Task.2「家族とは何か」

 仕事を終え、店の外に出たあつし

 伸びをしていると、新しくメッセージ・アプリに登録された相手からの入電。

 ……さては、タイミング見計らってやがったなと、思わず吹き出し、帰路に就きながら通話する。



「おう。お疲れさん。

 目的地には着いたかい?」

「お疲れ様。

 ええ。お陰様で、辿り着いたわ。

 ところで、その件に関して気になることがあるから、簡潔かつ正直にお答えなさい」

「いきなりだなぁ。

 ほんで? どういったご意見で?」

ず、一つ目。

 食事とサービスが、タダの割には完璧だったこと

「喫茶店員の希新きさらは料理全般イケるし、パティシエの生弥しょうやはデザート得意だし、コンシェルジュの優卯ゆうは気遣い屋の性格イケメンで、給食作ってる皐苗さなえは米を炊くのが上手いんだよ」 

「二つ目。

 お風呂でまで手厚くもてなされたこと

実菜みな葉那はなに気に入られたな。

 年頃だからなぁ。あんたみたいな出来る女に憧れてるんだろうぜ。

 大方おおかた環鳴かんなにも懐かれたろ? 甘えん坊でなぁ。いつも、兎の縫いぐるみ抱っこしてるんだ」

「三つ目。

 子供だからって手加減した、割と自信あるゲームで、返り討ちにあったこと

文音あやと長瑠たけるに鍛えられてるからなぁ。霜磨そうま走師そうしは。

 全員を相手してくれたみたいで、ありがとな」

「身内自慢は結構」



 一通り聞き終えたタイミングで、懐月なつき溜息ためいきこぼした。

 どうやら、大家族である熱田にえた家の歓迎振りに、疲労が隠せないらしい。



「で?

 どういうことなのかしら?

 なんあたしは、気付けばあんたの実家に招かれてたわけ?」

「そりゃあ、あんたが色々と迂闊だからだろ?」

「戯れないで。あたしはいつだって、なにをするにしたって、完璧よ。

 そうじゃなくって。どうして行き先を伏せていたの?」

「一つ目。

 ただでさえ借りを作らない主義な上に、異性の間柄でもあるがゆえに、絶対ぜったいに拗れると思ったから」

「当たり前でしょ。

 初めから知ってたら、確実に来なかったわ。

 で、二つ目は?」

可及的かきゅうてきすみやかに、あんたが惹かれる、手を打つ、それでいてあんたの安全が確約出来できる場所に案内したかった」

「その心は?」

「一日に三回、たった三十分ぽっちの休憩が惜しかったから。

 スマホ弄ったり飯食べてるんならともかく、悩んだり立ち話してるのは、時間が勿体無い」

「……今、初めて、心の底から、あんたに同意した」

「そいつぁ結構なことで」



 フフッと、向こうから小さな笑い声が届いた。

 どうやら、未だに示しつつあった難色も、やっと消えたらしい。



「安心しろ。誓って、手なんざ出しゃぁしねぇ。

 不安、不満だってんなら、指一本触れねぇし、それでも足りねんなら、手錠までなら我慢する。

 俺ぁただ、あんたを一晩、守りてぇだけだからな」

「そこまで求めないし、それはそれでどうなのよ」

「嫁入り前に預かってんだ。

 それくらい、然るべきだろ?」

「あんたって、本当ホント……変な奴ね」

「褒め言葉として受け取っとくわ。

 それより、そろそろ休んだらどうだ?

 大方おおかた、もう寝室に案内されたってんだろ?

 まぁ、お世辞にもスイートたぁ言えねぇんで、あんたに釣り合ってるかどうかぁ知らんがな」

「どうやら、仕事よりも前に、あたしに対するイメージの擦り合わせを優先すべきみたいね」

「今のは皮肉だよ。

 んなもん休憩中に、木っ端微塵に崩れ去ったわ」

「あら、そう?

