Task.1「残念ハイスペ美女の対処」

 左側には、大樹。

 右側には、タクシー。

 目の前には、ロータリー。

 そして、出入り口で出迎える、二人のサイボーグ。



 あぁ……。帰って来た……帰って来てしまった……。

 守真伊すまい 懐月なつきは、そう思った。

 そんなもりはかったのに。空っぽの、渇き切った心が、無性に故郷を求めてしまった。



「ふっ……」

 自嘲し、小さく嘆息し、ぐにスイッチする。

 こうなってしまった以上、仕方がい。あきらめる他無い。

 そうみずからに言い聞かせ、懐月なつきはスマートグラスを操作し、近くにスーパーがるのを確認する。

 えず、そこにしましょう。そう決めた懐月なつきは、今度はスマホを出し、宅配業者に電話しつつ、歩き始める。



「あら?」

 のもりだったのだが。

 少し移動した所で、懐月なつきは本屋を見掛ける。

 刹那せつな懐月なつきの知的好奇心が掻き立てられ、立ち寄りたい衝動に襲われる。

 が……すんでの所で、自制する。

 


 いけないわ、あたし……。

 あの本屋は、どう見ても中古は置いていない……。

 衝動に駆られては駄目ダメ。出費は抑えるべきよ……。



本当ほんとうに?」

 と、内なる自分あくまが、問い掛ける。

本当ほんとうに、スルーしていの?

 後悔しない?」



「……」

 正直言うと、もうとっくに後悔しているのが実情だったりする。

 だからといって、引き下がるわけにはいかない。

 しかし、向こうが食い下がらないわけい。

 おまけに、現実の自分は今、絶賛電話中。相手に怪しまれないべく、不自然に取られない程度の会話も進めなくてはいけない。

 ゆえに。



「……分かったわ。

 それじゃあ、こうしましょう。

 もし目的地に着くまでの間に、古本屋がったら。

 その時は、大人おとなしく従うわ。

 どうかしら?」



 初手から最大級に譲歩、妥協し、向こうを納得させんと欲する。

 自分の提案を受け、悪魔は姿を消した。

 どうやら了承、受け入れたらしい。

 どうにか着地点、折衷案を見出し、懐月なつきは心から安堵する。

 と同時に、電話の方も済ませる。

 すっかり気を良くした懐月なつきは、気付けば年甲斐もくスキップなんぞしていた。状況が状況でなければ今頃、鼻歌のオプションも追加していただろう。



 やったわ。

 これで、余計な犠牲を払わずに済むわね。

 第一そんなご都合主義が、そうそう起こってなるものですか。

 そんなコメディチックなことが、リアルにわけが……



 ……ったりする。

 ご都合主義も、道中に古本屋も。



「……」

 手続きが完了したタイミングで、ふと懐月なつきの目と足が止まる。

 ついでに、思考まで止まりかける。 



「嘘でしょ……」

 計算外の展開に、頭痛を覚える懐月なつき

 しかし、こうなった以上、致し方無い。

 悪魔が出て来られるのもしゃくなので、先手を売って、開き直っておくべきか。

 


 こうして懐月なつきは、古本屋に足を踏み入れた。

 そこから先は、計算外イベントのオンパレードだなどと、知るよしく。





「『いらっしゃーせー!!』」

「止めろ」

「ご、ごめんなさ『いらっしゃい。よく来たね、仔猫ちゃん』」

「だから、止めろ」

「そ、そんなことな『いらっしゃい。そう、こっちにおいで』」

「よし。お前が一旦、裏に来い」

いやだぁ!?」



 入店早々、そんなやり取りが聞こえ、色々と不安になる懐月なつき

 彼女が足を踏み入れたのは、近くに有った、【libve-rallyライヴラリー】という、個人営業のレンタルショップだ。

 母から聞いた話によると、蔵書家な店長が道楽どうらくで始めたらしいのだが、それなりにもうけているらしい。



「ふむ……」



 一通り確認し、懐月なつきうなる。

 確かに、懐かしい物から新作まで並べてあり、品揃しなぞろえはいし、商品の状態も差ほど悪くない。

 ゲームや機器が借りれるのも、ポイントが高い。これは、流行はやりそうだ。



「アッちゃん、ごめん……。

 なんか、レジに嫌われた……」

「日頃の行いが、すぎる所為せいで悪いからだな。

 てか、『エラー』って言えよ。

 つーか、またか……店長は?」

「ごめぇん、熱田にえたちゃん。

 研磨機もよ、調子が悪いみたい」

「防犯センサーもだわ。

 何か、さっきから音が鳴りっぱなし」

「ねぇ。

 スキャナーも、スマホのバーコードが読みづらかったわ」

「パソコンもー。

 なんか、カーネル? が勝手に動くんだけど」

なん一辺いっぺんに、そんなに多発すんだよっ!

