Task.12「今夜は、とことん止まらない」

 近くに建っていた、VIP御用達の超一流ホテル。

 予約が半年後までは埋まってると噂の、敷居も高さも桁違いなホテル。

 間違っても、自分みたいな凡人、田舎者には一生、縁遠いどころか縁が無さそうなホテル。



 そんな場所に今、希新きさらの結婚式を終えたあつしは、連行されていた。

 知り合いの伝手により、誰にも迷惑をかけずに、アポ無しでチェックインを難無く済ましてしまった、懐月なつきによって。

 この元バリキャリ、どこまでも怖い物無しである。

 一方のあつしはというと、わけも分からぬまま連れて来られ、スイートルームに案内され、先程から終始、あたふたしている。



「お、おい……。

 なんだってんだよ、守真伊すまいさん」



 この期に及んで察しの悪いあつし

 業を煮やした懐月なつきは、ドミノでも倒すかのように彼の胸を指で突き、そのままベッドに横たわらせる。



「あんたって……本当ホント、こと恋愛に関しては、愚鈍よね。

 まぁ……あたしも同類だけど」



 懐月なつきあつしの体に跨り、ネクタイ、ジャケット、ワイシャツと、彼の服を脱がして行く。

 


 ここに来て、やっとあつしは察した。

 なのだと。



「ちょ、待っ……」

「待てない」



 自身も上着を脱ぎ、Yシャツ一枚になる懐月なつき

 


 次いで懐月なつきは、眼鏡を外す。

 彼女を本気にさせるスイッチである、眼鏡を。



「……守真伊すまいさん」

「だから……違うってんでしょ。

 何度言ったら分かるのよ、あつし



 脱ぎ散らかした衣服の上にスマートグラスを着地させる懐月なつき

 そのまま彼女は、両目を猟奇的、蠱惑的に輝かせる。



「あんたの所為せいよ、あつし

 全部、あんたの所為せい

 あんたは恐れ知らずにも今日、このあたしを、最高にたぎらせた。

 もう、キスだけなんて到底、無理。

 ……あんたが。あつしが、しくて、たまらない。

 じゃないと心が、渇きが埋まらない……」

懐月なつき……」



 手始めに、舌を入れるキスをお見舞いする懐月なつき

 それはまるで、ライターから蝋燭に火を灯すような、煽情的で官能的、それでいてたどたどしい、熱く激しい、長いキスだった。



「ぷはぁっ」



 唇を離し、息継ぎをする二人。

 欲望というプールから出た二人は再び、今度は大海原に旅立とうとする。

 


「なつ、き……」


 

 自分の体にのしかかっていた懐月なつきの体を離し、上下を入れ替えるあつし

 今度は、あつしが馬乗りになった。



「……いつに随分ずいぶん、本能的ね」

「……誰の所為せいだよ」

「……知らない。

 どうでもい」

「だったら直接、叩き、刻み込んでやる」



 なすがまま、されるがままだったあつしが、防戦一方の姿勢を崩し、ここに来て攻めに出る。

 懐月なつきの背中に両手を回し、抱き寄せながらキスをする。

 俗に言う、ハグチューである。



 大人っぽさと子供っぽさがせめぎ合うような愛情表現により、二人はさらに、際限無く焚き付けられる。



 そして、いよいよ……その時が、訪れる。



「……ねぇ」



 蒸気した声で、すでに疲れが見え隠れした顔色で、甘える懐月なつき

 言葉すら不要、邪魔に思えてならず、さっきから、どうしても口数が少なくなってしまう。

 それでも、懐月なつきは告げる。

 飾り立てのい、今の自分の、一番の願望を。



「……あたしを、壊して。

 ……あたしを、決壊させて。

 ……あたしを、解き放って。

 ……あたしを……あつしだけの、物にして……」



懐月なつき……」



 想像したことすらかった。

 夢にさえ見なかった。

 