 では是非、今の率直な、忌憚ない印象をお教え頂きたいわね。

 必要とあらば、拳で語り合うのも辞さないわ」

「……もっと平和的に解決しようぜ? 頼むから」

「腕に覚えがいのかしら?」

なんすでに殴り合うの前提なんだ。

 そういうんじゃなくってよぉ……。

 男が女に手ぇ上げるのは不味ぃだろ。手を差し伸べるならともかく」

「あら。見かけと言動に寄らず、紳士なのね」



 こんな調子で、しばらく電話する二人。

 傍から見れば、その様子ようすは完全に恋人同士のやり取りなのだが、二人には、そんな認識はまったかった。

 こうしてダラダラ、グダグダと巫山戯ふざけ合っている。そんな何気ない時間が、ほぼ初対面の異性という事実を忘れるくらいに、ただ心地よく、楽しかったから。





「んじゃ、後五分位くらいで帰るわ」

「ええ。あたしも、そろそろ寝るわね。

 おやすみなさい」

「おう。おやすみ」

 就寝前の挨拶を済ませ、電話を切り。

 そのまま懐月なつきは、一息吐いた。



「ふぅ……」

 気付けば十分位くらい、ぶっ通しで喋り続けてしまった。

 業務絡み以外で誰か、それも異性と長話に耽るなんて、いつりだろうか。

 まぁ自分は、男勝りの性格や、中性的な外見の所為せいで、幸か不幸か、これまであまり女性扱いされなかった気がするが。



「と……」

 などと思っていたら、自分の体に、みずからの性別を教えられてしまった。

 要は、大自然に呼ばれたのである。

 仕方無いので、懐月なつきは部屋を出た。



「……ん?」

 用足しを済ませ戻っていると、懐月なつきの前に少女が経っていた。

 確か、環鳴かんな……熱田あつた家の六女の、少し引っ込み思案で、いつも兎の縫いぐるみを持ち歩いていた、あの子だ。



「……どうかした?

 あなたも、お手洗いかしら?」

 目線を合わせ微笑ほほえみかけると、環鳴かんなは首を横に振り、伏し目がちに、おずおずと、ボソッと言う



「……し……」

「うん?」



 良く聞き取れず、困惑する懐月なつき

 そのまま持て余しいると、環鳴かんなは自身の耳を指差す。

 ……囁きたい、ということだろうか。



「……これでいのかしら?」



 指示通り、懐月なつきは顔の向きを変える。 どうやら目線さえ合わなければ問題はいらしく、環鳴かんなうなずき、意を決して、懐月なつきの耳に近付き、そして。

 ずっと気になっていた、けれど誰も意図的に触れなかった真実を、ここに来てようやく、初めて明かす。





「たーだいまぁっと」

 寝静まった我が家に帰還するあつし

 そのまま、家族と来客を起こさぬよう、お湯を暖め直し、着替えを済ませんと部屋に向かう。

 もりだったが、部屋の明かりを付けたあつしの前に、白い髪が特徴的な幽霊? 地縛霊? かく、それっぽいのが現れた。

 


「おわぁっ!?

 ……て」

 大声を出し、驚いた拍子に尻餅をつく。  

 が、冷静になって目を凝らすと、そこにたのは、幽霊でも地縛霊でもなく、くだんの来客、懐月なつきだった。

 自室にるだなんて思ってなかったのと、もう就寝中だと決め付けていたのと、眼鏡を外していたがために気付かなかった。



「……だよ。

 吃驚びっくりさせねぇでくれや。こちとら、ただでさえ疲れてんだからよぉ。

 てか、眼鏡はどした?」

「外した。

 本気の時には、付けないようにしてるの。

 そもそも、度は入っていない、あくまでもデータ管理用の端末、ただのスマートグラスよ」

「どこの二代目海の勇者だ……。

 本当ホントつくづくハイスペックだなぁ、あんた……。

 性格が災いして、宝の持ち腐れしてばっかみてぇだが……」

「そんなことより」



 憎まれ口を叩くも、めずらしく懐月なつきから反論が飛んで来ない。

 訝しんでいると、懐月なつきは彼に近付き、そのまま組み敷いた。



「お、おい……?」

 まったく色気の様子ようすで押し倒され、呆然とするあつし

 対する懐月なつきは、ここまで来て、やっと口を開いた。



「……あつし

 熱田にえたあつし



 ただ、彼の名前を呼んだだけ。

 が、その少ない情報で、あつしすべてを悟った。



「……希新きさら辺りに聞いたか?

