Task.11「場違いだらけのプロポーズ」

 鳴り響く鐘の音。

 きらびやかなシャンデリア。

 白を基調とした豪華な装飾。

 パイプオルガンが奏でる神聖なメロディ。

 ステンドグラスから差し込む光。

 


 熱田にえた あつしは今、チャペルにた。

 これから行われる、結婚式のために。



「お」



 中で待っていると、不意に後ろのドアが開く。

 やって来たのは、純白のウェディングドレスを纏う、本日の主賓。

 


「……来てたんだ。

 早いね、兄さん」



 今日ここで式を挙げる希新きさらが、軽く吹き出しつつ、スーツ姿のあつしに近付く。

 さいわい、ミニスカートだったため、動くのに問題はかった。



むしろ、遅過ぎたくらいだ。

 ……悪かったな、希新きさら

 出来できの悪ぃ兄貴の所為せいで、さんざ待たしちまってよぉ」

にいさんは何も悪くない。

 私が、勝手に先延ばしにしてただけだから。

 まぁ……懐月なつきさんと付き合えたのがけになったのは、確かだけどね」

「……やっぱ、俺の所為せいじゃん……」

「そんなことは、いの。

 それより」



 あつしのスーツのポケットに手を忍ばせ、中に入っていた、スピーチ用の原稿を取り出す希新きさら

 そのまま一通り目を通すと、希新きさらは安心した顔色を見せた。



問題無し。

 流石さすがにいさん。やる時はやるね」

「普段はダメダメで悪かったなぁ」

 見るからに不機嫌なあつし

 お色直しが必要なければ今頃、グリグリ攻撃でもしていたことだろう。



「ところで、にいさん。

 にいさん達は、どうなの?

 もう付き合い始めて三ヶ月だし、出会ってからは半年だけど?」

絶対ぜってぇ言われると思った……」

「じゃあいつまでもフラフラしてないで、早く懐月なつきさんとゴールしなよ。

 じゃないと懐月なつきさん、取られちゃうかもよ?

 懐月なつきさんほどの相手なら、引く手数多でしょ?」



 ……もう、たりする。面識有ったりする。

 懐月なつきに物凄くこだわってる人間が、二人も。



 が、それを言ったら突かれるだけなので、あつしは黙っておいた。



なんなら、ここで今日、どさくさに紛れて懐月なつきさんにプロポーズしちゃえばいのに。

 今日のゲスト、うち懐月なつきさん以外は親類ばっかりだから、にいさんの無計画っりなんて知れ渡ってるし、今更どうこういよ?

 司会者だって、優卯ゆうだし 」

「すみません折角せっかくの晴れ舞台を花嫁が率先して台無しにしないでくれませんかね本当ホント

「だったら、もっとしっかりしてよ。

 本当ホントにいさんってダメダメだよね。

 まだまだ、私が見てあげてないとなぁ」



 今日も今日とて、兄の心配ばかりする長女。

 これでは、立つ瀬も切りもい。



 よって、あつしが打開するには。



「……じゃあせめて、二次会まで待ってくれよ。

 流石さすがに、本番をち壊すわけにはいかねぇだろ」



 それが、あつしの出す、最大限の譲歩。

 逃げも隠れもしない、決意表明。



 希新きさらは、腰に手を当て、「しょうがないなぁ」みたいな顔をした。



「バッチリ決めてよ、にいさん」

「まぁ……尽力するわ。

 っても当然、ノー原稿だがな」

「当たり前じゃん。

 作られた、用意された言葉なんて、響かないでしょ?

 大衆の心を打つには、衝動から出た台詞セリフじゃなきゃならないんだよ」

「お前どうしたのキャラおかしくない?」



 なにやら妙な感じで締めつつ、二人は一旦、チャペルをあとにした。





「それでは次に、ご来賓の方々を代表し、熱田にえた家のご長男、熱田にえた あつしさまより、お祝いのスピーチを賜りたいと思います。

 それでは、あつしさま

 てか、堅苦しいから、にいさん。ステージへ」

「……おう」


 

 三男坊に促され、壇上に上がろうとするあつし

 その前に、隣に座っていた懐月なつきが、彼の胸に手を当て、ネクタイを締め直し、ポンポンッと小突く。

 