 あの懐月なつきが。

 自称『完璧』の懐月なつきが。

 ドSを屈服させるのが醍醐味とか言ってた、懐月なつきが。



 みずから、手篭めにされたがるなんて。



あたしは今、あんたがしい。

 どうしようもなく、あんたを必要としてる。

 コンマ一秒でも早く、あつしで満たされたい。

 そのためなら、あたしは……あたしの心さえ、捨てる。

 あたしは、ただ、あんたを心行くまで堪能出来できれば、それだけでい。

 あんたの心を余さず知覚、残しておけるだけの、体と器官さえ備わっていれば、他になにも要らない」



 あつしには最早、単語を発する気力さえかった。

 そもそも、今の心境を言語化など、不可能。冒涜にさえ思えた。



 それほどに、目の前で眠る未来の婚約者は、いじらしく、美しく、魅力的で、愛おしかった。

 


「……あつし

 お願いよ、あつし……。

 他には、なにも望まない、必要無いから、どうか……。

 ……優しくなんて、しないで」



 遠慮。

 後ろめたさ。

 ジレンマ。

 世間体。

 コンプレックス。



 そういったくさびを、あつしたちまち喪失した。



 目の前の美女を手中に収めたという、支配欲。

 自分のすべてをもって満たしたい、味わい尽くしたいという、本能。

 それでいて、最低限の経緯を払えるだけの、青天井の好意。

 一匹のおすと化したあつしを突き動かすのは、ただそれだけだった。

 


 おのが心を解き放った懐月なつきの衣服……自分達の最後の妨げを、決して雑にならない程度に、あつしは開放する。

 同様に懐月なつきも、彼を脱がして行く。



 そして二人は……すべてを、手放した。

 世界は繋がり、二人だけの物となった。

 色と時間を失ったモノクロな空間で、想い人だけが煌々こうこうとした光を迸らせていた。

 


「……あつ、し……」

懐月なつき……」



 互いに生まれたままの姿となり、見惚れるのも忘れて、愛し合う二人。

 なれば、処無く溢れる内側が命じるままに、優しく、甘く、貪り尽くすのみ。

 そう。



 今夜は、とことん止まらない。





「ん……」



 心地良い倦怠感に包まれながら、あつしは目を覚ました。



「……あ、れ……?」

 目を開けた瞬間、そこに懐月なつきは映らなかった。

 先に起きていたらしい。



「っぇ……」

 起き上がると同時に、全身を駆け巡る痛み。

 どうやら相当、無理をさせてしまったらしい。

 あるいは、単にガタが来ているのだろうか。



「……ん?」



 ふと視線を下げると、その先にったのは、先程まで自分を包んでいた衣服(ご丁寧に綺麗に畳まれていた)。

 そして、その横に置いてあるのは……。



「っ!?」



 数時間前の快楽がフラッシュバックしてしまい、あつしは一気に顔を赤らめる。

 ついでに、自分が現在進行形でその状態なのも思い出し、布団ふとんに侵入する。


 

 刹那せつな、先客……前もって潜んでいた懐月なつきと、目が合う。

 かくれんぼ中の悪戯っ子のごとく、彼女は強気に微笑ほほえんだ。



「おわぁっ!?」



 想定外の事態に、あつしは飛び起き、布団ふとんの上半分を捲ってしまう。

 同じく一糸纏わぬ懐月なつきは、彼のオーバーリアクションを受け妖艶、クールに微笑ほほえみ大層、悦に入る。



「……悪趣味過ぎんだろ、あんた……」

「おはよう、あつし

 く眠れたかしら?」

ついでに、く起きれたよ。

 てか、聞けよ。ほんで、いつから見てたんだよ?」

「それは結構」

「だから、聞け……」



 ベッドから降り伸びをしたあと懐月なつきはガウンだけ羽織り、優雅にワインなんぞ嗜みつつ、ソファに腰掛け足湯に浸かる。



 しくもその姿は、出会った当初にあつしが彼女に抱いていたイメージと一部合致しており、不覚にもあつしは笑ってしまっていた。



 加えるならば、ドケチな彼女がホテルを利用するなんて(今日みたいな特例はノーカン)驚天動地でしかない。

 ゆえに、ガウン絡みの一連の流れ、その無駄のさも、数分前にネットで調べて影で猛練習した成果に違いないのも予測し、追い打ちを食らい、ヒィヒィ言ってしまう。



「……なんなのよ?

