Task.7「守真伊 懐月は馴染まない」

「はぁ……」



 懐月なつきと、普段通りに話せるようになったあつし

 そんな彼は今、別の件で、休憩室にて頭を悩ませていた。



 一つ。理由は不明だが最近、店で妙なトラブルが多過ぎること

 返金やイタ電など、多岐に渡ったイレギュラーが同時、連日に押し寄せ、その対応に追われた結果、ベテランのあつしも、流石に疲労困憊となっていた。

 中でも取り分け手痛いのは、過不足。恐らく授受ミス、つまりお金の渡しぎや貰い忘れなどだと思われるのだが、にしたってダメージ、頻度共に目立ち過ぎである。



 そして、二つ目に。



「アッちゃん、お疲っ……れー。

 あれ? 懐月なつきさん、またないの?」

「ああ……」



 自分同様に休憩に来た同僚、神青しんじょう こうが、お得意の噛み癖を披露しつつ、室内を見て、不安そうな顔をする。

 


「これで何度目……いや。なん日目?」

「知らん。

 もう数えるのさえ億劫だ」

「そっかぁ……。

 どうしてだろ……。

 お……れ、懐月なつきさんに嫌われて……るのかなぁ……」

「他の誰であっても、同じなのが現状だ。

 お前が気にするこっちゃねぇよ」



 そう口では言いつつも、本心では依然として気掛かりなあつし

 


 懐月なつきが【libve-rallyライヴラリー】で働き始めて、早一ヶ月。

 仕事上では滞りく振る舞ってくれる懐月なつきだったが、何故なぜか休憩中は、決まって行方を眩ましていたのだ。

 


 きちんと時間は守ってくれているので、業務に支障をきたしているわけではない。

 だが、こんな習慣が付けられては、『壁を作られていると取るな』という方が、無理な相談である。

 だからといって、プライベートと言えなくもない休憩時間について無闇矢鱈に詮索するのも、かえって悪化させそうで、躊躇ためらわれる。


 

 これでは、ネガティブなこうでなくとも、引きずってしかるべきである。

 速攻で自分達より上に行かれた都合上、立場上、同性スタッフ達も、手を焼いている始末。

 ましてや、出会ったばかりの頃に、それっぽい状態になっていたことあつしであれば、尚更。



 上手うまくいかねぇなぁ……。

 無力感に打ちひしがれ、無意識に溜息ためいきを零してしまう。

 そんな彼の心境を察してか、ここでは一番の仲良しであるこうが、ポンポンッと彼の背中を叩く。



「元気出して、アッちゃん。

 こういう時は、ほ……ら。えと……。

 ……どうしょっか?」

「……いや、あきらめんの早過ぎか。

 てか、励まそうとしてる本人に、聞く?」

「だって、思い付かないんだもん……」



 ショボン……とするこう

 そんな頼りない姿を見て、考えあぐねているのが馬鹿バカらしくなり、一周回って元気になるあつし

 今度は反対に、あつしこうの背中を、力強く叩く。 



「しゃあねぇな。

 景気付けに明日、カラオケ行くか。

 カミュ。お前も明日、オフだったろ?」

「う、うん!

 行く!」

「決まりだ。

 んじゃあ明日、後ろめたさもく、思いっ切り騒ぐためにも、今日は気張ろうぜ」

「りょ……うかい!」

「てか、あれだ。

 お前、本当ホントに平気か?

 予定とかじゃなく、体調とか……さ」

「大丈夫!

 最近は、セーブ出来できようになったか、ら!」

 


 いつも通りカミカミながらも、うれしそうに答えるこう

 空元気ではあるものの、どうにか今日、あと五時間は越えられそうなことに、あつしはホッとしつつ、こうに感謝する。

 


 願わくば、このまま、平穏無事に過ごせます様に……。





 などと切り替えてみたものの。

 どうやら、自分は甘かったらしい。



「また過不足か……」

「すみません……」



 バックヤードにて新入り、ひとえ 一希いつきからレジ点検の結果を聞き、ショックを隠せないあつし。 

 しかし、何度やっても、別のスタッフに頼んでも、帳尻が合わないらしく。

 何故なぜか、一万円の不足が出てしまっている。

 


「すみません……。

 私が、ミスったかもしれません……」



 その言葉を受け、あつしはハッとする。

 自分が今すべきは、落ち込むことじゃない。落ち込んでるスタッフを、フォローすることだと、みずからを叱咤する。



「……別に、あんただけが悪いんじゃないし、あんたが原因だとも限らない。

 同じ職場で働いている以上、連帯責任。誰かの失敗は、店全体、全スタッフの問題だ。

 細心の注意を払おうとも、誰にでもミスは起こりる。

 それでも良心の呵責かしゃくを覚えるってんなら、間髪入れずにトチらないよう、改めて、みんなで気を引き締めようぜ?

