Task.9「告白」
「
どこに行くの?」
翌朝。
「カラオケだよ。
カミュと約束してるんでな。
昼飯と晩飯は、冷蔵庫に入れてあっから、
「……」
別に今のは、特に挑発的ではなかったと思うのだが、
が、答えは出なかった。
となれば。
「……一緒に行きたいのか?」
クールな印象に似合わず、可愛い願望を抱く
思い返してみれば、本人も
「……そうしたいのは山々だけれど。
口では断りつつも明らかに、その気が
そんな彼女を
「別に待つって。
それが悪いってんなら、俺だけ先に行って、
「そうじゃなくって……持ち歌が
「そんなん気にしねぇって。
今更だろ」
「そうでもなくって……」
「……?」
降参したのか、埒が明かないと判断し開き直ったのか。
やがて彼女は、素直に自白した。
「
ほら……誰かとカラオケ行くのなら、そういうのマスターした上で臨まなきゃ、盛り上げなきゃ、じゃない……?」
「……」
予想外の一言を受け、フリーズする
そんな、合コンで恋人ゲットしたい高校生か、よいしょ精神旺盛の社畜みたいな……。
どうやら、思わぬ場面で、またしても彼女のスイッチを起動してしまったらしい。
「……そういうの、大丈夫だから。
歌いたい曲を、好きなだけ、自由に、
「……そうなの?」
「そーなのっ。
で? どうすんだよ」
「……
ちょっと待ってて
「おう。
別に、ゆっくりでも構わんぞ?」
「そうは行くものですか。
「存外ノリノリだな!?
あんた!」
※
「ずっと、興味が
カラオケで合流し、何曲か歌った
今日は
と、それは置いておいて。
「す、
いきなり、にゃにをっ!?」
動揺し、またしても噛む
そんなリアクションを受け、
「
あんたの声に惹かれてるってだけよ」
「あ……声、ね……」
「はぁ……」
安堵とガッカリが入り混じった
一方の
「まぁ、確かにカミュの声は一級品だわな。
これで、噛み癖と、変な
「あ、アッちゃん!
「別に、歯並びには問題は
つまり、噛み癖は心因的な物ね」
「
冷静な分析、しないでぇ……。
あう〜…」
すっかり落ち込みモードの
どうやら、注文が届いたらしく、スタッフが入室して来る。
「失礼致します。
オーダーをお持ち致しました」
ドアを締め、手際良くテーブルに乗せる女性店員。
この時点で、
「『待て』」
意味も
口調からも分かる通り、今の彼には、それまでの気弱さなど、垣間見る
「『オーダーは、まだ残ってんだろ』」
かと思えば、いきなり彼女の頬に手を添え。
「『ほら、ここに。
最高級の、苺が』なぁっ!?」
女性店員の唇ではなく、床にキスをする
煙が出ている
「あ……あのぉ……」
「
仕事の邪魔して、いきなり変なちょっかい出して、ごめんなさいね。
もう戻って頂いて、結構よ。
それと、申し訳ないけれど、この部屋に送るのは男性が望ましいわ。
じゃないと、そこの変質者に、あなた達のタイプ、理想のシチュが、包み隠さず
「し、失礼しまーす……」
全くドン引きした顔色を見せず、
どうにか彼女が無事に済んだ
「
誰かを喜ばせよう、好かれようとした結果、こんな奇天烈な力を身に着けようなんざ……」
「
視界に入れた
とんでもない才能ね」
「その割には、あんたはまだ見抜かれてねぇのな」
「当然よ。
「
「それはそれで大歓迎よ。
仕事に私情を挟まなくて済むもの」
「私情の前に、俺の脚を挟むなぁ!!
