Task.5「恋人候補を突き止めろ」

なんった?」



 翌朝の食卓にて。

 オフにもかかわらず渋面を作っているあつしに、星実つづみがストレートに聞いた。

 あつしは、分かりやすく拗ねつつ、意図的に目を合わせずに返す。



「……別に」

「別にってこといでしょー。

 なんかもう、怖さマシマシ、傷カタメって顔してるよー?

 ほらほら、頼もしさ満点のお姉さんに、洗い浚い話してごらんよー。

 あるいは、ひょっとしたら、ともすれば、万が一にも、解決するかもだよー?」

「誰が。

 てか、面白がってるだけだろ?」

「ご明答めーとー

 それはさておい、ー加減、白状はくじょーしなよー。

 んー? どしたー、若人わこーどよ。

 もひかして、恋の悩みかなー?

 いやー、若いねー、青いねー、微笑ましいねー」

「人をおちょくるのも大概にせぇよ……」



 割とマジで手が出そうになった、その時。

 すでに朝食、着替えを済ませた懐月なつきが、ダイニングを横切り。



「「……あ……」」

 たちまち、気不味きまずい沈黙に包まれた。



「おっ。

 ナッちゃん、お出掛けー?

 もしや、デートかなー?

 青春だねー♪」

 そんな空気を物ともせず、囃し立てる星実つづみ

 その空気の読めなさに、二人は内心、感謝した。



「え、ええ、まぁ……。

 そんな所、かしら……」

「ぐふふー。否定しないんだねー。

 行ってらー。土産話、楽しみにしてるかんねー♪

うっさい」

 挨拶の代わりに毒舌を放ち、懐月なつきはその場を去った。

 自分には一言もかったことに、あつしは割とショックを受ける。



「……もしかして……修羅場?」

 ここに来てようやく、真顔で核心を突く星実つづみ

 ムシャクシャしたあつしが勢いくムシャムシャしたのを見て、星実つづみは一人で得心した。



「あー……。

 当たらずとも、遠からずかー……」





 あるいは、気が晴れるかもしれない。名案が浮かぶかもしれない。 

 そう思い、当てなく散歩を始めるあつし

 


 凛久りく

 昨晩、仕事帰りに突如として現れ、懐月なつきの元カレを自称した、謎の人物。

 その正体を、懐月なつきとの関係を、あつしはどうしても突き止めたかった。

 


 しかし、その理由が分からない。

 ゆえ懐月なつきに質問したり、凛久りくの連絡先を聞くのは、躊躇ためらわれる。

 今の、この、なにもはっきりしていない状態で、自分に気がるなどと思い込まれ、誤解されるのは、なんとも面白くない。

 かといって、このまま現状打破出来できずに維持し続けるというのも、納得がいかない。

 付け足せば、凛久りくとやらが都会から追い掛けて来たらしい以上、星実つづみたちに確認するのも難しいだろう。

 

 

 こうなったら、凛久りく本人とコンタクトを取る他に選択肢がい。

 が、そのための手段が思い付かない。 

 一体、自分はどうすればいのか。

 どうしたら、懐月なつきを介さず、彼女に気取られず、凛久りくとやらに接触出来できるのか。

 


「あ。

 た、た。

 おーい。そこのおにいさーん」


 

 などと考えに耽っていたら、なんと渦中の凛久りくが、向こうから近付いて来てくれた。

 この都合のさに、あつしは失笑した。

 


「よ、よぉ……奇遇だなぁ」

本当ホントだね。

 まさか、こんな所で出会うなんて。

 ところで、懐月なつき、見てない? 家の住所を教えてもらったから、サプライズ訪問する予定だったんだけど、長い無駄話の末に、お姉さんに『ない』って言われちゃってさ。

 逆サプライズー、みたいな?」

「あー……あの人、脱線してばっかだからなぁ……。

 生憎あいにくだが、俺も知らん。

 どっかに出掛けてるらしい」



 差し詰め、希新きさら環鳴かんな辺りと、約束でもしていたのだろう。

 そう推測したあつしだったが、素直に教えるのも微妙だったので、黙っておいた。



「まぁ、そこら辺、適当にブラついてたら、思いがけず会えたりするんじゃね?

 悪かったな。時間取らせた上に、てんで参考、当てにならなんで」

「そっかぁ。

 ううん。こっちこそ、ごめん」

 やや消沈した顔を見せ、かと思えば、今度は意地悪な笑みを見せる凛久りく



「じゃあ、おにいさん。

 折角せっかくだしボクと、ちょっとお茶しない?」

「は?」

 


 予想だにしない、願ってもない展開に、へちゃむくれになるあつし

 対する凛久りくは、彼に近寄り、詰め寄る。



駄目ダメ

 それとも、お兄さんも、何か用事あった?」

「……別に、ぇけど……」

「じゃあ、決まりだね。

 ねぇ。早速だけど、この辺りでくつろげるカフェとかぁい?