 てか、だから店長は!?」

「『頭、冷やしてくるー』って、休憩きゅうけい室に」

「俺に丸投げして、この惨状さんじょうから逃げやがったな、あの女!

 つか、カミュ! お前、この緊急事態にまでエミュるとか、巫山戯ふざけんなよ!?」

「大丈夫です!

 この程度、あつしさんなら、ちょちょいのちょいです!」

ひとえさん!

 俺を持ち上げてないで、ちったぁ手伝ってくれ!」

「すいませーん。

 お会計、お願いしまーす」

「はーい、只今ただいまー!」

「……」



 嫌な予感、的中。

 今日まで持ったのが不思議なくらいに、トラブルが押し寄せて来た。

 結果、レジが使えないので、電卓での計算を余儀よぎなくされるのだった。

 おまけに、金額は本に貼ったバーコードで表示されるシステムなので、実際に商品の置かれた場所に行かないと不明らしい。



「はぁ……」

 読んでいた本を閉じ、懐月なつきはカオス現場へと向かい、一言。



「330円よ」

「……は?」

 突如とつじょ、見ず知らずの人間に横から金額を言われ、強面こわもての男性が戸惑とまどう。

「値段なら、すで把握はあく済みよ。店内を見たから。

 でしょう?」

「え?

 あ……はい」

「ですって。早く済ませなさい」

「……」

「どうしてフリーズしてるのよ。

 早くして頂戴ちょうだい

 あたしの大切なものを、必要以上に奪わないでくれるかしら」

「は、はーい、ただいまー!

 ほら、アッちゃん!」

「あ、ああ……」



 なにやら声真似マネの上手いイケボ男性が声をかける。

 アッちゃん? とやらも、無言で袋詰ふくろづめを行う。



「あぁりがとうございましたー」

「またお越しくださいませー」 

 お辞儀でお客を見送った二人は、他のスタッフと共に、懐月なつき見詰みつめる。



「……助かった。

 すげぇな、あんた」

「の割りには、タメ口なのね」

田舎いなかぁ基本的に、んなこたぁ気にしねんだよ。近隣住民、全員、顔見知りだからな。

 そうでなくても、あんたがい人なのぁ分かり切ってるしな」

「どうだか。それより」



 懐月なつきは話を切り、黒い防犯センサーまで近付き、そこに張られていた、マジックで黒く塗り潰されたセーファーをがした。

 すると、それまで騒いでいたセンサーが正常に戻った。



「ゲーム感覚で子供が、悪戯いたずらでくっ付けたようね」

「あぁ、それでっ!

 助かるー! ありがとー!」

「いつ戻って来た、あんた」

 知らぬ間に懐月なつきの隣にた女性に、アッちゃんが噛み付く。

 どうやら、彼女が店長らしい。どことなく、姉を連想させる言動だった。



「君、すごいねー!

 何者ー?」

「ちょっと都会で、修理屋としてバリバリ言わせてた時期が有っただけよ。

 それより、この店って、【TATSUYA】ポイントがまるみたいね?」

「うんー。

 アプリのバーコードを読み取れば、チェック出来できるけど」

「なら、スキャナーの以上は、スマホの画面の照度による、認識エラーと見て相違そういなさそうね。

 同じくレジはさっき、チラッと見させてもらったけど、トレーニング用になってたわ。

 その所為せいで、きちんと動かなかったのよ。

 次は」

 懐月なつきは、カウンターの中に入り、研磨機を開け、砥石といしを確認する。



砥石といしが、きちんとまってないわ。だから、ノイズが響いていたの。

 あと、もしかして、ファーストフィルターを交換したばかりじゃないかしら?」

「え、ええ。

 そうだけど」

「だったら、ポンプでみ上げないと不味まずいのよ。

 面倒だから説明ははぶくけれど、要するに、水が足りてないのよ。それも原因ね。

 さて、ラストは」



 懐月なつきは続いて、バックヤードを抜け、PCルームに入る。

 パソコンと数秒、にらめっこしてからキーボードを、目にも止まらぬ速さでクールにブラインドタッチし始めた。



「あんた……マジで、何者?」

 この場に居合いあわせたアッちゃんとやらが、彼女を追って来る。



「何?

