第三章
それから僕たちは数日間依頼人が通っていたと思われる大学に行ってみたり、その周辺のアパートを巡って彼女の家を探してみたりしたが、さっぱり成果らしいものは得られなかった。
ある日の歩いて事務所に帰る途中、徒労感でいっぱいの僕に対し、栗谷は気にする様子もなく呑気なものでいささか腹が立った。
「おい、栗谷。もう数日間何も得られてないんだぜ俺たち。焦りとかないのか君には」
驚いた顔で僕を見つめる。
「そんなこと言ったって仕方ないだろ。元々情報が少なすぎるんだ。少しずつ気になる事を探してみなけりゃどうしようもない」
栗谷のいうことはもっともだったが、僕はどうにもやきもきとして落ち着かなかった。
「仕方ないって君!責任感ってものがないのか?依頼に応えるためになんでもやるべきだろ僕たちは!」
食ってかかる僕をうるさそうに見て、一つため息をつく。頭をバリバリと掻きながら何か独り言を口の中で呟いたあと、
「よしわかった。明日から二手に別れよう。ちょうどそろそろ手を広げたいと思っていたんだ。君は君でなんでもやってみるといい」
と言った。
任されたと取るべきか、遠ざけられたと取るべきか迷う話だったが、まだまだやれる事があると信じていた僕にはありがたい提案だった。
そこかしこの家から夕飯の香りが漂ってきていて、僕らは今日はどちらが夕食の係になるかを大いに揉めながら帰った。
事務所に帰り着いて一時間後、僕はキッチンに立っていた。面倒だとは思ったが疲れた日に栗谷の料理を食べるのは辛かった。
ごま油を熱したフライパンに垂らし、適当に肉を炒めると脂のはじける匂いが香ばしく漂い始める。調理の気配を察して栗谷がこちらにやってきた。
「うーんいい香りがするねえ。やっぱり得意な人間がやる方がいいんだよこういうのは。流石だねえ」
調子のいい事を言いやがってと言い返したかったが、褒められるのは悪くない気分だったので黙っていた。
野菜を加えて味付けをし、さて出来上がるぞと言った時、電話が鳴った。
栗谷が素早く受話器をとり、何事か短く喋ると電話口を手で塞いで、「あの青年だよ」と小声で話した。
はあだの、ふんだの、やはりそうですかだの、生返事を繰り返している。
おそらく進捗についての問い合わせだろう。僕らには明確な成果がなかったために適当な返事になるのは仕方がなかった。それを悔しくも思った。
明日からはもっと各所に直接話を聞いてみようと決意した。活力にするため、自分の分の肉野菜炒めを少し多く盛り付けた。
コンビニに寄った帰りだった。
一体誰が?何のために?何もわからない自分には大いに恐怖だった。
思わず電話をかける。相手は探偵の栗谷という男だ。
「もしもし、栗谷さん?俺です、雪村です」
電話口の男はのんびりとした調子でどうしたんだと聞いてくる。
「いやその、勘違いかもしれないんですが……」
一度言葉を切る。
「何だか、誰かに尾けられていたような気がして……」
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