 それとも、環鳴かんなか?」

「後者よ。

 なんで黙って……いえ。

 えて、隠してたの?」

「気にすると思ってさ。

 それを俺に指摘されたら、あんた決まって、『プライドが許さない』とか言うだろ?

 だったら、うちに入社してから、仕事の流れで知って、澄まし顔でサラッと自然に流す方が、ダメージ受けなくて、恥かかなくて済むんじゃねぇかってな」

本当ホント……ムカつくくらいに紳士ね、あんた。

 あんたの言う通りよ。確かに、あたしのプライドが許さないわ」

「だろ? だから俺ぁ」



 あつしの言葉は、やにわに止まった。

 懐月なつきに、悲痛な形相で、胸倉を掴まれたからだ。



「……許せるわけいじゃない。

 初対面なのに。まだ同僚ですらないのに。

 欠陥だらけ、迷惑かけてばかりだと自覚してるのに、言えなくて。

 そんなあたしを、なん躊躇ためらいもメリットも打算もく、かといって同情でもく、くまでも善意で、無償で助けてくれた恩人に、知らず知らず無礼を働いていたなんて。

 許せるわけい……」

「……」



 やっぱり、とあつしは思った。

 この元バリキャリさんは、単なる高飛車寄り女ではない。

 二つの意味で、良人りょうじんだと。

 


「あんた……なに、笑ってるのよ」

「いや……。

 俺、あんたのこと、思ってた以上に気に入ってるみたいだわ」

「……意味が分からないわ。

 それより、教えて頂戴ちょうだい

 あたしは一体、この借りを、大罪を、どう償えば、精算すればい?」

「別に、それほどのこっちゃねぇよ。

 てか、俺だって意図的に伏せて、誤魔化ごまかしてたんだしよぉ」

「そうは行かないわ。

 言ったはずよ。あたしは、借りを作らない主義なのよ」

「んなこと言われてもよぉ。

 あとで思い付いてから。とかじゃ、駄目ダメか?」

「それじゃあ、あたしの気が収まらない。おちおち夜も眠れないわ。

 今直ぐに、よ」

「その所為せいで、あんたのみならず俺まで眠れてないんだから、本末転倒の気がするが。

 おまえに、上からなのか下からなのか、分からねぇなぁ……」

「強いて言うなら、両方ね。

 で? 答えを、お聞かせ願おうかしら」



 手を離した代わりに顔を近付け、詰め寄る懐月なつき

 どうやら、一歩も譲る気は模様もようだ。

 となれば今、ここで要求する他無い。



 して……自分は一体、どんな対価を、彼女に支払ってもらえばいのだろうか。

 それも、公序良俗、親しき中にも礼儀ありの精神に則り、彼女が納得するだけの得が自分にもる、打開策であり、妥協点であり、折衷案。

 それを、深夜テンション、すでに船を漕ぎつつある頭で、導き出せと?

 これは、相当の無理難題ではなかろうか。



 しばらく熟考したあとあつしが提示したのは。



「じゃあよぉ……あんたのこと、もっと教えてくれ」



 という、当たり障りがい、けれどあつしの願望に沿った提案だった。



「それが……あんたの、オーダー?

 あんたが今、一番いちばんあたしに望むこと

 ……そんなことが?」

「そんなことってなんだよ。大事だろ?

 悪かったな、みみっちくて。

 でもなぁ……それくらいしかんだから、しゃあねぇだろ。

 言っとくけど、だからって、雑にあしらってけむに巻こうってんでもねぇぞ?」

「分かってるわよ。

 でも、まぁ……依頼主がそう出るなら。お望み通り、お答えするまでよ」



 ああだこうだとのたまいつつも、大人おとなしく引き下がり、あつしの体から降りる懐月なつき

 そのまま彼女は、ベテラン感さえ漂わせるスムーズさで、あつしの隣に横になった。

 それはもう、「あれ? 俺いつ、この人と結婚したっけ?」と一瞬、あつしが本気で錯覚したレベルで。



「名前:守真伊すまい 懐月なつき

 年齢:30

 恋人:無し

 職業:無し

 出身地:宮城県

 好物:クルトン

 趣味:貯金、節約、ヒトカラ

 子供の頃の夢:億万長者

 身長:180前後

 スリーサイズ」

「もうい、結構」



 大分ヤバい所に触れそうになったので、急いで待ったをかける。

 なんてーか……リテラシーどうなってんだ? とツッコむあつし他所よそに、懐月なつきは不満たらたらな顔色を見せた。



「……男って、そこら辺が特に気になるんじゃないの?」

「そうだけどもっ!