 さっきから」

「いーや……。

 やっぱ、あんたはあんただな、って……」

 それより、『坊やだからよ』って、ちょっと言ってみてくれ。

 肘置きで頬杖してると、なお好ましい」

「……意図が分からないわ。

『……坊やだからよ』。

 これで満足?」



 不愉快、不可解そうにしていながらも、きちんと礼儀正しく、即座に、忠実に、少し恥ずかしそうに、リクエストに応える懐月なつき

 おかげあつしは、がらの悪い笑い声を高らかに挙げてしまう。



 だよ。

 全然、敷居高くねぇよ。別世界でもなんでもねぇよ。  

 そもそも、なんで赤くなるんだよ。それっぽいこと、普段から言いまくってんだろ。

 単なるポーズとでも言いたいのかよ。



 そんなふうあつしは、昨日まで必要以上に悩んでいた自分に、異論を唱える。



「ところで、あつし

 一つ、確認しておきたいのだけれど」

「お、おう。

 なんだ?」

あたしの生涯の夢、覚えてるかしら?」



 そう言えば、初めて出会った夜に、『レベルビリオン』とかなんとか言ってたよーな……。



 はたと、あつしは悟った。

 彼女が指し示す、その意味に。



「おい……。

 まさか……」

「そうね。

 あたし達が結婚するまでに、あと九億は稼がないとね」

「……」



 途方も無い額と、ことも無げに絶望的な条件を提示する懐月なつきに、あつしは愕然とした。



「というわけで」 

 


 グラスをテーブルに置き、ベッドに戻り、彼の胸に手を当てながら、懐月なつきは宣言する。



あたし、【libve-rallyライヴラリー】を抜けようと思う。

 新しい仕事を、するために。

 元々、あそこに入ったのだって、あんたへの対抗心、恩義に報いるためだったし」



 本気か、なんて言わない。

 俺達を裏切るのかよ、などと泣き付き抱き付いたりもしない。



 あつし懐月なつきも、大人である。

 自分のやりたいこと、より自分のスキルを活かせる場所、もっと楽に楽しく稼げる仕事に就こうとする心理は、なにも間違っておらず、実に理に適っている。

 丁度、フリーターを卒業し、別の業種に就こうとしている一希いつきように。

 何人たりとも、咎められるいわれはいのである。



「っても、今直ぐどうこうってわけじゃないわ。

 元々、今の職場では一年契約って形式だったもの」

「半年後、か?」

「ええ。

 ちょっとわけりでね? どうしても、今期一杯は【libve-rallyライヴラリー】になきゃいけない理由も出来できちゃったし」



 恐らく、理由を明かすもりはいし、それ以上に伏せておきたいのだろう。

 彼女の考えを察知し、あつしは追求しなかった。



「……で?」

 懐月なつきの趣旨を、あつしは的中させる。

「俺に、一緒に来いと?」



 懐月なつきが、悲痛そうな顔を浮かべる。

 それすらも、あつしは読んでいた。



「……こくだと、思ってるわ。

 なん年も続けて、仕事にも職場にも同僚にも並々ならぬ愛着の湧いているだろうあつしに、こんな提案をするなんて。

 でも……それでも、あたしは……あつしと、一緒にたい。

 気持ちも、距離も……もう、離れたくない……」



 この三ヶ月。アニメやドラマの一クール分。

 あつし懐月なつきは、実にスムーズ、スマートに模範的な恋人を演じていた。

 退屈、鬱屈、窮屈なまでに。

 


 その事実があつしに及ぼした悪影響は、計り知れない。筆舌につくし難い。

 ならば何故なぜ懐月なつきはノーダメだと言い張れようか。


 

