Task.4「不器用(ぶきっちょ)へのスマイル講座」

「じゃあ、懐月なつきさん。

 もう一度、行きますよ?

 せー、のぉ……」

「に……にぃー……」



 間違いく面倒は避けられない実家を除外し、昨日に引き続き足を運んだ熱田にえた家にて。

 現在、懐月なつきは、スマイルならお手の物な希新きさらから、マンツーマンで指導を受けていた。

 が……意気込みに結果が伴っていなかった。



「少し、休憩しましょうか」

「まだ初めて数分しか経ってないわよね……?」

にいさんとも、仕事の話をしていたんですよね?

 それに、帰って来たばかりで、心労も絶えないでしょうし」

 こんな時ですら、愛想笑いではなく、心からの笑顔を咲かせる希新きさら

 そんな彼女に、同性として、大人として、接客業の先輩として、懐月なつきは羨望の眼差しを向けた。



「あら?」

 ふと、懐月なつきひざの上に、同じく家に環鳴かんなが座る。

 環鳴かんなは、懐月なつきの顔を見上げた後、そのまま兎のぬいぐるみで遊び出した。

 どうやら、環鳴かんななりに励まそうとしているらしい。



 そんな愛らしい、いじらしい姿に、懐月なつきの鉄仮面が崩壊した。

 が、数秒後。意図せず零れた笑顔は、自己嫌悪の念に支配され、そのまま懐月なつき環鳴かんなを抱き締め、嘆息した。



「普通に笑うこと出来できるのにねぇ……。

 どうして、こうも苦戦を強いられるのかしら……」

仕方しかたいですよ。

 誰にだって、不得意はる物です。

 気落ちはしても、あきらめずに、頑張りましょう?

 懐月なつきさんだって、にいさんと同じ職場で働きたいんですよね?」

「別に、それだけが理由じゃないわ」

「理由の一つではあるんですね……」

「まぁ……あいつとなら、自然体では居られるし、ね……」



 脈有りと取れなくもない様子ようすに、希新きさらは年甲斐もくワクワクした。

 やはり大半の女性は、いくつになっても恋愛事ごとに関心がるのだと、我が身をもって思い知らされた。



 いや……それだけではない。

 今まで、女っ気などついぞ見せなかった兄。

 有事には、いつでも家族を助けに行けるように。その一点張りで、急なシフト変更のし易さを理由に、未だにフリーターを続けている兄。

 本当ほんとうならもっと稼げし遊びたいはずなのに、家事を誰よりも担っているばっかりに、休日もほとんど家にる兄。

 職場にも異性はるものの、相手が主婦か大学生の二択なので、浮いた話の一つもかった兄。

 


 そんな兄が、唯一、やっと、それらしい相手が出来できた。

 この千載一遇のチャンスを逃すなど、どうして出来できようか。

 ただでさえ自分は、今まで兄に甘え、無理を強いる一方で、あまつさえ近々、お嫁に行くのだから。

 是が非でも、この人に、兄を幸せにしてもらわねば。



懐月なつきさん。

 楽しいことを、イメージしてみましょう。

 そうすれば、今みたいに、自然と笑顔になれると思います」

「なるほど……理に適ってるわね。

 具体的には?」

「そうですねぇ。

 好きな物で溢れかえってる所を想像するとか?

 口には出さなくても大丈夫なので、やってみてくれませんか?

 言葉にはしなくていので」

「……妙にこだわるわね」

「細かいことは置いといて。

 えず、やってみてください」



 だって、懐月なつきさん今、環鳴こどもを抱き締めてるんだもん……。

 絶対ぜったい、お金絡みの、ろくでもい想像しかしてないんだもん……。



 なんて本音はおくびにも出さずに、催促する希新きさら

 相手が女性だからか、環鳴かんなの前だからか、懐月なつきは変な意地を貼らずに、最初から従う。



「……出来できたわ」

 恐らく、札束風呂にでも浸かっているのだろう。

 懐月なつきが、やにわに柔らかな表情をした。



「じゃあ、次に。

 それとはまったく異なる種類の、二番目に好きな物を、沢山たくさん並べてみてください」

「……ええ」

 きっと、諭吉や一葉、英世を侍らせてでもいるのだろう。

 懐月なつきが、さらに綻んだ。

 



