけて回った。何軒かの病院から身元不明で受け入れた患者がいるという回答を得られたので、明日以降はその病院を訪ねて回ることにした。

 住所と病院の名前をリスト化して予定を立てている時、栗谷が帰ってきた。

 時間は十八時になっていた。

「おや帰ってたのか。どうだった?そちらの成果は」

 うっ、と答えにつまる僕をみて、くっくっくと喉の奥で笑う声が聞こえた。

「まあ力技でかかってもそうすぐには成果があるものではないか。何か有効な情報がでたらおしえてくれたまえよ」

 明日こそは必ず何か情報を得て帰ろうと決意した。

「ところで君はどこに行ってたんだ?」

 栗谷はソファに寝転がり面倒くさそうにこちらに返事をする。

「ああ……ちょっと知り合いのところを回ってたのさ……」

 ふわあとあくびを一つして、

「山岡くーん、今日の夕食はなんだい?昨日のあれは美味かったねえ。楽しみにしてるよ」

 いうなりうたた寝を始めてしまった。今日は栗谷の当番のはずではなかったのか、と思ったがこうなると起きないので、書き物机に病院が書かれたメモを置き、今夜も僕が仕方なくキッチンに立った。

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