 彼女とて、自分と同じ人間なのに。

 彼女は、自分と似た者同士の、不器用者なのに。



 配慮の至らなさに、あつしは自責の念に苛まれる。

 懐月なつきは、めずら狼狽ろうばいし、どうにか取り繕うとする。



勿論もちろんみんなには、次の出勤日、明日には、きちんと言うわ。

 それまでの間に人員も確保するし、ガレットも引き続き貸してもらえるように進言するし、他の機材だって誰でも使えるよう、改良、簡略化させる。

 あたし達が抜けた穴は、是が非でも補填する。

 社会人として、従業員として、退職者として、それくらいのケジメは、きちんと付ける。

 だから」



 それ以上言うな、とでも言いたに、懐月なつきの唇をあつしが指で止める。

 あつしは、晴れ渡った笑みを、懐月なつきに見せる。 



「……行くよ、俺。

 あんたと一緒に」



 淀みも未練もい、短いながらも力強い返答。

 あまりにあっさり解決し、懐月なつきは少々、拍子抜けした。

 


「……いの?」

「言い出したのは、あんただろ?」

「そうだけれど……」



 懐月なつきの方ではなく正面に戻し、俯き、布団ふとんを見ながら、ぼんやりと語る。



「……ずっと思ってた。

 俺は、長男坊だから。

 弟達、妹達がどんな仕事に就こうと、どんだけ俺より稼ごうと、その所為せいで俺がどんだけ情けなくても。

 俺だけは、年少組をいつでも助けられる、守れるよう、リーズナブルに、フレキシブルに生きるんだ、って。

 でもさ……」



 天井のシャンデリアを見上げ、あつしは続ける。



「裏目に出て、希新きさらたちに、かえって無理を強いちまった。気ぃ遣わせちまった。

 俺がネックになった所為せいで、希新きさらがお嫁に行くのが遅れちまった。

 本人は、頑として認めないけどな。実際問題、それ以外の何物でもないんだよ。

 あいつが結婚に消極的だったのは、この年で彼女も真面まともに作れねぇ、上げるうだつすら持ち合わせてなかった俺の所為せいだ」

 懐月なつきの左手に自身の右手を重ね、あつしは再び横になる。



「とどのまりさぁ。

 自信がいだけなんだよ、俺。

 がらっぱちだし、容量も要領も悪いし、取り柄なんてほとんぇ。

 そのくせ、プライド、口先、態度だけは一丁前で、何もかも自分が原因なの棚ん挙げて、公私共に順風満帆な家族に、みっともなく、八つ当たり気味に嫉妬なんかしてさ。

 家族のため、とか抜かしてさ。その実、社会に出て、出る杭は打たれる、的な感じになるのが怖かっただけなんだ。

 小心者なんだよ、俺。

 でも、だからこそ……変わりたい。

 いや……ぼちぼち、本気で変わらなきゃいけねんだ」



 恋人繋ぎをしつつ、あつし懐月なつきを、将来を見据える。



「……やるよ。

 一念発起、心機一転した。

 俺は、俺を、あんたを超える。

 あんたと肩並べて、新しい場所で驀進する。   ミスマッチだなんて舐めた口、もう誰にも、取り分け俺にも、絶対ぜったいに言わせねぇ」



 あつしの強気な発言を、懐月なつきは讃えた。

 その目には、交際に発展するまでの、ライバル心、対抗心が灯っていた。



「……まさか、また勝負する羽目になろうとはね」

いじゃねぇか、俺達らしくて。

 久し振りに、燃えて来たぜ」

「あら?

 さっきまでのは、不完全燃焼だったと?」「仕事的な意味でだ。

 余計な茶々入れんな」

「じゃあ、ワインでも入れようかしら」

「うわー、まんねー」



 互いに心から笑う二人。



 そうだ、これだ。

 これが、これこそが、自分達の理想を突き詰めたスタイルだ。

 そう、互いに確信した。



「で?

 転職先の目星は、もう付いてんのか?」

「ええ。

 っても、まだ話を進めてるだけの段階だけれど」

「凄ぇな。

 いつ就活してたんだよ」

あたしじゃないわ。

 散歩してた星実つづみが、持ち前のラッキーだけで、コネを拾って来たのよ」

「んな、ペットみたいな感じで……」

「現にそうなんだもの。

 本人曰く、『イケメン探ししてたら有りつけたー』とのことよ」

「意味不明過ぎるのに納得出来できちまうのが、アレぎるな……」

まったくだわ。

 でも、目処は立ちつつある。

 それに、今度こそ、ようやく、あの子をきちんと働かせてあげられる……。

 今までの鬱憤も込み込みで、馬車馬、ゴーバスターエー○、檀黎斗○並みに、顎で使い倒してあげるわ……。

 腕が鳴るわね……」

「まぁ、そこら辺は一任するとしてだ」



 ただならぬ負のオーラに身の毛がよだち、あつしは話題を変えることにする。



「俺の仕事はなんだ?