 なんか、喉乾いちゃった」

「あ、ああ……それなら」



 口が滑りかけ、前に懐月なつきに案内されたカフェ・里楽りらくを教えようとする。

 が、懐月なつきと喧嘩中みたいな関係であるのと、その懐月なつきに関して自分よりも詳しそうな凛久りくを相手にしている手前、二重の意味で微妙な気分になり、踏み留まる。

 かと言って、守真伊すまい家や我が家に案内するのも不自然。

 よって。



「……妹がマスターしてるとこでも、いか?」



 その提案に凛久りくは、羨ましさと嫉妬を同時に覚えさせる笑顔で答えた。



「大歓迎。

 案内してくれる? お兄さん」





「へー。

 いい感じのお店だね」

「気に入ってくれたんなら良かったよ」

「うん。凄く居心地いごこちい。

 常連さんになっちゃおっかなぁ」

「是非とも、そうしてくれ」

「ありがと。

 ところで、その妹さんは?」

「あー……今日は、留守らしいな」

「残念。

 一目、見てみたかったんだけどなぁ」

なんでだよ。

 まぁ、また来てくれや」

「うん。そうする」



 こんな調子で話しつつ、窓際の席に座る二人。

 互いに注文を済ませたタイミングで、凛久りくが切り出す。



「そういえば、自己紹介がまだだったよね。

 ボクは、つむら 凛久りく

 懐月なつきとは、少し前まで、仕事仲間だったんだ」

 思っていたよりもスムーズに情報を開示され、わずかに面食らうも、あつしも倣う。



熱田にえた あつし

 守真伊すまいさんの同僚で、専属の料理人でもある」

料理出来できるの?

 すごいね。ボクは、そっち方面からっきしでさぁ。素直に尊敬するよ。

 あつし、でいかな?

 あつしもボクのこと、呼び捨てにしてくれる?」

「あ、ああ……。

 じゃあ、凛久りくって呼ぶわ……」

「ありがと。

 改めて、これからよろしくね、あつし

「こちらこそ……」



 落ち着いていて、親しみやすく、素直で、根っからの誉め上手じょうず



 なるほど。

 あつしは合点が行った。

 これは、懐月なつきが重宝したがるタイプ。そばに置いて、気を良くしてもらいたがるだろう逸材だ、と。



「昨日は、ごめんね?

 いきなり、無粋で不躾なことしちゃって。

 今は、猛省してる」

「い、いや……。

 俺の方こそ、悪かった……」

なんで、あつしが謝るの?

 面白いんだけど。

 あれから、懐月なつきとは、どう?」



 昨夜。

 凛久りくに対し、「疲れてるから、日を改めて」とだけ告げ、それっきりの懐月なつき

 そのまま帰宅し、食事し、互いの部屋の前で別れるまで終始無言だったためあつしは返答に困る。

 そんな彼の胸中を察したらしく、凛久りくが申し訳なさそうな顔色を見せた。



「……ごめん。

 不味まずっちゃったかな?」

「……別に……」



 取り繕おうとするあつし

 が、こうなった以上、仕方しかたいと悟り、切り込む。



「なぁ、凛久りく

 あんたは一体、守真伊すまいさんと、どういう関係だったんだ?

 どうも、ただの仕事仲間ってだけ、てんじゃあなさそうだが」



 あつしの行動が不測だったらしい。

 凛久りくは、少し目を大きくした後、吹き出した。



「へー。

 気になる?」

 意地悪な笑みを見せ、迫る凛久りく

 それでも憎めない辺り、やり手というか、持て余すというか……。

 