 っごいですねぇ。まるで魔法みたいー。

 とでも、めてくれるの?」

えず、特オタなのと、気が合いそうなのは分かった。

 それより、どうだ?」

「ウイルスに感染してるだけよ。

 大方、長年眠らせていた物を導入したんでしょ?

 デバッグなら今、完了した。これで、応急処置は全て終わりね。

 不安なら、別の業者も頼む事をすすめるわ」

「分かった。念頭ねんとうに置いとく。

 っても、杞憂だろうがな」



 そんなやり取りをしていると、二人の後ろから、店長がやって来る。

 かと思えば。



「君、採用」

 の一言と共に、懐月なつきを指差した。






『ネット銀行、ネット保険

 ゲームを含むプログラム全般、エンジニア、ジャーナリスト、探偵

 フリーで、確定申告の代筆や機械整備、シンセサイザーの経験もり』



「……どこのピュアにコネクトする主人公だ……」

 休憩中、コンビニへと向かいがてら。

 まだ用意出来できてない履歴書代わりにと、ハイスペ美女の置いて行った職歴メモを見て、ドン引きするあつし

 そのまま、彼女の名前と性別、そして住所を眺める。



守真伊すまい懐月なつき……」

 それは、彼女に最適な名前だと、あつしは思った。

 あと、孤独を好むような雰囲気を醸しつつ、きちんと周囲をおもんぱかる、妙な居心地いごこちの良さは、そう簡単には忘れられそうにい。

 それを抜きにしても、あの常識外のルックスも、低いマニッシュな声も、仕事振りも。

 なにをしてもさまになりそうな、スタイリッシュさも。

 実際、現在進行形で、歩道橋の下を物色し、慣れた様子ようすで段ボールのテントを建てている姿も、ギャップがすごくて鮮烈な印象を受けるも、中々にハマっている。



「って、おいっ!!」



 流石さすが看過出来できず、仕事の疲れを感じさせないテンションで駆け付けるあつし

 一方の懐月なつきは、相変わらず微動だにしない様子ようすで一瞥してから、何食わぬ顔で作業に戻った。



「いや、止めろよ!

 何してんだ!? あんた!」

「見て分かるでしょ?

 野宿よ」

「の〜じゅ〜く〜!?」 



 あっさりぎる勢いで放たれたコッテリぎる発言に、オーバーリアクション気味に食い付くあつし



 え? だって、嘘だろ? 東京でバリバリ働いてた元キャリアウーマンだぞ?

 なんかこー、立ち並ぶ中でも最大規模のマンションかビジネスホテルで、豪華な装飾が目立つドデカいシャンデリラの下、部屋の真ん中で足湯しつつガウン姿で優雅に、洒落たクラシックを流しつつ膝に載せた猫とか撫でて、執事とかウェイター的なイケメン何人も侍らせてて、意味も必要も理由も無くグラスを軽く揺らして、夜景を見下ろしながらロマネ・コンティーでも一杯やりながら、意味も必要も格好かっこ付けたいがためだけにサングラスかけて、「坊やだからよ」とか言ってそうな奴が?

 野宿? 

  


なに

 もしかして、私有地とか?

 あるいは、貼り方間違えた?

 恥を承知で、ネットで検索しながらの付け焼き刃だったんだけど、ファジーだった?」

「しかも、これが初キャンプかよっ!?

 にしては、貫禄有ぎたわ!」 「質問にお答えなさい」

「その前にツッコまなきゃならないポイントが多過ぎんだよっ!

 むしろ、それしかんだよっ!」



 えずもっとも言いたかったことを済ませたあつし

 そこで、思い直した。こちらが一方的にヒートアップしていても埒があかない。自分も、相手に合わせなくては。



「……リアルな話さ。なんで野宿?