「いい感じです。

 では次に、三番目に好きな、同じく物を、ズラーッと、ありったけ揃えてみてください」

「……」

 パァァァァ……と、花が咲くエフェクトを付け始める懐月なつき



 ようやく馴染み始めた頃、その笑顔に暗雲が立ち込める。

 かと思えば無我夢中で、懐月なつきさらに強く、けれど驚かせたり痛くならない程度に、環鳴かんなをハグした。

 どうやら、夢の世界で環鳴かんなに、大人の汚い、忌憚無い部分を見せ付けてしまったらしい。 



 早い話……今現在、懐月なつきが好きな物第三位の座を、我が家の六女が見事に射止めた様子ようすである。

 それが起因してスマイルが維持出来できなくなったのを鑑みると、うれしいのやら悲しいのやら、希新きさらの胸中は複雑だった。

 思うに、第四位か五位は『クルトン』なのも合わせて。



環鳴かんな……。

 おろかなあたしを、どうか許して頂戴ちょうだい……」

「お姉、ちゃん……。

 泣かない、で……」

「……ええ……。

 環鳴かんなが、そう言うなら……」

 状況が飲み込めていないなりに、必死に懐月なつきを慰めようと、頭を撫でる環鳴かんな

 それにより、懐月なつき本当ほんとうに泣き止む。

 


 そんなエモいワンシーンを見ながら、希新きさらは思った。

 ひょっとしたら、懐月なつきを一番上手くリード出来できるのは、環鳴かんななのかもしれない……と。



環鳴かんな可愛かわいぎるあまり、これ以上は進めなくなってしまったわ……」

「同意します。

 主に、環鳴かんな可愛かわいことに。

 にしても、これからどうしましょうか……」

「そうねぇ……」



 手詰まりとなり、新しい、それでいて最適なアイデアを捻り出さんと欲する二人。

 そんな二人に影響され、わけも分からず、同じく目を閉じる環鳴かんな

 


「……なにやってんだ?

 お前等



 シュールにしか映らない状況に、調理をしていたあつしが、お菓子を持って現れた。

 恥ずかしがったり、笑ったり、見るからに拗ねたり。三者三様のリアクションを見せつつ、三人はおやつを食卓に並べるのを手伝う。

 


 にしても、と懐月なつきは思う。

 料理だけに飽き足らず、スイーツまで作れるとは。この男、悔しいが、中々に出来できる。  ギャップこそすごいが、本来なら駄コラ感の強いエプロン姿まで様になっている。

 やはり人間、誰しも得意分野はるものだなぁと、懐月なつき希新きさらの言葉を思い返す。



「……あ……」



 そして、思い至った。

 その手が、有ったのだと。





「というわけで、本日より 裏方として着任致しました、守真伊すまい 懐月なつきです。

 よろしくお願い致します」



 翌日の開店前。

 いつもより少し早く出社した面々は、相変わらず堅い、けれど不愉快ではない懐月なつきの挨拶に、拍手で応える。



「で?

 裏方ってなんだよ」


 

 そんな中、謎の役職について、さきあつしがメスを入れる。

 懐月なつきは、理路整然と説明を開始する。



「簡単に言うと、バックヤード、パソでの仕事がメインね」

「業務内容は?」

「出品絡みの諸々。

 ホビーやゲームハード、レトロゲームの加工。

 電話、クレームご意見、事件などの対応。

 商品検索。

 精算業務。

 クレジットの入力。

 棚卸しなどの差異の追求。

 備品発注。

 在庫チェック。

 動作確認。

 迷子、無くし物、落とし物の捜索。

 機械関連。

 エトセトラね」

「多いな!?