「……曲がってた。

 しっかりしなさいよ、にいさん」

「……あんがとよ」



 別に、本当ほんとうに曲がっていたわけではない。

 かといって、緩んでいたわけでもない。

 単に、緊張を解すべく、懐月なつきが激励したのである。



「……アツにい可愛かわいい」

「か、環鳴かんなぁ!?」



 まさかの台詞セリフがまさかの人物から飛び出し、堪らず叫ぶあつし

 おかげで場内は、すっかり和やかなムードに包まれた。


 

ったく……」



 気を取り直し、舞台に上がり、原稿を開くあつし

 そのままマイクの高さ、角度を調節し、スピーチを開始。



 しようとしたが、あつしの声より先に、どこからともなくハウリングが鳴り響き、会場を駆け巡る。



 発生源は、新婦……希新きさらのマイクからだった。



「失礼しました。

 一つ、お詫びを申し上げようと思いまして」

「お、おい?」

希新きさら?」



 新郎、あつし、追って一同。

 来場者が次々に困惑する会場。

 そんな中、希新きさらが場を、流れを支配する。



「先程、兄の原稿を先読みさせて頂きました。

 それはそれは、見るに耐えない、お聞き苦しい内容でした。

 正直、三文小説以下。小学生の読書感想文みたいでした。

 そもそも、兄の顔をくご覧ください。

 あの強面の、筋肉のどこに、文才などという高尚、文化的なセンスを感じさせる要素がございましょう。

 兄から覚えられる物が一つでもあるとすれば、それは硝煙の香りくらい、歩く顔面脅迫罪ではありませんか」



 バスガイドさながらの口調で、祝いの席にもかかわらず、めっためたに毒突く希新きさら

 誰もが渇いた笑みを浮かべつつある状況で、希新きさらあつしを見詰める。



さっきも言ったでしょう? にいさん。

 あの文章じゃあ、私の琴線に触れないの。

 そもそも、格式張ったやり方なんて、にいさんには似合わない。

 いつも通り、派手に、荒々しく、フリースタイルで行こうよ。

 私が今、最も望んでいる言葉を、きちんと届けてよ。

 二次会までなんて、待ってられない。

 今、この場で、さっさとサクッと、ぶちかましてみせてよ。

 飛び交う文句なんて、花嫁権限で、私が片っ端からねじ伏せるから」



 どこまでもぐ、頑固な台詞セリフ

 ここまで言われ黙ってられるほど熱田にえた あつしと言う男は、大人でも素直でもクールでもない。



「……随分ずいぶん、好き勝手、罵ってくれんじゃねぇか。

 そこまでけなされちゃあ、俺だってもう我慢なんかしてやんねぇぞ」



 抑えていた野性味を解き放ち、手始めに原稿をビリビリにし、ポケットに入れるあつし。 



 会場に充満していた、膨大な不安感。 

 やがてそれらは、あきらめムードに包まれた。

 それは決して負のオーラではなく、あつしの爆弾発言にどこか期待している色を帯びていた。



 希新きさらの言う通りである。

 皆が、あつしの暴れっりを受け入れ、なんなら心待ちにしているのである。



ず、希新きさら

 お前、俺が長男だってのを忘れぎだ。

 めでたい日にケチ付けやがるってぇ、くだらねぇ真似マネしてぇんじゃねぇんで、大人しくしようとおもったら、この有り様だ。

 本当ホント、ほとほと手を焼くぜ」

にいさんが世話を焼かさなければ、なんの問題もいんだけどなぁ」

「へーへー、悪ぅござんした。

 でもまぁ、これからは俺も気を付けるんで、お前もちったぁ静かにしやがれってんだ。

 いつまでも俺がおんぶにだっこしてちゃ、相手方も不憫極まりねぇだろうが」



 のっけから兄妹喧嘩が展開され、笑い声が聞こえ始める場内。

 続いてあつしは、希新きさらに向けていた視線を、隣の花婿に向ける。



「それから、センポウさん。

 仙道せんどう 邦洋くにひろだからセンポウさんなんて、安直な呼び方して、塩対応みたいな真似マネして、すまんかった。

 如何いかんせん、お節介ながらも大事な妹を預けるってんで意地悪したくなっちまった。

 複雑な兄貴心を、理解してくれ。