 あんたの実家、この近くだろ?」



 頭を冷やして尋ねるあつし

 対する懐月なつきも、当てられたのか察したのか、少し落ち着いた様子ようすが見え隠れした。



「……ボスに聞いたのね。

 そうよ。っても当分、帰れそうにないけど」

「ボスて。

 なんでだよ」

「言ってないからよ。

 仕事辞めたのも、里帰りしたのも」

「……は?」



 突然の出来事の連続に、戸惑う以外の選択肢をあつしは奪われる。

 そんな彼を尻目に、懐月なつきなおも、フラットに告げる。



「心配、負担かけたくないのよ。

 こちとら数日前まで、都会でブイブイ言わせてたのよ?

 だってのに、いきなりノコノコ帰って来られても、困らせるだけだわ」

「……」

「……なによ。その顔。

 まさかとは思うけど、『退職したと知られるとか、あたしのプライドが許さない』とか、言うとでも思った?」

「まぁ……」

「お生憎あいにく様。

 どうやら、こんなあたしにも、良心の欠片かけらは残ってたみたいね。

 悪かったわね。期待に添えられず」

「別に、期待してねぇけどな」

「……あんた、そっち系でもないのに、あたしに絡んで来たの?

 善意だけで?」

「失礼だな!? あんた!」



 素直に告げると、何故なぜかムッとされた。

 これまで十年近く接客業に勤しんで来たあつしだったが、そんな彼でも初めてだった。

 ここまで分かりづらい、善人は。



「……それに、うちにはとんでもなく甘えたがりな大型犬がてね。

 帰郷したてで絡まれるのは、我ながらキツいのよ」

「その日のうちにほぼ内定貰もらった人間の言うことか?」

「成り行き上そうなっただけよ。

 狙ってポストを手に入れたわけじゃないわ」

「確かに。

 まぁ、なんだ。あんたの事情は押し図れた。

 でも、だったら今のうちに連絡して、今日の所は一先ずホテルにでも泊まれば済む話じゃないのか?」



 あつしが提案すると、懐月なつきの表情にたちまち、暗雲が立ち込めた。

 どうやら、それはさらに思わしくないらしい。



「……殺されたのよ。

 愛する息子を」



 風にたなびく髪を押さえ、うつむきがちに明かされた、衝撃的な過去。

 あまりの急展開に、あつしは一瞬、思考停止した。



 し、知らなかった……。

 まさか彼女が既婚者で、そんな凄惨な事件に巻き込まれていた被害者だったとは……。

 その一件を自分は知らないが、隠蔽されている辺り、余程よほどひどさだったのだろう。

 そう、あつしは痛感した。



「す、すまねぇ……。

 そんなこととは露知らず、早まった、出過ぎた真似マネをしちまった……。

 許してくれ……」

「……いの。

 仕方しかたかったのよ。

 あたしが、どうしようもなく無知で、無力だった。それだけよ。

 あんたは何も悪くないわ」

「でも、俺……!」



 懐月なつきのフォローさえ無視し、あつしは自分を責め立てる。

 そんな親身なあつしを見てか、懐月なつきの顔が、雲間から光が差し込んで来たような、やや晴れやかな物になった。

 


本当ほんとうに、気にしないで頂戴ちょうだい

 確かにショックだったけど、今ではもっと増やせたし。

 あの子が抜けて出来できた分は、きちんと別の子で穴埋めしたし。

 今じゃあ、一万人もるんだもの。あの子だって、きっと浮かばれるわ」



「そっか……。

 ……だと、いな……」



 そんなにたのか。だったら、安心だな。

 にしても、一万人か。相当、頑張ったんだな。普通、そんなに作れねぇし、育てようだなんて思えねぇ。



 ……ん?



「なぁ……。

 さっきからこれ、なんの話だ?」

「……?

 あたしの愛息子の話でしょ?」

「いや……にしては、ちょっと? 大分?

 かく、おかしくねぇか?

 具体的には、単位が」

「何言ってるのよ。このあたしを疑うっての?

 そもそも何度、確かめたと思ってるのよ。

 間違い無く、完膚無きまでに合ってるわ。

 ほら。そんなに疑うなら、ご覧なさいよ」



 懐月なつきはポケットからスマホを出し、少し操作し、画面をあつしに見せた。

 家族の写真か……? と予想しつつ、あつし懐月なつきの言葉に従った。



 そこには、目や指で追うのさえ億劫なレベルで、数字が羅列されていた。



「……なぁ。もっかい、聞くけどさ。

 さっきから、なんの話だ?」

あたしの貯金の話でしょ?」



 ……。

 …………。

 ……………………。



「いや、なんでそうなった!?