 それを一手に担おうってか!?」

「別に、全部を一日、一度にやろうってんじゃないわ。

 必要、優先度によって動くだけよ。

 で、メインの担当分野は」



「ちょい、ちょい」と、懐月なつきあつしを手招きする。

 支持に従うと、今度は上を指差された。

 その方向にったのは、棚の上に置かれたぬいぐるみだった。



「ばっかがみるー♪」

 かと思いきや、いきなり懐月なつきの、妙に楽しそうな罵倒が、そこから飛んで来た。

 一体、自分はいつ、ラタトスクの最高幹部に登り詰めでもしたのだろうか。



「とまぁ、こんな感じに偽装、セットした監視カメラを、パソルーのモニターで常にチェックし、必要とあらば注意するわ。

 設置場所は、アダルトやZ指定などの18禁エリア。

 ショーケース、メディア化作品の特設コーナーなどの狙われやすい箇所。

 それから耽美、少女漫画など、主に女性が集まり、変質者が出没しやすい場所。

 他にも、色んな形で、店全体を隈無く見渡せるようにしてあるわ。

 無論むろん、色もデザインも日替わりだけれど」

「俺をネタにする必要、少しでもったか!?」

「百聞は一見にかず、ってね。

 次に行きましょう」



 あつしの意見を無視し、懐月なつきは段ボールから何かを取り出し、一同に配る。

 それは、腕に装着するデバイスだった。



「腕時計型スマホよ。

 前に一緒に仕事した会社に、試作品をいくつか送ってもらったの。

 丁度良いから、みんなに、それを使ってもらおうと思って。

 ほら。ここ、基本的にスマホは持ち運びNGでしょ?

 それだと、家族からの緊急の要件、商品検索、ほうれんそうなどなど、どうしても不便になるケースが生じる。

 でも、これさえれば、それが一気に解決するってわけ

 勿論もちろん、スマホ会社とは契約してないけど、Wi-Fi環境さえ整っていれば、ここ以外でも普通に使えるわ。勿論もちろん、電波の要らないアプリもね。

 ワイヤレスのイヤモニももらったから、そっちと合わせて使って頂戴ちょうだいみんなが困ってたり、商品検索を頼まれた時は、あたしが即座に指示を出すわ。

 カラーは、事前に熱田にえたから聞いたみんなの好みに合わせた物にしてるわ。

 それ付けてるだけで宣伝になるから、来客や求人も見込めるわね」

「……」



 この時、懐月なつき以外のスタッフの心が、一つとなった。

 あんた、何者なんだよ、と。



なんてーか……すごいね、この人」

「……だな。

 で、守真伊すまいさん。こいつの名前は?」

 同年代とおぼしき男性と話しつつ早速、腕に装着し、尋ねるあつし

 対する、懐月なつきからの返答は。



いわ。

 それについても、みんなに考えてしいって。

 あたし的には、『トケータイ』か、『カリスマ』辺りがいと思うのだけれど……」

「以後、こいつを『ガレット』と総称したい。

『理解した』って英語と、『ブレスレット』を足した造語だ。

 賛成する者は、挙手を」



 懐月なつきの壊滅的なネーミングを無視し、あつしが決を取る。

 言うまでもく、『ガレット』が採用された。 



熱田にえたちゃん、センスいわねぇ」

「ええ。

 文句無しよ」

「……うす。あざっす」



 奥様方に褒められ、反応に困りながら、あつしは思った。

 元ネタがウルトラマ○だなんて、言えないよなぁ……と。



「ガレットは他にも、金庫室やロッカー、レジを使うための認証キーにもなるわ。

 なるべく、常備するようにして頂戴ちょうだい

 ただ、忘れたら忘れたで、金庫室に予備はるけれど」

随分ずいぶんハイテクねぇ」

「防犯上、その方が望ましいの。

 このご時世、どこでなにがいつ誰によって引き起こされるのか、分かったもんじゃないから」

「そうね。

 ありがとう、懐月なつきちゃん」



 主婦勢の一人に礼を言われ、やや縮こまる懐月なつき

 