 そんなん教えられちゃ、これからの接し方とか振る舞い方とか、色々と困んだろがっ!

 第一、仕事中に、スタッフに対してそこまで考えるようなのは、単なる筋金入りだけだっての!

 公私混同極まれり!」

「逆効果、ってことね。

 なるほど……勉強になるわね」

「……」

 あんたが物を知らなさ過ぎるだけじゃねぇか……と言いたくなるのを、あつしは必死に耐えた。

 一旦、気持ちを落ち着かせ、クールを装う。



「なんてーか、もっとこう……るだろ? 他にも。

 今までどんな業種だったか、とか。

 今でこそ笑いぐさ出来できる、過去の失敗談とか。

 そんな感じの、程良い距離感とダメージと懐かしさの奴」

「それなら、ピッタリなのがるわ」

「おっ。いじゃねぇか。

 どんなだ?」

「つい先日の話なのだけれど」

「……あんた、俺の話、本当ホントに理解した?

 ってのは置いといて、続きは?」

あたしは、とある大作ゲームを開発中だったの」



 鮮度はさておき、どうやら内容自体は適合してるらしい。

 そう察して、あつしは聞き役に徹することにした。



「これまであたしが培って来たノウハウ、エッセンス、情熱、魅力。

 あたしの持てるすべてを、ふんだん……いいえ。余さずに注ぎ込んだ、確約されたソシャゲだった。

 誰も作ったことい、思い付いたことさえような、時流に逆らい新たなムーブメント、モニュメントとならん、あらんとする、正に画期的なゲームだったわ。

 ただ、時代を先取りしぎたのか当時、一緒に働いていたなんて社員達には、挙って猛反対されてしまってね。

 仕方無いから、その場で退社して、起業しようと誓ったのよ。それだけの勝算、称賛されると見込めるだけの価値が、そのゲームにはった」

「……おぉ……」

 期待以上にワクワクする壮大な展開に、あつしは眠気を忘れるほどに夢中になった。

 流石さすがは、都会帰り。やり手だと取れる話し口である。

 ……ただなんとなく、盛大にオチる気が無性にするのは、何故なぜだろうか。



「残念ながら、計画が頓挫してしまったわ。

 あたしとしては絶対ぜったいの自信がったのだけど、スポンサーがどうしても付かなくってねぇ。

 当時の会社に一人、取り分け可愛がってた子がたのだけど、その子にすら止められちゃってね。

 で、日の目を見ること出来できなくて傷心中のまま、マンションも解約し、必要最低限の荷物以外も売って、その足で新幹線に乗って。

 気付けば、里帰りしてたってわけ

「そいつぁ、その……惜しかったな」

「ええ。実に無念だったわ」

「で?

 そのソシャゲってのは、どんなだったんだ?」

「あー……β版なら、あたしのスマホにだけ存在しているわ。

 これよ」



 エクシリア2のローエ○並のスピードで弄ったあと懐月なつきはスマホの画面をあつしに見せた。

 それを目の当りにした刹那せつないやな予感が見事に的中したことで、あつしは絶句した。



「……ナニ? コレ……」

なに、って。見て分かるでしょ?

『チョッキング』。読んで字のごとく、銀行アプリとソシャゲを併せ持った、一石二鳥の最強、万能ゲームよ。

 今は、重課金が主流でしょ? でもみんな、度重なる極度の射幸心煽りに内心、辟易へきえきしてる。

 だから、逆に打って出たのよ。このゲームは、ユーザーの過金額ではなく貯金額によってキャラのレベルが上がり、アイテムがもらえ、衣装チェンジし、ガチャが出来できる。

 どう? 想像するだけで、ワクワクして来ないかしら?」

「あ、ああ、まぁ……そう、だな?」

 リアクションに困り、差し支えない程度に返答するあつし

 しかし、彼女がめずらしくノリノリで、自分から提案した手前、このままにはしておけないので、もう少しだけ話を膨らませてみる。



「で? 貯金額ってのは、どれくらいだ?