 いつから!?」

「最初から、そう言ってるじゃない」

「言ってねぇよ!

 てか、『子供殺された』云々、どこ行った!?」

「だから。

 ホテル代として、私の愛する諭吉ちゃんを手放さざるを得なかった、って話よ」

「そういうアレかよ!!

 なんつー紛らわしいことしてくれてんだ!」

「そっちが勝手に勘違いしてただけでしょ?」

「あんたがさっきから延々と、誤解だけされる、読解力が試される言い回ししかしてねぇんだろーがっ!!」



 勢い付けぎた所為せいで、肩で呼吸しながら、あつしは思った。

 参ったぜ。やっこさん、物凄く残念で、これまで相手してきたどのうるさ型理不尽クレーマーよりも厄介だ。なまじ人間としては出来できている分、余計に放ってはおけないし。



 そう。ここまで派手にやり取りしておいてなんだが、決して見て見ぬ振りは出来できないのだ。



「……ようは、お金を使いたくねぇってんだな?」

むしろ、それ以外にどう取るのよ」

「だったら、話は簡単だ。

 無料の所に泊まればい」

「は?」



 ここに来て、立場が逆転。

 今度は、懐月なつきが困惑する番となった。



「……なによ、それ。

 そんな、都合だけが果てしなくい場所」

「有るぞ?

 一宿一飯位くらいなら、無料で提供してくれる絶好のスポットがな。

 丁度、コネがってな。今から俺が連絡すれば、すんなり受け入れてくれるだろうさ」

「ちょっと待ちなさいよ。

 なんで、見ず知らずのあんたが、そこまで?」

「そんな言い方ぁぇだろ。

 これから一緒にやってく仲間だ。困った時ゃお互い様だろ?」

「まだ保留中のはずよ。

 それに、仮にそうだとしてもってか、だったら余計、迷惑なんてかけられないわ。

 あたし、関係的にも金銭的にも、貸し借りは無しで生きるのがポリシーなの」

「じゃあ、なにか?

 あんな所で野宿して、あんたが危ないことに巻き込まれるのが目に見えてるのに、俺に既読スルーしろってぇのか?

 もし本当ほんとうに、そんなことになったら、あんた、どうするんだよ」

「折る」

「首だよな、腕だよな、鼻っ柱をだよなぁ!?」

「……腰柱? かしら。

 どっちかってーと。

 いや……腰棒?」

「何、大真面目まじめかつ天然に下ネタかましてんだ!?

 もうい、ブレーキ!」



 彼女の言わんとする箇所が何となく分かったからこそ、あつしは全力で待ったをかけた。

 つくづく、恐ろしい女性である。



かく

 頼むから、そこで譲歩してくれ!

 な!?」



 手を合わせ、頭を下げるあつし

 彼の必死さ、誠実さが伝わったらしく。懐月なつきは嘆息し、両手で彼の顔を上げさせた。



「分かったわ。

 今日の所は、大人しく従う。

 お金を使わなくって済むんなら、あたしも助かるし」

本当ホントか!?

 サンキュー! 恩に着るぜ!」

なんで、あんたが感謝する側なのよ」



 たまらず、懐月なつきが吹き出した。

 あつしは、その笑顔に、見惚れてしまった。



「……だよ。

 ちゃんと笑えんじゃねぇか」

なにしてるのよ。

 早く案内して頂戴ちょうだい」 

「切り替え、受け入れ早っ!?

 待てって! 俺まだ、仕事中だし!

 地図だけメッセで送るから、あとは自力で行ってくれ!

