第12話 意地悪むすめは口づけをされましたとさ

「ひとまずお茶でもどーぞお!」


 ピコは最大級のスマイルを見せ、ギルドの個室でお茶をすすめていた。


 少し時間は遡る。

 先程から話にあがっているカインの登場により、指名依頼にやってきた街の人々がカインに殺到した。カインがもみくちゃになっている姿をぼーっと見ながら、ピコは脳をフル回転させていた。


 何故、あの男がここにきた?

 ウソーはどうしたのか?

 バリィ様はどうするつもりなのか?


 そして、


 どうすればこの場を切り抜けられるのか。


 死んだと言っていた人間が現れた。しかも、自分たちが罠に嵌めようとした人間が。

 何故かとてもいい身なりをして、この場に現れたということは恐らくウソーは失敗したのだろう。

 どこからどこまでが明らかになったのかピコには分からなかったが、どちらにせよ、ピコにとっては良い方向に向かうとは思えない。俯きながらそんなことを考えていると、ふと自分の視界に影が入る。見上げると、バリィがそこにいた。自分が心から愛するバリィが。先ほどずっと腕の中でいやらしい顔を見せていたメエナは遠くでこちらを見ている。


 ざまあみろ。やっぱり最後にバリィ様はあたしを助けてくれるんだ。


 少し瞳を潤ませ、熱っぽくバリィを見上げると、その麗しい唇からピコに思いを伝えてくれた。


「この毒でヤツらを殺せ。それがお前の最後の仕事だ」


 は?


 最後の? お前? 最後の?

 ピコには訳が分からなかった。まさかそんな言葉を『バリィ様』が吐くわけがない。首を振りもう一度バリィを見上げるともうそこに彼の姿はなく、彼のいた温もりと手に握らされた赤い包みだけがあった。

 バリィは自分のパーティーの元に戻り、このギルドを後にしようとしていた。

 こちらを振り返りながらメエナが笑っていた。


 あの、女!


 しかし、もう間に合わない。バリィ達は人混みをかき分け帰っていた。

 今から駆け出しても、追いつけるか分からないし、何よりグレンやシア、カインの目を盗んで出られるとは思わなかった。


 もういい。なら、やってやる。


 ピコは大きく息を吸い込みギルド中に声を響かせた。


「皆さん! お静かに! カインさん生きてらしたんですね! 良かったです! お話をお伺いしたいのでこちらへお越しいただけますか、もしよければグレンさん、シアさんも」



 そこからのピコの行動は早かった。有無を言わせず三人を奥へ連れていき、事務所で個室の使用許可を取り付け、代わりの受付をお願いし、お茶を用意、赤い包みの毒も入れた。

 あとは、飲ませるだけだ。


(飲ませたら、裏口。大丈夫。出来る)


 ピコは諦めたわけではなかった。この毒が本物だとすれば、あの三人を殺すことが出来る。

 そうすれば、あとは逃げ出すだけだ。生きてさえいればどうとでも出来る。

 もしかしたら、成功したことをバリィ様が褒めてくれるかもしれない。

 そんなことまで考えていた。


「あ、あの……それより、話を……」

「いやいやいや! カインさんここまでお疲れでしょう! ひとまず喉を潤してくださいよお! それとも何ですかあ、あたしの淹れたお茶は飲めないって言うんですかあ? なんちゃって~」


 精いっぱいの笑顔を浮かべ、ピコはカインに詰め寄る。

 カインは顔を真っ赤にし、俯く。すかさず、カップを持たせようとカインに差し出したカップを手に取ろうとするが、それより先に白い手が伸びる。


「その通りです。カインさん。なんなら私が口移しであげましょうか?」


 シアがカインのカップを手に悪戯っぽく微笑んでいる。


「い、いや、シア。あの、大丈夫、だから。自分で飲める、から」


 カインは身体全体を真っ赤にして、首と手をぶんぶんと振りながら遠慮していた。


「あ、あの-。シアさんも飲んでください。折角入れたので」


 毒が効くのにどの位の時間がかかるか分からないが、出来るだけ同時に飲ませるに越したことはない。なので、余計なことをしてほしくなかった。


「そうだ、カインさんも迷惑そうだろうが。やめろ、白いの」


 グレンは苛立ちを隠そうともせずにシアに苦言を挟む。

 ピコは散々おびえさせられたグレンではあったがこの時ばかりは心から感謝した。


(赤鬼―! あんたいいヤツじゃん! ごめんね! 毒であんたも殺すけど!)


「そうか……残念だ。カインさんに口移しで飲ませてあげたかったな……こんな、風、に!」


 シアはカインのカップのお茶を口に含むと、カインたちとピコの間に合ったテーブルを踏み越え、ピコの頭に腕を回し……ピコに口づけをしたのだった。


 何が起きたのかピコには一瞬分からなかった。

 今日は何回訳の分からない場面に遭遇すればいいのか。

 目の前には美しいシアの顔。口には柔らかな唇。そして、流れ込んでくるお茶……


(お茶!!!!!!)


「げほ! おえ! 何すんのよお! この馬鹿女ぁああ!」


 ピコは声を荒げてシアを突き飛ばした。そして、自分で喉に指を突っ込んで必死に吐き出した。


「おえ! お、ええええええ……」

「どうしたの? 折角貴女が毒をいれてくれたお茶なのに飲めないっていうの? なんちゃって」


 ピコは背筋どころか全身に寒気が走り、かっとなった頭が一瞬で冷え切った。

 バレていた。

 しかも、平然と笑っている。


「ああ、もしかしてファーストキスで怒ってた? いや、貴女みたいな気の多そうな女はもう済ませているわよね。もしかして、私の心配かしら、大丈夫よ。私ももうファーストキスはカインさんで済ませているから」

「あの、あれは人工呼吸みたいなもので……その、本当に、ごめんなさい」


 カインが申し訳なさそうに小さくなっているのを見て、シアはくすくす笑いながらカインの頭を撫でていた。


「なん、で! あんたは平気なのよ!」

「あら? 知らなかった? 私ね、十六の頃、王妃が代わってからずっと命を狙われていたの。一番多かったのが毒。でも、私は死ななかった。死にかけ過ぎて肌も髪も真っ白になっちゃったけど。私に、毒は効かない。私には異名が二つあるの。白雪姫、そして、【毒食姫】《どくはみひめ》」


 ぺろりと出した舌は肌の白さのせいか、恐ろしいほど真っ赤に、ピコには見えた。

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