 俺は、何をすればい?」

「三つるわ。

 一つは、スカウトね。

 あつしあたし星実つづみは確定、それから神青しんじょうにも声はかける」

「カミュもか!?

 そいつぁいいや」

「あくまでも、仕事とスケジュールが合致してるからよ。

 で、バランスからして、あと四人、六人はスタッフを募ってしいの」

「八人から十人だけ?

 少数精鋭だなぁ」

「選りすぐりなら、問題無いわ。

 次に、二つ目。

 あんたには、主に料理をお願いしたい。

 チェーン拡大するもりだから、誰でも簡単、安定して提供出来できるキャラ料理などを開発してしいのよ」

「それなら、俺にも出来できそうだな」



 思っていた以上に自分向きの仕事に、あつしは奮起する。

 それにしても。



「……ところで、どういう業種なんだ?

 仕事内容がまったく見えねんだが」

「簡単に言うと、カラオケよ」



 ベッド脇に置いていたスマートグラスをかけ操作し、懐月なつきは映像を投射した。

 そんな機能もあったのかと気を取られつつも、目の前に出されたパワーポイントを確認する。



「『オタ×カラ』?」

「オタク向けの、お宝みたいなカラオケで、オタカラよ」

「へぇ……」



 懐月なつきにしては悪くないセンスだなぁと思ったが、あつしは黙っておいた。



「業務内容は、まったく新しい通信カラオケ。

 従来と異なり、アニメや特撮、ネット系音楽に特化した物。

 一般的なカラオケには収録されていない隠れた名曲を網羅するのは勿論、本編映像を用いたPVを多数、用意する予定よ。

 カラオケ以外に、持ち込み要らずで飛行機やサブスク感覚で動画、映画、メイキングなどの限定特典、ゲーム、アフレコ、なりきり遊びも楽しみ放題のプレミアムプランもるわ。

 配信より一足先に歌えることと、ポイントかしら。

 それと、タブレットの代わりに、こっちでもガレットで操作出来できようにする見込みよ。

 当然、アニメや特撮に馴染みの無い顧客様ように、大衆向け仕様にもするわ。

 無論、公式から許可が降りた上で、合法的にね」

「なるほど。

 確かに、上手く行けばバズりそうだなぁ。

 しかし、く話が進められたなぁ」

星実つづみが本気出したら、ざっとこんなもんよ。

 あの子、何もせずとも仕事をする天才だもの。

 それ以外に、あたしの伝手もるし」

「出たよ……」



 口癖染みてきた台詞セリフに、あつしが辟易気味に言った。

 反面、想像を凌駕する進捗具合に、気圧される。



「で、どう?

 乗り気になった?

 ワクワクしない?」

さっきから興奮しっ放しだよ。

 こりゃ魂消たまげた。

 本当ホント……とんでもねぇな、あんた。

 張り合いがぎだぜ」

「良かったわ。

 で、最後に三つ目。これが、最重要なのだけれど」



 あつしの方に頭を乗せ、彼の腕を抱き寄せ胸に当て、愛おしそうに、幸せそうに、目を瞑りながら、懐月なつきは言う。



「……あたしの、充電、拠り所役。

 あたしは、定期的にあつしの成分を摂取しないと、精神的にも肉体的にも、生きて行けない。

 屈辱だけど、骨抜きだわ。

 あたしが疲れた時は、黙って抱き締めてしい。

 あたしが音を上げそうになった時は、叱咤してしい。

 あたしが根性見せた時は、盛大に褒めてしい。

 あたしが甘えたい時は、ダダ甘に、不器用に、照れながら慈しんでしい。

 なにより……ずっとあたしと、末永く、幸せに、寄り添って、連れ添って、心に沿って、生きてしい。

 それが今の、これからのあたしの、一番の、唯一の、変わらぬ願い」

懐月なつき……」

 