気にしてはいるんじゃねぇかよっ!?」
「にしても」
「まーた再生数が、エッグい伸び方してんなぁ……。
ミリオン達成してんじゃねぇか……」
「当然よ。
人気絵描きの
「これが、無償たぁなぁ……今でも信じられねぇぜ」
「そうでもないわ。
宣伝効果はバッチリだもの。
そこまで狙ったデザインでもないから、アニメに馴染みの薄い女性層にもウケたお
「こっちもこっちで、カミュの声を目当てに、他県からも女性客が殺到中だわ。
あいつが非番の日に訪れた人も満足させられる
「かと思えば、それが無許可で動画サイトに挙げられ収益化されてたので、公式で出して根絶やしにしたわ」
「
「そうね。
お
……あら?」
「どした?」
コメント欄をチェックしていた
そこに書かれていたのは、思いもよらぬ人物の名前。
『クマ娘』が大人気を博している、ソーシャルゲーム会社のボス、
早い話、水面下で進んでいた
「あー……」
にも
「……どした?
「以前、彼の主催する親睦会、要はパーティに招待されて、人となりを知った。
悪い人ではないのだけれど、恐ろしく気紛れで、
だからこそ、次から次へとヒット作を生み出せ続けているのも事実だけれど……。
確かに、お抱えの声優事務所を立ち上げるってのは聞いていたけれど、まさか
「なーる……」
扱い
そう思いはしたものの、胸に秘める
どうにも今回に限っては本来の、悪い意味でも、白羽の矢が立ったらしい。
などと話していると、タイムリーに
そこに記されていたのは
※
一ヶ月後。
非番の
(
こんな事は初めてだったので少し驚いたが、予想の範囲内ではあった。
「……どした?」
フル、フルと
「……折角だけど、一人にしてくれない?
お弁当も、仕事が片付いたら、必ず頂くから。
来て
今は、そっとしといて
「なぁ。俺、ずっと考えてたんだけど。
あんたが、少し前まで、ずっと一人で行動してた理由」
晴れた青空を見上げながら、
「……
今、最高に気分が悪いの。
だから、ごめん。
後生だから、放っといて
「カラオケはともかく、飲み会にも参加しないし。休憩室にも入り浸らない、そもそも入りたがらない。
プライベートで誰かと遊びになんて、行こうともしない。
他人の情報なんて、聞こうともしない。
仕事仲間ってだけの関係を貫き、それ以上には進めようとしない。
辞める人間を送り出す時だって、最低限の、当たり
それでいて、相手の名前や得意分野は正確に把握して、仕事上のコミュニケーションだけは
「一人にして、って……!!」
「やぁっと拝めたなぁ。
泣きっ面」
「~っ!!」
が、それより先に
「あんた……実は、寂しがり屋だろ?
おまけに、大人振っちゃあいるが、その実、子供っぽい。
そして、
だから、スタッフが辞める時に少しでも悲しくならない
意地でも、ビジネスライクのドライなスタンスを通そうとした」
「……違うか?」
押し黙った
「……
「こう見えて、観察眼ぁ鋭くてね。
他のスタッフならお得意の鉄仮面で
「だからこうして、オフに
カラオケに行った時だって、誰かが歌ってる時は自分だけスマホやデンモク
「悲しいだろ?
まぁ、俺個人の意見だから、別に咎めたりぁしねぇけど。
あと、話を逸らすな」
「
用件を言ってくれる?」
「あいつに、きちんとメッセージを送って欲しい」
「それなら
「ああ。
業務連絡みたいに、お決まりなのをな」
「残念ながら、ボキャ
それとも昨日、きちんと別れを告げなかった事を言ってるの?
シフトが合わなかったんだから、仕方無いじゃない」
「そうだな。
あいつが辞める日を知ってから、
「ええ。
あんた、彼と凄く仲が良かったものね。
だから、彼が本命一本に
だから、私が代わりにって」
「その通り。俺も、ラッキーと思ったよ。
同時に、信じてもいたんだ。何だかんだで、仕事上は関係を
まぁ、物の見事に期待を、最悪の形で裏切られたんだが」
「失礼。
まさか、そんな風に思われていただなんて、知らなかったわ」
「あっそ。それはともかく、言わせてくれや」
「あんた……
ずぅっと、な」
「……っ!!