「……悪ぃかよ」

 対するあつしは、飾り立てない本音を晒す。

 凛久りくは益々、気を良くしたらしく、タイムリーに届いた紅茶のグラスをマデラーでかき混ぜ、悪戯な笑みを浮かべる。



あつしって、思ったより可愛かわいいね。

 その健気さに、素直さに免じて、白状するよ。

 懐月なつきとボクは、こういう関係さ」



 凛久りくは、先程まで肩にかけていた、今はソファに置いていた鞄から本を取り出し、あつしに渡した。

 あつしは、それをテーブルに乗せ、わけも分からぬまま、えずページを開く。



「なっ……!?」

 結果、悶絶した。



 眼鏡姿が様になるクールな社会人。

 気高く勇猛に剣を構える騎士。

 本を片手に呪文を唱える魔道士。

 晒しを巻き拳で戦うヤンキー。

 助けた市民をお姫様抱っこするヒーロー。

 胸の空いたスーツで誘惑する校医。

 派手な服装を纏い偉そうに座する王子様。

 ギターを壊し観客を沸かせるロックンローラー。

 オーディエンスに向けウインクしているアイドル。

 恋人と絶賛イチャイチ中、キス寸前のイケメン。



 設定こそ違えども、いずれも懐月なつきと瓜二つ。

 早い話、彼女の二次創作である。

 しかも、TSしてる所、まれ凛久りくが登場している所から察するに、夢女子寄りの。

 つまり、元カレというのは、創作上での話であり、単なる杞憂、勇み足に過ぎなかったのだ。



「どう?

 これ以上の説明、る?」

「……い。

 腹ぁ一杯だ……」

「まだ食事もしてないのに?

 本当ホントに面白いよね、あつしって」

「ちょせぇ……」



 連日、精神的な披露が絶えないあつし

 改めて考えてみれば、『凛久りく』という名前は、女性としても違和感いわかんい類だった。

 自分は、まんまと騙され、嵌められたわけだ。



 ショックが半端ではないあつし

 だが、これだけは確認せねばと、みずからを奮い立たせる。



「つまり……あんたは……?」

「性別、生物学的には、女だよ。

 っても、こっちのがイメージ膨らむし、懐月なつきも満更じゃなさそうで、いいリアクションと台詞セリフくれるから、スーツが普段着になったけど」

「外出用ですらねぇのか……」

 要は、家でも着用してる、ということらしい。

 通りで、対抗心さえ芽生えない、生まれる前に根絶やしにされるレベルで、バシッとビシッとピシッとさまになっているわけだ……と、あつしは納得した。



「もう聞いてるだろうけど、懐月なつきはどうも、環境に恵まれなくってさ。

 本人もお高く止まりがちなんで、『仕事女王タスクイーン』なんて呼ばれてさ。

 そんなふうに、知らず知らず周囲にバリアを張っていた懐月なつきに、ボクからアタックしたんだ。

『ボクのナイトに、ヒロインになってくれ』、ってね」

「……ストレートだなぁ」

「目の前に、理想通りの相手がたんだ。

 体現せしめんとするのは、必然でしょ?

 で、そんなわけで話してみたら、拍子抜けするくらいに打ち解けてさ。

 手前味噌だけど、向こうじゃ一番いちばん、唯一の仲良しだったと、ボクは自負してる。

 でも、今までで断トツに変な仕事を懐月なつきがしようとしていたので、流石に必死に止めたら、着拒されちゃって」

「よくもまぁ、その状態で、ここまで辿り着けたなぁ」

懐月なつき、ヒトカラが趣味だから。

 こっちでも、本名でランク入りしてたんだ。

 で、それを見た瞬間、彼女の故郷を思い出して、我が身一つで追い掛けたってわけ

 まぁ、荷物は引越し先に送ってもらったけど」

「ストーカーかよ……。

 守真伊すまいさんといい、あんたといい、都会者ってのは、そんなんばっかなのか……」

「ボク達が極端なだけじゃない?」

「そうであることを切に願うわ……」

「それより、あつし

 パスタを行儀良く食べ進めながら、凛久りくは語る。



「君には、もっと頑張ってもらいたいんだ。

 昨日はいまいちだったけど今、君を深堀りしたら、新しいシーンが、次から次へと、なく溢れ出して来た。

 君は、いじられ役、ヒロイン属性としてのポテンシャルが高いんだよ」

「これっぽっちも嬉しくない情報、あんがとよ」

ついでに言うと、ツンデレもりだよ」

本当ホントに見事に余計なことしか言わねぇなぁ、あんたは!」

「君が持ち味を把握してないからだよ。

 ところでボク、しばらくこっちにことにしたから。

 新しい住処も決まったし、イラストレーターなんて、ペンタブさえれば食べて行けるし」

「あんただけだよ!

 一つの武器だけで、そこまで戦って生きて行けるの!」



 本当ほんとうに……どいつもこいつも。

 都会組ってぇのぁ、こんなんばっかなのか……?

 そう思いつつ、背凭れに体を預けるあつし



「兄さん。大丈夫?

 これでも呑んで、落ち着いて?」

「あ、ああ……。

 あんがとよ、希新きさら……」



 兄を心配し、希新きさらがサービスの紅茶を差し入れしてくれた。

 言われるがまま、一服するあつし

 次の瞬間、クールに尋ねる。



「……なんるの?

 お前」

「だって、私のお店だし」

さっきまで、なかっただろ?」

「買い出しに行ってただけだよ」

「……環鳴かんなは?」

「今日は、オフ組と出掛けてるけど……。

 それより、兄さんこそ、何してるの?