 連絡も、きちんとしとくから!」

「そうね。分かったわ。

 じゃあ、これ」



 言うが早いか、IDなども記された名刺を懐月なつきは出し、あつしに渡す。

 なんというか……スムーズに行く時と、そうでない時のムラが激しいというか……。ラルゴとプレスティッシモとか、それくらいに違うというか……。



「って、ねぇし!」

 了解の旨を伝えるより先に、懐月なつきは姿を眩ませた。

 まるで今までのが夢であったかのように。

 ご丁寧に、段ボールのテントまで消えていた。

 


「くノ一かよ……」

 あつしなかば愚痴っていると、ふと足元に袋が置かれていること気付きづいた。

 持ち上げ、中を見てみると、夜食と手紙が入っていた。



あたしが食べる予定だった分。

 これで貸し借りしよ。

 大事な休憩を奪ったお詫び。

 PS.無論むろん、手も口も付けてないわ。残念だったわね』



「ははっ」

 これは、流石さすがに一本取られた。

 どうやら、彼女は善人寄りらしい。

 それにしても一体、いつ準備したのやら。



「おっと。

 こうしちゃいられねぇ」



 大事な要件を思い出したあつしは、左手に荷物を持ち直し、右手でスマホを操作し始める。



「おー、お疲れー。

 悪ぃな。大至急、みんなに伝えてしいことるんだけど、頼めっか?」





「……この辺り、よね」

 数分後。同僚(予定)から送られて来た地図を参考に、目的地周辺まで辿り着いた懐月なつき

 しかし、旅館はおろか、それらしい宿泊施設さえ見当たらない。

 辺り一面、民家ばかりである。



「……デマでも掴まされたのかしら。

 ……仕方しかたいわね」

 早々に見切りを付けた懐月なつきは、再び段ボールのテントを用意せんとする。

 その前に、キャンプの出来できそうな場所を探していると。



「見付けた……」

たぞー!」

「逃がすなー!」

「捕まえろー!」

 と、前方から小中学生の声が四つ、耳に入り。

 気付けば懐月なつきは、彼等に囲まれていた。



出来でかした、みんな!」

「ねぇねぇ。お姉さんが、例の良い人!?」

「うーわっ。めっちゃ綺麗じゃん」

本当ホント本当ホント

 うちには勿体ないくらいの美人さん!」

 続いて、今度は高校、大学生辺りの声が四つ届き、同じく懐月なつきを阻む。

 こうして懐月なつきは、文字通り八方塞がりとなった。



「……どういうことか、説明をお願い出来できるかしら?」

 開き直り、素直に質問すると、八人は顔を見合わせた。

 程なくして、兎の人形を抱えた内気そうな少女が、首を傾げ不思議そうに言う。



「アツにぃから、聞いてないの……?」

「アツ兄……」



 そう言えば、あの妙にお節介な男の名札には、『熱田』と書いてあった。

 つまり、下の名前はともかく、彼は『アツタ』というらしい。

 アツ兄というのも、彼のことだろうか。



熱田あつたこと?」

「アツター?」

「誰それー?」

「「ねー」」

 懐月なつきの疑問に対し、なにやらズレたリアクションを見せる小学生(らしき)男女。



 ひょっとして、読みが、当てが外れたのだろうか?

 などと懐月なつきが身構えていると。



「ちょっと、みんな

 遊んでないで、早く帰って来て。

 折角せっかくのご飯が、冷めちゃうでしょ」



 何やらしっかりした調子と共に、新たに九人目が現れた。

 自分とさほど離れていない、最年長らしき彼女は、懐月なつきの前に立ち、一礼した。



「初めまして。希新きさらって言います。

 守真伊すまい 懐月なつきさん、ですよね? 話は、彼から聞いています。

 ご案内しますので、こちらへお越しください」

「え?

 え、ええ。

 ありがと……」



 やっと話が纏まり、一段落し、懐月なつきは内心ホッとした。

 しかし、安心してばかりもいられない。希新きさらという彼女に、付いて行かなくては。



「ねぇ、ねぇ、お姉さん!」

「んっ!」

 男の子二人が、懐月なつきに手を差し出した。

 繋げ、ということらしい。

 それにしても、少し騒がしいが。



「……今時めずらしく、賢いわね。

 その歳でレディーの扱いを心得ているなんて、将来有望だわ。

 あなた達のような優等生ばかりなら、少子化も少しは脱却出来できるでしょうに。

 親の教育が、しっかり行き届いている証拠かしら。

 あるいは、あたしの人徳、かもしれないわね」



 冗談めかしつつ屈み、目線を合わせ頭をでる懐月なつき



「おばさん扱いしなかったご褒美、及びお礼よ。

 気分がいから、特別に、貸してあげるわ」



「わーい♪」

「やったー♪」



 年相応の反応に、自然と笑みが零れた。

 子供も悪くないわねと思いつつ、懐月なつきは九人によって、本日の宿へと招かれたのだった。

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