第10話 意地悪なむすめがおりましたとさ
冒険者ギルドではバリィ達がウソーの連絡を今か今かと待ち受けていた。
ウソーからカイン捕縛指令をバリィと懇意の受付嬢が受け取り、すぐにバリィに依頼する。
そして、カインを捕縛、ギルドからの報酬は得られ、領主の信頼も手に入る。
それに何よりカインの泣き顔が再び見られる。
バリィは、腕の中のメエナを感じながら、葡萄酒を味わっていた。
メエナは目を閉じ、バリィにしなだれかかっている。
ティナスは相変わらず興味がないようで紙の束に目を落としている。
そして、バリィに憧れる受付嬢はあからさまに不機嫌な顔でバリィとメエナの様子を眺めていた。
(ま、まあ、あの尻軽女は今だけの女よ! 落ち着きなさい、ピコ。バリィ様もすぐに私の元にやってきてくれるに違いないわ)
そう自分に言い聞かせ、受付嬢、ピコは業務に集中しようとする。
とはいえ、バリィからウソーの依頼が来たら最優先にと言われているので、列を溜めないようにだけ心掛けていたので、確認も適当、書類も雑、とにかく早さだけで受付業務を行っていた。今は夕暮、冒険者達も依頼から帰り、報告に来ているピーク時な為、これを乗り越えれば混むことなどない。
いつもならば。
ピコは冒険者たちを適当にあしらいようやく一息つける。と思った瞬間ギルドに飛び込んでくる集団が目に入った。
「な、なんですか!? あなたたちは!」
ピコの一声に視線を向けた集団は、ぱあっと顔を輝かせピコの元に殺到した。
「受付の人だねえ! カインさんに指名依頼ってヤツをお願いしたいんだけどねえ!」
「こっちも頼むカインさんに見てもらいたいものがあるんだ!」
「俺も金は弾むから絶対にカインさんへの指名依頼で頼む!」
(何が起きてるのよう!)
指名依頼。冒険者ギルドではよく知られる上級冒険者の証である。
冒険者は基本的にギルドに出ている依頼を志願して引き受ける。
しかし、例外として依頼主が冒険者を指名してくる場合がある。
所属冒険者に有名な実力者がいる場合がほとんどで、あとは、ごく稀に以前引き受けてくれた冒険者への再度依頼もある。
ごく稀になのは、指名依頼は基本的に指名料がかかる。なので、通常の依頼よりも割高になってしまう。貴族が自分の権力を見せつけるために、という側面もあるためそこそこの額になり、平民が使う制度では基本ないのだ。
しかし、今、やってきた人たちのほとんどが平民。
そして、有名冒険者でも高ステータス冒険者でもないカインを指名してきたのだ。
その様子をあんぐりと口を空けて眺めていたピコであったが視界の端で怒りに震えるバリィを見て慌て始める。
(なんなのよ! これで依頼を引き受けちゃったらあたしがバリィ様に嫌われちゃうじゃない!)
不幸なことに今日受付はピコ一人であった。いや、正確に言えば自業自得なのだが。今日は闇の曜日なのであまり人の動きはないだろうからということで同僚たちをわざと休ませたのだ。もちろん、奥の事務所から助っ人を呼ぶことも出来るのだが、万が一カインの捕縛依頼が他に回れば、バリィに依頼できない可能性がある。
なので、この大勢をピコ一人で捌き続けねばならない。
先程の冒険者対応よりも更に早さ優先でピコは、彼らの依頼を断り続けた。
「いやー、ちょっと今わかんないんですよねえ」
「カイン、そんな冒険者いたかなあ」
「いや、だから、ちょっと今分からないんで!」
「カインなんて冒険者知りませんよ!」
「カイン? 死んじゃったんじゃないですかあ?」
あまりにも多い依頼、視界の端に見えるバリィの様子、一人での受付業務、全てがピコを苛立たせ、どんどん適当な対応をし始めていた。
もう相手も依頼書も見ずに断り始めたピコの元に一人の冒険者がやってきた。
「カインさんに会わせてもらいたいんだが」
「カイン!? 死にましたよ!」
ピコは依頼でもないようなただ会いたいという話をしてきた人間に腹が立ち、叫ぶように言い放った。
「ふざけんなあ!」
と、ピコの大声の数倍大きな声で返された言葉に、大騒ぎだったギルドは静まり返った。
驚いたピコが相手の方を見ると、赤い肌の冒険者が怒りに震え立っていた。
(鬼人族! よりによって)
鬼人族は、
その鬼人族が刺すような視線でピコを睨みつけている。
「カインさんが死ぬわけねえだろう! もし死んだなら誰が! いつ! 殺した! そいつを俺が殺す!」
「は、はえ……あ、あの……」
ピコにはもうそれに答える勇気さえもなかった。嘘や適当だと知られれば殺されるのは自分かもしれない。ただガタガタと震えることしかできなかった。少し下半身が湿っぽかった。
「誰でもいい教えろ! カインさんを殺したヤツを! カインさん! 見ててくれ! 俺が仇を討つ! あの時助けてくれた【血涙の赤鬼】グレンが!」
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