 どんだけ貯めれば、最初のボスは倒せるんだ?

 やっぱ、妥当な所で千円くらいか?」

馬鹿バカおっしゃい。

 そんなんじゃ、モチベが続かないじゃない。

 負けに負けて、一万よ」

「へ、へー。

 じゃあ、次のボスは?」

「十万」

「……その次は?」

「百万」

「……じゃあ、十万のボス倒したあとに、預金が十万切ったら?」

「そんなの、考えてないわ。

 いくなんでも、そこまで貯金してない人間なんて、存在し得ないでしょ?

 詰まらないジョーク、めて頂戴ちょうだい

「……」



 どうやら、大多数の現代人にとっては、二体目のボスを突破することさえ難しい、残念かつ鬼畜な仕様らしい。

 これでは、誰も賛同しないのもうなずける。



 あつしは、懐月なつきに対する認識を改めた。

 その美貌、財力、親しみやすさをもってしても、強過ぎる金銭欲にドン引きし、多くの男性が自分からあきらめる、選択肢から外す。

 そんな、残念美人ならぬ、断念美人だと。

 


「……にしても、本当ほんとう……どうして流行らなかったのかしらねぇ。

 あたしなんて、もう五体も倒せてるっていうのに」



 おまけに、目の前にる開発者は、すでに子供の頃の夢を叶えているらしい。

 そう言えば、言っていた。諭吉こどもは、一万人だと。

 まりは、その……100マスキュラーとか、10ガタキリバとか、1伊達だてさんとか、そういうことである。

 一億という、田舎の凡人風情ふぜいでは一生手の届かない、お目にすらかかれない、途方もない額を。

 目の前で呑気に寝ている、所々で阿呆アホになる仕事全フリ型の女性は、すでに有しているということである。



「てか、熱田にえた

 あんた、ご飯は?」

「……もうい。

 食欲も気力も失せた」

「そんなに疲れていたの?」

「まぁなぁ……」

 どちらかというと、仕事よりも今の方が何倍も、ドッと疲れたのだが、あつしは黙っておいた。

 そんな彼の横で、懐月なつきは起き上がる。



「どう?

 見合った話は出来できたかしら?」

「あ、ああ……」

「なら良かった。

 じゃあ、そろそろおいとまするわ。

 二回目だけれど、おやすみ、熱田にえた

「おやすみ。守真伊すまいさん」

 その言葉を最後に、懐月なつきあつしの自室を去った。

 あつしも、着替えてから、眠りにつくのだった。





「ほら、懐月なつきちゃん!

 どんどんお食べ! 若いんだから!」

「あ、ありがとうございます……」

懐月なつきさん、これも食べて!」

「え、ええ……」

「ナツねぇうちのも!」

「頂くわ……」

懐月なつき姉ちゃん、遊ぼー♪」

「あ、後でね? 後で、遊びましょう?

 ね?」

懐月なつきお姉ちゃん……あーん……」

環鳴かんなまで……。

 はいはい。もう少し、こっちに来て頂戴ちょうだい?」

「……」

 気付けば至って普通に溶け込んでいる懐月なつきの姿に、長男であるあつしは、改めて実感した。

 やっぱり、何だかんだで愛されキャラだなぁ、と。



「それにしても、希新きさら

 あなた、本当ほんとう料理上手じょうずね。

 長い事、都会にたけど、こんなに美味しい朝食、初めてだわ。

 お抱えのシェフに任命したいくらいよ」

「い、いえー。

 今日のは、私じゃなくって……」



 希新きさらが意味ありげに視線を送った先。

 そこにたのは、料理とは無縁そうな強面をした、あつしだった。



「……何か?」

「べ、別に……なんでもないわよ」

「もっと称賛してくれてもいんだぜぇ?