 ……ごめん、嘘だ。単に、妹に先越された都合上、あんたに八つ当たりしてた。

 本当ホント、勘弁な。これからは改めるわ」



 義兄が手を合わせ、おちゃらけて手を合わせると、センポウさんは手をブンブン横に振った。

 まさか、ここで明かされるとは思っていなかったらしい。



 その模様もようを見て、あつしことを深く知らない式場スタッフ達は、ひそかに安堵した。

 なんだ。確かに口調は雑だが、礼節を弁えている、気の良い面白い兄ちゃんじゃないか、と。



 それが、単なる前座だとは、露知らず。



「とまぁ、余興は置いといて、だ。

 そろそろ良いよなぁ? 希新きさら

「やっちゃえ、にいさん」

「誰が矢沢永○だ。

 それはさておき、おいっ! そこの、俺の彼女!

 そう! あんただよ、守真伊すまいさんっ!」

「……は?」

「『は?』じゃねぇよ!

 いか!? 今からあんたに、大事なことを言う!

 耳ぃかっぽじって、よぉっく、しかと聴きやがれ!」



 自分に飛び火するとは思っておらず、素っ頓狂な顔を披露する懐月なつき

 が、ぐ様お得意の、お高く止まってそうな顔に作り変える。



「……受けて立つわ。

 で? あたしに、何の用?」



「俺と結婚しろっ!!」



 PREPプリップ法。

 P=要点ポイント、R=理由リーズン、E=実例エギザンプルを伝え、最後に再度、P=要点ポイントをお浚い。

 相手の集中力を維持しつつ、分かりやすく話を伝えられるという方法。

 あつしの所属する【libve-rallyライヴラリー】、他の企業でも広く用いられている、コミュニケーションの基礎足り得るフレームワークである。



 その、慣れ親しんだ文法で、あつし懐月なつきに、出オチ紛いのプロポーズをした。

 了承済み(それどころか促している)とはいえ、ろうことか、実妹の晴れ舞台で、である。



 こんな荒唐無稽、型破りな振る舞い、本来であればタブーでしかない。

 だが、幸か不幸か、熱田にえた家とは、長男や長女からも分かる通り、そういう家系。

 要は、お祭り大好き一族であり。



「はっはっ!

 いぞぉ、あつしぃ!」

「やっぱり、内は、こくでなくっちゃねぇ!」

「おい、嬢ちゃん、なに固まってる!」

「未来の旦那がお待ちだよ!

 さぁ、行った、行ったぁ!」

「ちょ、ちょっと……!?」



 熱田にえた家の親類に背中を押され、同じく壇上に上がらされる懐月なつき

 盛り上げようと囃子立て、指笛などが響き渡るチャペル。

 結婚式会場は最早、さながらライブ会場へと早変わりした。



 ラップバトル、対バンのごとく、向かい合うあつし懐月なつき

 あつしはマイクを戻し、肉声で、穏やかに話し始める。



「白状するよ。

 なんだかんだと揶揄やゆしつつ、俺ぁ今まで、あんたのこと、自分とは違うと思ってた。

 自分なんか及びも付かない、お呼びじゃないくらいに、世界とか次元とか、もう何もかもが、まるで違う人種だって」

「それは……」

「けどよぉ」

 懐月なつきが出そうとした反論を、あつしが打ち消した。



「この前、派手に叩きのめされちまってよ。

 そこで、やっと分かったんだ。

 仕事の出来でき具合とか、立場とか、チートっりとか、格好かっこ良さとか。

 そんなん突き付けられて、おいそれ、おめおめ、易易とあきらめられるほど

 あんたは俺にとって、どうでもくなんかないんだって。

 だから……俺は、決意した。

 男として、彼氏として。一世一代の、覚悟を決めた」



 凛久りくにコテンパンにされ、それからずっと、考えていたこと

 それをあつしは、有り体に、懐月なつきに伝える。



「生きて来た世界が違ってても、生まれて来た世界は同じだろ!?

 それに、これから生きていく世界を同じにすればいい!

 俺達は、こうして、確かに出会えたんだから!」



 ……届け。 



「あんたが育って来た世界!

 あんたが生きて来た世界!

 あんたが住んで来た世界!

 俺がずっと勝手に憎み、拒み、作り続けて来た世界!