 その姿を見て、あつしはホッとした。

 働きやすくするためとはいえ、表には出ない新人に、あれこれと勝手に足され、変えられたら、反対意見も出ると踏んでいた。

 が、どうやらうちの職場は、自分が思っていた以上に、アットホームという言葉を体現してるらしい。

 そしてみんなは、自分が考えている以上に、すで懐月なつきに気を許し、受け入れているらしい。



「とまぁ、こんな形でみんな、そして店に貢献したいのだけれど。

 如何いかがかしら?」



 一通り売り込みを終え、最終確認する懐月なつき

 その姿は、昨日までの彼女……スマイルという、初歩中の初歩で躓いていた元バリキャリとは思えないほどに、自信と達成感に満ち満ちていた。



「……すでに店長とは、話付けてんだろ?」

「そうね。

 でも、一緒に働く以上は、少しでもみんなと、円滑にコミュニケーションを図りたいの。

 だから、教えてしい。あたしに対する、みんなの印象を。

 あたしことが不愉快なら、正直に打ち明けて頂戴ちょうだい

 的外れ、理念に反してなくて、あたしが納得したなら、素直に受け入れ、可及的かきゅうてき速やかに改善に努めるわ。

 だから……」



 それまでの、やや上からな姿勢を崩し頭を下げ、懐月なつきは許しを乞う。



「だから……どうか、お願いします。

 みんなと……皆さんと一緒に、ここで働かせてください。

 まだ笑顔一つ満足に出来できない。

 偉そうなくせに、ポンコツ寄り。

 感情表現が不得手な、あたしを。

 機械を介してでしか、メカ頼りでしか、みんな真面まともにバックアップ出来できない、こんなあたしを。

 どうか……ここに、置いてください」



 真摯に、必死に、訴える懐月なつき

 そんな彼女に、さきに近寄り、迷わずに手を差し伸べたのは、他でもない。



「……こちらこそ、よろしく頼む。

 守真伊すまいさん」

「……熱田にえた……」

 懐月なつきが顔を上げた先には、昨日よりも自然な、心からの笑顔を浮かべた、あつしが立っていた。



「知っての通りうちゃ、機械に強ぇ人材がしばらく不在でなぁ。

 おまけに最近、ファン層拡大のためにホビーにも手ぇ出し始めたばっかりに、通常業務が疎かになりつつあって、しこたま困ってたんだ。

 あんたが加わってくれさえすりゃ、二つの悩みの種が同時に、最高の形で狩り取れる。

 うちとしては、願ってもない提案だよ。

 なぁ、店長」

「その通り!

 良く言った、アッくん! 正しく、ぼくの出そうとしていたコメント通りだよ!」

「だったら報酬として、後で色付けといてくれや。

 とまぁ、冗談はさておきだ、守真伊すまいさん。

 笑顔なんて、その内、自然と出来できようになっさ。 

 改めて。これからよろしくな?」

「……ええ」



 ガシッと、懐月なつきあつしの右手を、強く握る。

 そして、あつしに負けないくらいの、花丸の笑顔を見せた。

 そんな二人に向けて、他のスタッフ一同も、懐月なつきに再度、拍手を送る。

 こうして、懐月なつきは晴れて、【libve-rallyライヴラリー】の仲間入りを果たした。



「あ。ちなみに俺、あんたの指導係だから」

「……は?」

「これから、あんたのフォローだったり、笑顔の特訓だったりは、俺の担当だから」

「はぁ!?

 なんで、あんたの弟子になんてならなきゃいけないのよっ!

 言っとくけどあたし、完璧だから! あんたの助けも施しも要らないからっ!」

だとぉ!?

 3アイも出来できないやつなに、抜かしてんだっ!」

なによ、3アイって!?

 教えなさいよ!」

「ほら見ろ早速、俺に質問してんじゃねぇか!

 『挨拶』『アイコンタクト』『愛想笑い』のこったよ!」

「そんなの、マニュアルに書いてなかったわ!」

「マニュアルに書いてないことだってるんだよぉ、バーカ!」

「だったら、そっちの落ち度じゃない!