 で? いくらで、俺を雇おうってんだ?」

「その鬱陶しい絡みを今直ぐ止めるんなら、一考の余地はるかも分からないかもしれなくはきにしもあらずね」

「要はぇんじゃねぇか」



 本当ほんとうに、素直さとは無縁の捻くれ者である。

 にもかかわらず、何故なぜこうまで、放っては置けないのか。

 あつしには、それが疑問だった。



「お?」

 強気同士がレスバを繰り広げる中、不意に呼び鈴が鳴る。

 予測していたのか、あつしな箸を置き立ち上がり、懐月なつきに目配せをする。



「付いて来てくれ。

 あんたに合わせたい人が

「ナッちゃぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁんっ!!」



 あつしの言葉を遮り、ドタドタドタと廊下を走り、一目散に彼女に抱き付く、謎の人物。

 それはさながら、ご主人様の帰りを待ち侘びていた忠犬のようだった。



「ふんっ」

「ごえっ!?」



 ……もっとも、実際の犬であれば、いきなり飼い主から、鳩尾みぞおちへの容赦ない回し蹴りなど食らわないのだが。



「お姉ちゃん、すっげー♪」

「もっとやってー♪」

 見事なアクションを唐突に披露した懐月なつきに、即座に反応する双子。

 涌いている小さなファンに大人びた笑みを見せたあと懐月なつきは実の姉に冷え切った眼差しを向ける。




「また今度、気が向いたらね。

 で、星実つづみなんりにって、あんたがここにるのよ?」

「それは、こっちの台詞セリフだよぉ、ナッちゃん!

 帰ってるなら、なんで一言、ツヅに連絡してくれなかったのさぁ!?

 ツヅのこと、嫌いになったの!?

 ツヅのこと、捨てちゃったの!?

 ツヅのこと、面倒になった!?

 ーだぁ!! お願いだから、ツヅを見捨てないでよぉ、ナッちゃーん!!」

「……長い。相変わらず。

 あと、こうなることがありありと予見出来できたからよ」

「感動の再会頭の初手ガチ回し蹴りに関しては、スルーなんか……」

「ごめんちゃんくださぁい。

 あー、もう、星実つづみちゃんたらぁ。

 また懐月なつきちゃんに猛アピールちゃんしてぇ。

 しっかりしなさいよ、お姉ちゃんなんだからぁ。

 突然お邪魔ちゃんして、お騒がせちゃんして、すみませぇん」

「いや、そっちが姉なのかよっ!?

 てか、のんびり! ちゃん多いっ!」

 相変わらず、守真伊すまい家の母親らしき人物にまでツッコむあつし

 その最中さなかあつしは悟った。大型犬って、こういうことか、と。



「あらぁ。

 あなたが、あつしちゃんぅ? 昨晩ちゃん、連絡ちゃんくれた。

 今日は、お招きちゃんくれて、ありがとぉ」

「あーいえ、こちらこそ、ご足労頂き、ありがとうございます。

 っても、家の中にまでとは思わなんだですが……」

「私もよぉ。

 それより、懐月なつきちゃんぅ。早く、帰りましょぉ。

 いつまでも長居ちゃんしてたら、ご迷惑ちゃんでしょぉ?」

「いや……うちは、別に……」

「そうだよ、ナッちゃん!

 帰ろーよぉ、我が家に! ビバ、カモナ・マイホーム!」

「聞いちゃいねぇ……」



 頭を抱えるあつしを、懐月なつきが注視した。

 その瞳には、失望感と猜疑心がチラついていた。



「……あんたが呼んだんだ。

 あたしは、お払い箱ってこと?」

「んなわけっか。

 ただ」



 ドカッと胡座を掻き腕を組み、父親の貫禄さえ感じられる雰囲気で、あつしあつしで、複雑そうな面持ちでげる。



「……どんな時も、ってのは無理だとしても。

 なるべくは、一緒にるもんだろ?