 あんたと俺を隔てるすべての世界を、たった今、余さず俺がっ壊した!

 俺の腕で! 俺自身の意思で! 俺の言葉で!

 残ってるのは、あんたと俺が産まれて来た! あんたと俺が出逢い、そしてつながった、この世界だけだ!」


 

 ……伝われ!



「つーか、あれだ!

 ここだけの話、あんたと付き合える、渡り合える、ど突き合える人間なんざ、世界広しといえど、俺位くらいだぞ!?

 意識高ぇのに敷居低ぇ!

 頭良いのに使うの下手ヘタ

 器用なのに不器用で、話も気分も飛び飛び!

 性格と経歴の所為せいでズレてばっかだし、資産家のくせして損してばっか!

 ちゃんと気付きづいてその都度フォロー入る俺がなきゃ、あんた今頃、誤解されてばっかだし、瓦解させてばっかだぞ!?

 URなのは認めるが、宝の持ち腐れしてばっかで、腐ってばっか、舐め腐ってばっかいやがって!

 あんたを俺が、正しく機能させる! あんたの美点も、利点も、弱点も、難点も、盲点も、俺がかならず見付け、役立て、克服させてみせる!

 」



 ……つながれっ!!



「だから、頼む! これから先も、俺と一緒に生きてくれ!

 俺と一緒に、幸せな世界を、家庭を、未来を作ってくれ!

 俺には、もう、あんたしかないっ!

 あんたにもきっと、もう俺しかないっ!

 俺達が、俺達にとって!最高で最強で最良で最大で最善で最要で最適で最純で最上で最推さいおしで最愛な、最初で最後の恋人きぼうなんだよ!

 だから、守真伊すまいさん……懐月なつきっ!!

 俺と……熱田にえた あつしこそと、結婚しろぉっ!!」



 まるで生徒会の立会演説会のように締め括られたスピーチ。

 そんな、どこまでも青く、こっぴどく恥ずかしい、雑さと暑苦しさが全面に押し出された、品性と厳粛の欠片かけらい、内容。



 懐月なつきが、絶えず求め続けていた、『動』の台詞セリフ



 これを受けて、「……はい」の一言で済ませられるほど懐月なつきは静淑ではない。



「んっ……!」



 怪文書のお返しと言わんばかりに、情熱的、それでいて純情な、懐月なつきからのキス。

 交際二ヶ月目にして、ようやく二回目のキス。 



 最初こそ面食らっていたが、あつしも、やがて目を閉じ、懐月なつきに身を任せ、合わせる。

 懐月なつきも負けじと、あつしの頬に手を置き、ロックオン。

 再び、熱い口付けを交わす。



 これにより、場内は大歓声に沸き立つ。

 二人のことを知らない面々も、涙を流したり叫んだりしながら、スタンディングオベーションの嵐を起こす。



「よっ、あつしさん、日本一!」

「噛ましてくれるわねぇ、お二人さん」

「ねぇなんで、僕そこにないの!?

 ねぇ、ねぇ!

 とりま、おめっとさーん!」

「ナっちゃんを独占するとか、この果報者めー!

 精々せいぜい、末永く爆発しろ、コンニャロめー!」

「素敵なスピーチちゃんだったわよぉ、あつしちゃん。

 これからも、懐月なつきちゃんと守真伊すまい家ちゃんを、よろしくねぇ」

「ボクがぶん殴った甲斐かいったね。

 うぉぉぉぉぉ、両手両足の指が止まらないぃぃぃぃぃ」

「今度こそ安泰だね。

 次は、二人で遊びに来てね。最高級に饗すよ」



 気付けば、聞き覚えのる声まで捉えられた。

 見遣ると、希新きさらが構えたスマホの向こうで、懐月なつきあつしの関係者達が勢揃いしていた。

 どうやら、なにから何まで折り込み、計算済み。

 あらかじめコンタクトを取っていた辺り、実に入念な準備が施されいた模様もようである。

 


ったく……花嫁が暇して、どうすんだよ」

あつし……」

「ちょ、ま、懐月なつきっ!?

 少し、休ませっ……!?」

 


 続いて始まる第二ラウンド。

 二人を止める者は、一人としてしていない。

 


 こうして、主賓二人を置いてけぼりにして、あつし懐月なつきは、皆に祝福されたのだった。

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