最っ低……!!」
またしても
「そうかい。
いつまでも素直じゃないじゃじゃ馬姫へ、俺から、心ばかりのプレゼントだ」
「は?
何を……」
「ーーあ……あのぉ……」
「っ!?」
声優業に集中すべく昨日、この店を退社した
「あんた……!!
何で……!?」
「ご、ごめん、
引っ越しの準備アッちゃんに手伝って
「……
あんた、まさか……!?」
「
それが何か?」
「~っ!!」
彼の
「『なにか?』、じゃないわよ!
じゃあ、何!? あんたとの茶番を、
「そういうこった。
これでもう、逃げ場は無くなったなぁ」
「このぉっ!!」
「わぁぁぁ! 待って、待って!
暴力反対っ!!」
まだ状況を完全には飲み込めてないにせよ、
強制的に、それでいて
「……はぁ」
観念したのか、
左右の手を伸ばし
「……昔から、苦手なのよ。
こう……別れの時に一人ずつ求められる一言とか、そういうの。
聴いているだけでも
理性や感情では、制御出来ない位に。
そうじゃなくても、自分ですら予期せずに、泣き出してしまう事が有る。
それが、そんな自分が、大嫌いだった。
だから極力、深い仲にはなりたくなかった。
そうじゃなくても、
「え? な、
「……
『CMに出てみれば?』って、あんたに最初に声をかけたの」
「「あ……」」
そう。そう言えば、その通りだった。
「『あんたの声に惹かれる』って言ったのは、嘘じゃない。
現に、あんたの声で宣伝した【
でも、あんたには、それがプレッシャーだった。
加えて、声で
……
「そ……そんな事、無いっ!!」
「確かに、怖いし、大変だし!
ここ辞めるのだって
それでも、チャレンジしてみたいと思った!!
楽しいって、面白いって!!
スカウトされた時、迷わず俺を後押ししてくれたスタッフさん達の思いに、応えたいって!!
皆には、感謝しかしてないよ!!
間違っても、恨んでなんていない!!」
「し……
ちょっと、近い……」
「えっ?
……うわぁぁぁっ!!
ご、ごめんなさぁいっ!!」
パーソナル・スペースに入られ、羞恥を覚えた
「……
「な、
「カミュ。そん
少しは、向こうの意見に耳を貸そうぜ? な?」
「え!? あ、はい!?
「歌番組の司会者か。
こちとら、そんな柄じゃないわよ」
パニクった
「あそこまで正体、
「「……は?」」
何やら流れどころか世界観さえ変わったかの様な爆弾発言に、男性陣が
「
あんたの声、
「瞳の中の暗殺○!?」
「つか、そっちかよ!? Mじゃないのかよ!?」
「分かってないわねぇ。
ドSを理論でフルボッコにして弱らせる事に、
「「知らねぇ(ない)よっ!!」」
胸を押さえ、頭を揺らし、鼻息を荒くさせ、
エスカレーションならぬ、ドSカレーションである。
「まぁでも、実際にそんな事をしたら、ともすれば捕まる。
でもね、
あんたが声優として大成して、ドラマCDの仕事が入れば、
合・法・的に! ドS声のあんたを
服破って目隠しして
「最低だぁぁぁぁぁっ!!」
「多過ぎるぅぅぅぅぅっ!!」
都会にて数々の企業で入社と同時に優秀な業績を残し続けていた、元バリキャリ。
そして
その実態は、想像を遥かに越えて残念な物だった。
「というのは
ほぼほぼガチじゃねぇか!! と心でだけ叫び、どうにか
そんな心境は、興奮していた
「
極めて心外だけど、
ごめんなさい」
「え……?
い、いえ! 俺の方こそ突然、こんな形で辞める事になって、ごめんなさい!」
「あんたは悪くない。
きちんと掴んで、活かして
「今まで、ありがとう。
あんたに初めて発破をかけたらしいファンとして、これからも陰ながら、応援してるわ」
「は、はいっ!!