 どれだけ。

 ここまで来るのに、どれだけ大変だっただろう。

 


 最初は互いに、特別でもかった。

 ボケて、ツッコんで、喧嘩して、仕事して、家族ぐるみで付き合って、一緒に食事して、同居して、擦れ違って、遠ざかって、遠回りして、寄り道して。

 歪み合って、反発し合って、ぶつかり合って。

 そんな毎日を過ごしていたら、いつしか惹かれ合っていた。

 


 いや……ともすれば、本当ほんとうは最初から、好きではあったのかもしれない。

 


 真実は、分からない。

 辿って来た足跡が最適解、最短だったかも知らない。

 けど、それでも断言出来できる。

 自分達は今、幸せ全開だと。



「……他の仕事はともかく、この大役だけは、重大任務だけは、誰にも譲る気はい。

 でも、これは単なる、あたしの我儘。

 拒否権、選択権はる。

 いやなら、断ってくれて構わない。

 でも、もし……もし、引き受けてくれるなら。

 あたしの元に、永久就職してくれるのなら。

 それ相応のサービスは保証するわ。

 あたしは、あたしすべてを賭けて、共に歩む。

 熱田にえた あつしという、無鉄砲で意地っ張りで、不器用で計算高くて、暑苦しくて穏やかな、最高のパートナーに」



 懐月なつきの頭に自身のを乗せ、あつしは冷静に告げる。



「……誓う。

 俺のすべてを賭けて、あんたと生きる。

 ほんで、安心しろ。俺は図太ぇし、しぶてぇ」

「……そうだったわね」

 思わぬ返しに懐月なつきが吹き出し、あつしも釣られる。 



「交渉、契約成立ね。

 それじゃあ、細かい話は、また追々にしましょう」



 眼鏡を外し、トロンとした表情になる懐月なつき

 次の瞬間、ガクッと、懐月なつきの体が倒れ、条件反射的にあつしが支える。



「お、おいっ!?

 大丈夫か!? 

 なつ」



 刹那せつなあつしは絶句した。

 彼女が、いつぞやカフェ・里楽りらくの時のような、幼さが滲み出た様子ようすだったから。



 そう言えば先程、少量とはいえ、ワインを含んでいたよーな……。



「おい……。

 まさ、か……?」



 その、まさかである。



 ベッドのスプリングが唸りを上げ、あつしは再び組敷かれる。

 と同時に、懐月なつきがリモコンを操作した途端とたん何故なぜあつしは両手両足を鎖に繋がれる。



「な、懐月なつき、さん?」 



「なぁにぃ?

 あつしぃ」



 明らかに呂律の回っていない様子ようすで、あつしに返答する懐月なつき

 


 やはり……そういうことらしい。



なんでもう、へべれけになってんだよっ!

 下戸にもほどんだろっ!」

「だーれーが、カエルよぉ?

 そよ、あたしはカエルの王様でーす。

 あんたにー魔法をかけられて、こんなんなっちゃいましたぁ」



 不必要に体を揺らし、理性と知性の欠片かけら懐月なつき

 かと思えば、ガウンを脱ぎ、あつしにくっつく。

 生の感触を食らい、あつしは既にグロッキー、ダウン寸前である。

 ただでさえ体の節々が痛いのに、これ以上は不味まずい。

 そもそも、もうスキンがかったような……。



あつしぃ……」

「お、おう?」

「……愛してる……」

「……あんさぁ……。

 ……あんた、さぁ……。

 そりゃあぇだろぉ……」



 雰囲気も情緒も余韻もへったくれも、あったもんじゃない。

 本当ほんとうに、いつもいつも振り回されてばかりで、あつしはもう、タジタジである。



「あははっ。

 あつしってば、タジタジだぁ。

 タジタジなダーリン、『タジダリ』だぁ……」

「もう好きにしてくれよぉ……」

「好きになってます。

 でも、好きにしまぁす」

「……ご自由に……」



 こうして開始される、第二ラウンド。

 しかし、先程と打って変わり、今度はあつしが押される番。



 想いを確かめ合っても。

 将来を誓い合っても。

 ボロボロになるまで愛し合っても、やはり。



 今夜は、とことん、終わらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る