第11話 意地悪むすめは赤鬼と白雪姫に出会いましたとさ

 【血涙の赤鬼】グレン。この国では有名なA級冒険者である。普通冒険者はパーティーを組みB級の依頼を達成しギルドに評価されA級パーティー、そして、A級冒険者になる。

 しかし、極稀にソロでA級冒険者になる『異常者』達がいるのだ。その一人がこの【血涙の赤鬼】グレンであった。体中から血を噴きあげながら竜をたった一人で殺したと言われ、街に戻ってきたとき真っ赤な目を伝って流れる大量の血を見た人々が【血涙の赤鬼】と呼び始めた。


(死ぬ!)


 ピコは鬼人族どころか、A級冒険者、しかも、ソロA級のグレンを前に死を覚悟した。

 しかし、まだ希望はあった。ピコには強い味方がいた。バリィ達だ。

 バリィの方に縋るような目を向ける。しかし、ピコの目に映ったのは、迷惑そうにこちらを見つめるバリィだった。


(なんで!? あたしバリィ様の為にここまでやったんですよ!)


「あたしを、捨てるんですか! ねえ!」


 後半は口から出てしまっていた。しかし、バリィはまるで聞こえていないかのようにそっぽを向き、酒を飲み続けている。そんなはずはない。それほどの声だった。


 捨てられた。

 ピコはその事実に打ちのめされそうになったが、それ以上に恐ろしい目の前にある死を避ける方法を必死で考えた。多分バリィの事を説明しても知らぬ存ぜぬで通されるだろう。


(どうする! どうする! どうする!?)


「なんだ、何を言ってやがる! それより早く教え…」

「落ち着きなさいな、赤いの」


 静まり返ったギルド内で凛としたその声が響き渡る。

 声の主は、ギルドの入り口に立っていたこともあり、背に光を受けながらこちらに悠然と歩いてきた。

 その姿に、冒険者も依頼に来ていた平民たちもぼうっと見惚れていた。

 白い肌、白い髪、すべてが真っ白で今にも消えてしまいそうなのに、青玉サファイアのような瞳だけがしっかりと輝きを放っていた。


「美しい……」


 バリィは彼女を見てそう零した。

 その言葉は、腕の中のメエナ、そして、バリィに並々ならぬ情念を燃やすピコの耳には届いていた。


(なんなの!? バリィ様! あの女がそんなにいいですか! あんな……あんな……!)


 ピコは、彼女の欠点をあげようとしたが何も見当たらなかった。

 綺麗な肌と髪、女性らしさがありながらそれでいていやらしさのない均整のとれた身体、少し幼さを感じさせながら気品ある顔立ち、歩く所作も美しい。女性の一つの理想を詰め込んだような姿なのだ。


「うるせえ、白いの。すっこんでろ。ぶっとばすぞ」


 しかし、グレンはその女性の理想など関係ないかのように吐き捨てる。

 白いの、と呼ばれた彼女が手を口元に当て、くすくすと可笑しそうに笑うとグレンはより不機嫌になった。


「てめえ、何笑ってやがる!」

「そんな風に私に気を使わない男性は身内以外で彼とあなたくらいよ」


(彼?)


 ピコは、こんな理想の塊を見て気を使わない男がいるのかと心の中で首を傾げた。

 グレンに関しては野蛮人だと判断しているので除外した。


「そ、そうか」


 何故かグレンは嬉しそうに頬を一瞬緩める。

 その隙をついて、ピコの前に彼女は現れ、身をかがめその唇を開く。


「さっきのカインさんが死んだ、というのは嘘よね?」


 ピコは、その美しさに女性でありながら見惚れていたが、はっと意識を取り戻し、その言葉を飲み込んだ。


(こ、ここで誤解を解くしかない! 今、説明すればこの人が助けてくれるは……)


「もし本当だったら、毒を飲んで私も死ぬ。嘘だったら、私にこんな思いをさせた貴女を、殺すわ」


 雪のような白い肌から溢れる冷気にピコは震えた。


「ねえ、カインさんに会わせてほしいの。なんだったら地獄でもいいから。貴女が案内してくれるよね。カインさんに伝えて。『あの時助けてくれた白雪ホワイトスノーの姫です』って」


 【白雪姫はくせつき】と呼ばれる冒険者が居た。冒険者名は、シア。

 北にあるブラーナ・ドゥイ連合国に属するホワイトスノーの第二王女であり、A級冒険者。しかも、グレンと同じソロA級。その美しさから姫の付く二つ名が名付けられているが、別名【白雪鬼】とも呼ばれているやはり異常者である。


(何故ホワイトスノーの王女がいるのよおお! しかも、カインに何の用なの?)


 シアの登場で静まり返っていたギルドが再びざわめきだす。しかし、そのざわめきも長くはもたない。


「静まりなさい」


 シアの一言でその場が静まり返る。流石王族というべきか、シアの言葉には人が従わされる威厳のようなものがあった。一つ一つの行動に目が釘付けになった。

 シアは白く美しい髪をかきあげ、可愛らしい耳を露にする。

 それだけで男どもは興奮するくらいなのだが、耳を澄ませるその横顔のあまりの美しさに卒倒する者もあらわれた。

 そして、次の彼女の言葉を人々は待った。


「カインさんの足音が、する」


(((((((は?)))))))


 ギルド中の心が一つになった。

 ギルド内が静かになった分、確かに音は聞き取りやすい。

 しかし、足音を聞き分ける?

 そんなことが可能なのかと誰もが疑問に思った。


「本当か!? 白いの」


 グレンはギルド中の心を代弁するかのようにシアに問いかけた。


「黙れ、赤いの。私は今、この音を噛みしめているのよ。静かになさい」

「くっそ! 俺がうさぎの獣人にでも生まれていれば……!」


 よく分からない悔しがり方をするグレンとうっとりと恍惚の表情を見せるシアに対し、あっけにとられ口をぽかんと空けるギルドの人々であったが、次の言葉により大きく口を空けることになる。


「あのー、依頼達成の報告に来た、ん、ですが……」


 ギルドの入り口。もう日も落ちた夜の暗闇から黒髪のうすぼんやりとした男、カインが現れたのだった。

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