こちらこそ、ありがとうございましたぁっ!!」
釣られそうになりながら、鼻を
「楽しみに待ってるわ。
あんたの声に
そして、何より……PCゲーム【サ丼です】を」
「どんっだけ、心待ちにしてんだよぉっ!!
てか、サラっと
「『ふっ。この俺様を屈服させるだと?
「お前も、その気になってんじゃねぇ!
こんな場面で、才能の片鱗、無駄遣いしてんじゃねぇよっ!!」
こうして、これまでの人生の中で群を抜いて、良くも悪くも印象的なエールを受け、
※
「……よぉ」
しかし、彼に腕を捕まれ、歩を止められた。
「
でも、俺……どうしてもあんたに、カミュを送り出して欲しかったんだ!」
「はいはい。
世話を焼かせて、どうも悪かったわー」
……
「お詫びと言っちゃ
今日は、あんたの大好物、沢山、作ったからよ!
なっ!? それで、勘弁してくれ! 頼む!」
「へーそー。
それは、楽しみねー」
「
実は、アイスも買って来てたんだ!
あんたの好きな、雪見だいふく「
自身の唇で口封じに出た。
「むぅっ……!?」
次に
しかし、
「ぷはぁっ……!!
いきなり、何すんだ!?
そもそも、あんたと俺は、そんな特別な間柄じゃあ」
自由の身となった
「
……【
「あぁ!?
聞こえねぇよ!!」
「
「はぁっ!?
誰が馬鹿だぁ!?
つか、何でいきなり呼び捨て」
一秒。
二秒。
三秒。
そして四秒目。
やっと
「あんた……。
……マジか?」
「……返事、しなさいよ。自称、気遣い屋。
テンパってるからって、ラグるんじゃないわよ。
「いや……だって別に、付き合おうとか言ってな」
「返事ぃっ!!
しろってんでしょ、この女泣かせ!!」
「俺が行く前からボロボロだったろうが、あんたぁっ!!
だぁ、
髪を少しグシャグシャにし、覚悟を決めた
雑に、不器用に、けれど優しく、手を
「とっとと、帰っぞ。
ーー【
イエスと受け取った
「……呼び捨てまでは、許可してない。
罰金。慰謝料」
「誰が払うか!
そもそも、あんたがウジウジなり暴走なりするからだろうが!」
「仮にも年上に対して
開発されたいのかしら!?」
「言ってねぇし、思ってねぇよ!
てか、いつ誕生日迎えた!? 教えろよ、祝わせろよ!
そういうのは、きちんと!
そもそも【
「『っぽい』……?
今、『っぽい』って言った!?
言ったわよね!? この顔面脅迫罪!!
だったら、やってやろうじゃないのよ!
360°から見ても恋人らしい事ぉっ!!」
「や、
俺は、そういうの、慣れてねんだよぉぉぉぉぉっ!!」
と、こんな形で、交際を始めた二人。
いつも通り
※
『あー、もしもし、
やっぱ、君をスカウトするの、無しの方向でよろー、ごめんちゃーい。
時代はアイドルアニメよ!
て
「「「……」」」
翌日。三人で引っ越しの準備を進めていた所、
こうして三人で必死に掛け合った結果、
※
「……
「
気紛れだとは思っていたけど、ここまでだなんてね……」
「
「大ヒット作と同じ分だけ、大爆死作を粗製、蘇生濫造してるのも
家主は「せめてジュースくらい奢らせてぇ!?」と騒ぎながら外出したので、今は二人だけである。
「……
この
「割とでも
あんた」
「でも、まぁ……損ばかりでもないし、結果オーライかしらね」
「はぁ?」
次の瞬間。
肩には、頭。
腕には、胸。
二箇所に、
「な、
「……今はカップル営業時間中。
気ぃ利かせて、呼び捨て
バーカ、バーカ。
「い、いきなり、こういう
てか、その、あれだ……得ってのは、
……そういう
期待しても。信じても。
「……聞くな。察しろ。
「あんた……流すとか、
怪我の功名ではあったものの。
こうして二人は、恋人同士として
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