 な?」



 あつしが穏やかに告げると、一希いつきは、「……はい」と、ぎこちないながらも、やや迷いが晴れた笑顔を見せた。

 


い返事だ。

 ただ、本当ほんとうに大丈夫か?

 もしキツいようなら、ここなり休憩室なりでリラックスしててもいし、早上がりでも一向に構わんぞ?

 別に、戦力外通告とかじゃなく、あくまでもコンディションを考慮して言ってるんだが」

「……平気です!

 仕事ですし、大人なので!

 それに……あつしさんに、恩返しがしたいので!」

「そ、そうか……。

 別に、大したことはしてないんだが……」

「とんでもない!

 あつしさんはいつだって、私達皆みんなを助けてくれる、正義の味方ですから!」

「いや……だから、俺は……」



 あつしの悩みの種、その三。

 純朴な現役女子大生を見ると、勘違いしてしまいそうになること

 無論、社会人である以上、そんなことはご法度はっとなのだが。



「お楽しみ中の所、悪いのだけれど」

「おわっ!?」

「きゃっ」



 いつからたのか、ドア付近の壁に凭れかかり、懐月なつきが立っていた。

 彼女は、いつも通りクールな佇まいで、右の親指をレジの方に向けた。



ったみたいよ。

 お金」

「は?」

「……本当ホントですか!?

 でも、どうして……?」

「そこは、あたしも知らないわ。

 それより、先に仕事に戻るわね。

 二人も、そうして頂戴ちょうだい



 それだけ告げると、懐月なつきはさっさと、パソコンルームへと帰って行った。

 大人の余裕に満ちたさまに、女子大生の子は「格好かっこい……」と、すっかり釘付けにされていた。

 まるで、熱田にえたの姉妹のように。



「悪い。

 ちょっと、確認してくるわ」

「は、はいっ!

 じゃあ、私も!」

いって。

 ひとえさんは普通に、商品を出しててくれ」

「は、はい……あつしさんが、そう言うなら……」

「……」



 マジでめてしい。

 そういう、思わせりなのは。



 などと一希いつきに願いつつ、レジへと向かうあつし

 画面を見ると、確かに金額が合っていた。



「一体、どういうことだ……?」

「分かんないわ。

 懐月なつきちゃんがチェックした途端とたんぐに合ったんだもの」

守真伊すまいさんが?」



 点検担当だった主婦の一言を受け、あつしはどうにも嫌な予感を覚える。

 


「……どんなふうに見付けたとか、どこにったとかは?」

「いいえ。

 なにも教えてくれなかったわ。

 そもそも、『時間が勿体無いから、他の業務に当たっててしい』って言われて、外に出てたもの」

「……その間、カウンターには?」

懐月なつきちゃんしかなかったわ」

「そうか……」



 おいおい……勘弁してくれよ……。

 と、あつしは思った。

 そんなわけい。

 そんなことが許されて、まかり通ってい道理はい。

 


 けど、それしか……そうとしか、考えられない。



懐月なつきちゃん?

 どうかしたの?」



 業を煮やしそうになっていたあつしの後ろから、両替用のケースを携えた懐月なつきか出て来た。

 懐月なつきは、仏頂面のまま、髪を掻き分けた。



「ちょっと野暮用よ。

 一時間位くらいで終わるわ。

 その間、店をお願い」

「え、ええ……」



 やはり要件は言わずに、性懲りも店を出て行く懐月なつき



 その後ろ姿を見送ったあとあつしは行動を開始。

 そして。



「……」

 思った通り。

 探していた物……真実を裏付ける、証拠が眠っていた。

 それを見た途端とたん、隣に居た女性スタッフも、仰天する。



あつしちゃん……!

 まさか、それ……!」

「……ああ。

 どうやら、どうにも、そうらしい……」



 確信を得たあつしは、それをしまい。

 そして、覚悟を決める。



「……すんません。

 しばらく、任せてもいっスか?」

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