 人の所為せいにするんじゃないわよ、バーカ!

 大体、愛想笑いって本来、あんまりい意味じゃないじゃないのよ!」

「それすら出来できねぇ奴がほざくな!」

うっさい、馬鹿バカ熱田にえた

 今に見てなさい! あんたなんか、明日にでも追い越してやるわ!!」

「きちんと調べてから物言えってんだ!

 裏方ならまだしも、接客業務において、付け焼き刃で俺に勝てるわけぇだろが!

 そもそも、あんたまだ、Nノーマル止まり! SSRの俺を、そう簡単に倒せると思うな!」

「はぁ!?

 あたしが、Nノーマルですってぇ!?」

「いーや、Nノーマル以下だ!

 世間知らずの女子高生ですら、もっと普通に笑えるってーの!

 悔しければ、とっとと上達しろってんだ!」

「あんた数分前、『出来できようになる』とか言ってたわよねぇ!?」

「おーっと、いっけね。

 誰かさんの悪いくせが移っちまったぜ」

「こんのぉ……!!

 生熱田いけにえたぁ!!」

「誰から聞いた!?

 おぉっ!? 誰から聞いた、その蔑称!!

 店長か!?」

なんさきに疑われるのぉ!?」

「「日頃の行い!!」」

「二人して!?」



 こうして、なんとも賑やかになった店内。

 二人の意気投合、息の合いっりに、やがて周囲から笑い声が溢れ出すのだった。





「ふーん。

 そんなことったんだー」

「そうなんだよ。

 で、お前、なんるの?」

散々さんざん、一部始終説明してから、聞く?」



 開店して十分後。

 カウンターの前にて、棚直しをしつつ、あつしはあらましを、懐月なつきを心配して来店していた希新きさらに話していた。



 ここまではい。

 なんら、不自然じゃない。

 問題なのは、ここからである。



「で、素朴な疑問なんだが、希新きさら

なに

 にいさん」

なん守真伊すまいさん、笑顔が板に付いてんの?」

環鳴三位を飛ばしたら自然と出来できようになったんだって」

「ごめん、なんの話?」

「あ。

 なんか店長さんに、裏に呼ばれたね」

「大型、Nノーマルに昇格だろーよ。

 ただ一つのネックだった笑顔が、ものの数分で解決したんだからな。

 そりゃそーだ。

 これで、ブロンズの星がもらえたわけだ」

にいさんも、おちおち安心してられないね」

馬鹿バカ言うな。

 まだ、クレームご意見対応も、うるさ型案件も、言いがかりの沈静化も済んでねぇだろ」





 二十分後。



「ねぇ、にいさん」

「……だよ。

 あと、付いて来んなよ」

「今、懐月なつきさん、うるさ型の騒音クレーマーさん、一瞬で黙らせたよね?」

「……ああ」

「しかも、対応の速さと丁寧さ、褒められたよね?」

「……そだね」

なんなら、趣味が合って、打ち解けてたよね?」

「あの人、博識だなー。アンテナ広いなー。

 まさか、昭和時代のコンテンツにまで明るいとはなー」

「しまいには、さっきとはまるで違う、喜びに打ちひしがれる大声を出しながら、涙ながらに、文字通りシェイクハンドしてたよね?」

「カウンターにぶつからないか、ヒヤヒヤしたな」

「そんなわけで、まさかの二階級特進を果たし、Rシルバー通り越してSRゴールドになり、早くもついに一つ下まで迫られたわけですが、師匠。

 今のお気持ちをお聞かせください」

「俺、あの人に、ほとんど何も教えてねぇ。

 3アイしか……」

「以上、現場からのリアルな感想でしたー」





 三十分後。



「ねぇ、にいさん」

「コメントは差し控えます」

懐月なつきさん今、いちゃもん付けてる人、相手取ってたよね?