 にいさんがのんびりしてるから、懐月なつきさん、デートしてたじゃない。

 折角せっかく、やっと出会えた、にいさんを嫁がせてくれそうな相手を、みすみす逃すなんて……。

 懐月なつきさんも懐月なつきさんで、いつになく、デレデレ甘えてるしさぁ」



 おかしい。これはおかしい。

 いや、男である自分が『嫁がせられる』側なのもそうだが、そこだけじゃなく。

 さっきから何かが……なにもかもが、食い違っている。



 あつしは、ひどく胸騒ぎがした。

 だって、有り得ないのだ。

 懐月なつきが。あの懐月なつきが、守真伊すまい家でも熱田にえた家でもない誰かと、オフになど。

社会人にとっての休日が、どれほどありがたく、掛け替えのい物なのか。そんなこと懐月なつきなら、自分以上に身にしみているはずなのに。



「……あー、ごめん、妹さん。

 その話、詳しく聞かせてくれない?」

「え?

 あのぉ……どちらさまですか?」

懐月なつきのナイトです」

「……よく分からないけど、い人そうですね。

 さっき、ここの近所のスーパーで、食材調達してたら、見かけて……。

 なんか、いつになく幸せそうってか、雰囲気が柔らかかったから、かえって入りづらくって……。

 声すらかけずに、そのまま帰って来ちゃいました」

「近くのスーパーだね。

 分かった。ありがと」



 再確認するやいなや、財布から諭吉を出し、そのままテーブルに置き、凛久りくは支度を整える。

 その手際の良さに、熱田にえた兄妹は、そろって絶句する。



「あ、あの……お客様さま?」

「気にしないで。情報料だから。

 それより、あつし。一緒に来て。

 ボク、そのスーパーの場所、分からないから。

 あつしだって、気になるし、このままじゃ困るでしょ?」

「あ、ああ……。

 分かった……」



 流されるままに、同じく帰り支度を整えるあつし

 そしてそのまま、希新きさらに会釈し、店を出て駆け出した。



 こうして、凛久りくをお供に、懐月なつきの恋人(?)騒動は、まさかの第2ラウンドへと突入するのだった。





 スーパーに到着し、二手に分かれ、懐月なつきらしき人影を捜索するあつし凛久りく

 しかし、時既すでに遅しか、なんの収穫も得られず終いだった。



あつし

 そっちは、どうだった?」

「あんたよろしくだ」

「だよね……。

 参ったなぁ……このままじゃあ……」

「あぁ……」

「このままじゃあ、ボクの預かり知らない所で、懐月なつきの一次イチャが生まれてしまう」

「おい」

「しかも、懐月なつきが自分から迫ってたっぽい。

 なんてことだ……ボクの時でさえ、こっちに気を使って、合わせていただけだというのに。

 折角せっかく、至高の二次イチャを生み出せる、絶好の機会だっていうのに。

 攻め、ヒーローとしての役割までは、あつしには微塵も期待出来できないというのに」

えず黙れ、あんた」



 こんな時でさえ創作の話が出来できる辺り、余裕というか、上級者というか……。

 


 だが実際問題、これでは詰みである。

 しかし、懐月なつきが会いそうな人物など、他には……。



「……あ……」



 た。

 守真伊すまい家や熱田にえた家、職場以外で、懐月なつきが関係を持ってそうな人物が。



あつし?」



 心当たりを思い出したのを察知したらしく、凛久りくあつしを凝視する。

 あつしは今一度、彼女に問う。



凛久りく

 これは、賭けだ。恐らく俺達に残された最後の希望、大博打だ。

 だが……」

「乗るよ、あつし

 当てがるんなら、行かない手はい。

 確かめよう」

「ああ!

 付いて来い、凛久りく!」

「ははっ。

 いねぇ。

 頼もしく、楽しくなって来たぁ。

 名付けるなら、『ネッシンシ』だね。あつしは。

 あぁ……あぁ……。クリエイティブが、止まらないよぉ……」

「別に待ったはかけねぇが、出来できたら俺にも見せろよ?

 あと、Z指定はめろよ?」

「TSまではオーケーなんだ。

 あと、安心して。

 二人とも中身はお子ちゃまだから、自ずとコンシューマー版に限定される」

本当ンットに失礼極まりないなぁ、あんた!

 やっぱ、TSも無しだ!」

「ツレないなぁ。

 期待してたくせに」



 こんな調子で喧嘩しつつ、二人は一路、最後の心当たり……懐月なつきの知り合いが経営している、カフェ・里楽りらくを目指すのだった。

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