 家族ってぇのぁ」



 出来できれば、もう少しだけ、彼女と話したい。

 願わくば、あとほんわずかだけでも、我が家でもなされてしい。

 でも……それは、今すべきことでは、最優先事項ではない。

 そんな葛藤のすえに、噛み砕いた言葉を届けるあつし



 そんな彼の微妙な心境を汲み取り、どこか晴れやかな呆れ顔を、懐月なつきは披露した。



本当ホント……不器用な男ね、熱田にえたは」

「あんたほどじゃあねぇよ」

「それはなに

 昨日の解決っりを踏まえた上での発言かしら?」

「いんや。

 昨日の、金絡みだと遺憾無く発揮される比類無きポンコツっりを踏まえた上での、我が家の総意だ」



 うん、うん。と、母や姉のみならず、一家一丸となった熱田にえた家にさえ共感され、たちまち羞恥心を覚える懐月なつき

 満面朱を注いだまま、懐月なつきは目を閉じ、八つ当たり気味に、星実つづみの首根っこを乱暴に掴む。



「な、なんで……?」

「リード代わりよ。

 それより、世話になったわね。みんな、ありがとう。

 とっとと帰るわよ、馬鹿バカ犬」

「そ、その前に、離して……。

 天国に、帰っちゃう……」

「地獄の間違いでしょ、おだづなよ。

 そのまま猛省してろ、痴れ者。

 首輪じゃないだけ、未だに放し飼いされてるだけ、ありがたいと思え」

「では、失礼ちゃんしますぅ。

 お礼ちゃんは後日ちゃん、改めてぇ」

「お、お気遣いく……」

 ペースに飲み込まれそうになりながらも、愛想笑いを振りまき手を振る希新きさら

 そうして守真伊すまい家というコント集団が去ったあと希新きさらあつしに近付く。



にいさん。

 いの?」

「……さっきも言ったはずだ」

「そうじゃなくって……」

 懐月なつきの沽券に関わるようことを教えようとしてるのか、やや迷ったすえに、希新きさらは正直にげた。



「……懐月なつきさん、言ってたよ?

『地元でも都会でも、主にクルトンしか食べて来なかった』って」



 クルトン。焼いたり炒めたり揚げたりしたパンに砂糖をまぶした、おやつ。

 昨晩、懐月なつきが教えてくれた、正確には主食だった好物。

 ということは……守真伊すまい家は、家族包みで、料理が満足に出来できない、質素で不健康で色々と甘い生活をしていたということで……。



「せめてカップ麺、惣菜レベルであれよぉ!?」

 思っていたより大分低かった食事水準にツッコミつつ、あつしは駆け出す。

 もりだったが、その前に。



みんな、悪ぃ!

 いか!?」



 まったもって主語、脈略のいやり取り。

 それを、熱田にえた家の面々を察し、一様にうなずいた。



にいさん。

 行ってらっしゃい」

 家族を代表し、今度こそ心からの笑顔を見せる希新きさら



「……おうっ!!」

 それに後押しされ、家族からの応援を追い風にして、騒がしく忙しく、一直線に全力疾走し、守真伊すまい母娘おやこを追いかけるあつし



折角せっかく懐月なつきちゃんが帰って来てくれたんだしぃ。

 今日ちゃんはママ、ふんぱつちゃんしちゃおうかしらぁ」

「も、もしかして、あれですか!?

 焼きクルトン、炒めクルトン、揚げクルトンの揃い踏みですかぁ!?

 やったー! これで勝つる!」

「決まりね。

 久し振りに手伝うわ、母さん」

「いや、マジにクルトン縛りかよぉっ!!」



 守真伊すまい家、年中無休フルのクルトン祭り。

 その開催、暴走を止めるべく、馳せ参じたあつし

 黄金伝○染みた懐月なつきの食生活を改善するために、自分が出来できことは。



熱田にえた

 どうしたの?

 あたしにあるまじきとは思うけれど、忘れ物でもしたかしら?」

「ああ、そうさ……!

 あんたは……忘れて、行ったんだ……!

 この俺を、な……!」

「……なんの話?

 てか、大丈夫? 息切れしてるじゃない」

「誰の所為せいだと思ってんだよ……!」



 息も絶え絶えな状態で、あつしは最終確認を済ませる。



「あんた、言ったよな……!?

『専属シェフとして、俺がしい』、って……!」

「え、ええ。

 てか今、そんな冗談話してる場合じゃ……」

「今じゃなきゃ駄目ダメな話なんだよっ!!」



 呼吸が落ち着いて来たタイミングで、覚悟を決め、あつしは胸に手を当て大声で、宣言する。



「請け負ってやんよ、その役目!!

 あんたん家の食事……!! 今日から、この俺が三食、全員纏めて面倒見たらぁっ!!」

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