なんで国民的アイドルのCDがこんなに安いんだー』って」

「い、いやー、仕事が忙しいなー。

 他の場所なんて、見てる暇無いなー」

「で、間髪入れずに切り返してたよね?

『枕と不倫と隠し子とDV、陰湿ないじめに詐欺、未成年時代での飲酒と喫煙と数々の犯罪行為、見た目と声と性別の詐称など、メンバー全員のスキャンダルが昨日、一遍に露呈し、関連グッズがたちまち値崩れした、元国民的アイドルだから』って」

いくなんでも、罪深過ぎるし、多過ぎだよなー。

 実際には、ただのい年した、むさ苦しいアラフォー、アラフィフ軍団だった、ってんだもんなー。 

 役満だよなー。

 ゴクドル○かってーの」

「しかも怪文書みたいな台詞セリフで時間稼ぎしつつ、カウンターの下で、腕に付けてる機械でひそかに通報して、捕まえてもらったよね?」

「よっ!

 守真伊すまいさん、日本一!」

「……い加減、素直に認めなよ。

 一日も経たずに、ろくに師匠風吹かせられないまま、弟子に先を行かれたって。

 プラチナ自分を通り越して、レインボー《副店長》の座に登り詰めたって」

「……」



 どうしよう……。そう、あつしは思った。

 もしかして自分は、とんでもない人間を、弟子に持ってしまったのかもしれない……と。



 そして、あつし……いや。この店のスタッフ、さらには希新きさらの予想通り。

 初出勤日、たったの一時間で、まさかまさかの五階級特進、完凸に成功した懐月なつきは、見事にスタッフからも顧客からも絶対ぜったいの信頼、畏怖を勝ち取り。

 自ずと裏店長、裏番長、裏ボス、ラスボス、守護神、RTAガチ勢などと呼ばれるように至るのだった。



「で、師匠。

 弟子が華々しくデビューした、ご感想は?」

「誠に申し訳ありませんでしたぁ!!」

「分かればよろしい。

 金輪際こんりんざい、偉そうにしないでもらうわ。

 きちんと。対等に。扱って頂戴ちょうだい


 

 そしてあつしは、同僚全員の面前で、公開処刑に等しい羞恥プレイ的な謝罪をさせられるのだった。





「ねぇ、熱田にえた

 そろそろ、機嫌直しなさいよ」

「……っせぇよ」

仕方しかたいじゃない。

 純然たる結果よ。大人おとなしく受け入れなさい」

「フォローするもり皆無かよ、あんたぁ!

 ドヤ顔、めろぉ!」

「ごめんなさい。

 ちょっと、無理みたい。

 夕ご飯のグレードを維持しようとしたんだけれど、残念ね」

「り・ゆ・うっ!!

 俺は!? 俺のことは!?」



 閉店後。

 トホホ感マックスで徒歩中の熱田にえた喧嘩けんかを繰り広げる懐月なつき



 そのままヒートアップする……と思いきや。

 二人の前に、なにやら妙にきらびやかなオーラを放つ、スーツ姿のイケメンが現れた。

 


「……見付けた……」



 次の瞬間、謎の人物は突如、懐月なつきに抱き付いた。



「おい、あんたっ!」



 少しラグって、引き離そうとするあつし

 そんな彼を、懐月なつきが冷静に制し、仏頂面を崩す。



「……驚いたわ。

 まさか、ここまで追って来るなんて。

 相変わらずね……凛久りく

「当然だよ。

 懐月なつきためなら、どこにでも飛んで行くさ」

本当ホント……相変わらずね」



 どうやら知り合いだったらしい。

 もっとも……ただの知り合い、でもないらしいが。



「す、守真伊すまいさん?」



 予想だにしない急展開に、焦るあつし

 懐月なつきが説明しようとするも、その前に凛久りくとやらが動く。



懐月なつきの今カレさん、ですか?

 悪いけど、あなたを認めるわけにはいきません。

 懐月なつきの、として」



「……は?」



 一難去って、また一難。

 明日も明日とて、あつしの日常は騒がしいのであった。

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