第8話 嘘吐きおじさんはこらしめられてしまいましたとさ

 正直カインにはこの光景が理解できなかった。

 あの追放された時宿の前で冷たかった街の人達はなんだったのか。

 今、ここで俺をキラキラした目で見てくれているこの人たちは誰だ。

 だが、それを考えている暇はない。領主の元へ急がねばならない。


 いろんな人に礼を言いながら最初に声をかけてくれた御者の元へ向かい馬車に乗せてもらう。大きな馬車で、そこに何人か乗り込んできた。

 そして、服やら髪やらを色々されて、領主の屋敷までたどり着いた。

 今までしたこともないような恰好で慎重に歩き出したカインだったが、門の前で止められた。


「何者だ」

「あ、あの、今日の十八時までに納める予定だった魔導具をお持ちした魔工技師のカインと申します」

「カインだと……あ、あなたは!」

「へ?」

「あの時助けていただいた門番です」


 そこからは同じような流れだった。


「あのとき助けていただいた、この屋敷の使用人です」

「あの時助けていただいたメイドです!」

「あの時助けていただいた庭師だよ!」

「あの時助けてもらった調理師だ!」

「わおーん」


 メイドやら庭師やら調理師やら犬やらに礼を言われながら従者に連れられて、領主の部屋の前までやってきた。最初に案内を買って出てくれた人は主の言葉に逆らってまでカインを通してくれて恐縮しっぱなしだった。


 そして、ようやくカインは領主と対面することが出来たのであった。


(誰だこいつ?)


 ウソーがまず思ったことはそれだった。

 あまりにも立派な服や靴。髪は綺麗に整えられ、ちょっといいにおいがする。

 ギルドであった血と鼻水と泥にまみれた小汚い男はどこに行ったのだ。


「あの、カイン、と申します。魔防布を、お持ちしました」


 しかし、相変わらずのたどたどしい、消え入るような声であのカインだとウソーは確認できた。


「魔防布を持ってきたというがウソーの話では間に合わないということだったのだが?」

「あの、がんばりました」


 実際には、ツールだというあの美女の助力もあったのだがどう説明していいか分からずカインは言いよどんだ。

 それを偽装故の自信のなさだと判断したウソーはニヤリと笑い、領主に申し出た。


「領主様、少し私に確認させていただいても?」

「うむ、よろしく頼む」


 ウソーは、術式設置は苦手だが、持ち前の性格の悪さで穴やミスを見つけるのは大の得意だった。気合を入れて、カインの作ったという魔防布を調べた。だが。


(……な、な、なんだと! か、完璧な術式だ!)


 カインの持ってきたそれは完璧な術式が組まれた魔防布であった。

 しかも、五枚の内三枚は人の手で作られたとは思えないほど恐ろしいくらい均等な間隔で並べられた術式であった。


(ま、まずい! このままでは)


 焦ったウソーは、少しでもほつれを作り出そうと気づかれないよう、完璧な三枚でなくちょっとだけ不揃いな二枚に〈腐食〉の術式を発動させた。

 〈腐食〉はその名の通り、物体を腐食させる闇魔法だった。

 しかし、その術式は防がれるどころか、ウソーの手に発動された。


「ぎゃああああああ!」

「なんだ、何が起きた?」


 領主がウソーとカインに尋ねると、訳が分からないウソーに代わりカインが答えた。


「こちらの魔防布には特殊な術式加工を付与しまして〈反射〉に近い効果を持たせています」


 本来、魔防布は魔法を防ぐ布なのだが、カインは防ぐのならば完璧な方が良いだろうと『完璧に弾く』術式に加工していたのだ。少し術式のバランスが悪く見えたのは反射させる為にカインがあえて術式に『反り』を作っていたせいだった。


 それにより布にかけようとした〈腐食〉の術式がウソーの手にかかり、ウソーの手が腐りかけたのだ。


 正直、カインはウソーが何かしてくることは見抜いていた。カインもそこまで馬鹿ではない。

 そして、もうカインはそこまで甘くはない。徹底的に戦おうと覚悟を決めていたのだ。


「な、なんだと! お前、そのせいで俺の手が腐りかけたんだぞ!」

「何故、腐りかけたんですか?」


 ウソーが食って掛かるが、カインも引かない。

 分が悪いのはウソーだ。ここは黙るしかない。


「ふむ、これはちゃんと魔防布になっているようだな。それどころか、大分上質なもののようだな。で、あれば、ウソーお前は私に嘘を吐いていたのか?」

「い、いえ! 滅相もございません! まさか、完成させているとは……」


 領主ルマンの迫力に思わず出てしまった言葉にウソーは後悔する。


「『まさか、完成させているとは……』? その言葉はどういう意味かね?」

「そ、それは……こ、この男は、今日パーティーを追放されたばかりの低ステータス者でして、少し、信用できないというか……」

「お前は信頼出来ない人間に仕事を依頼したのか?」


 実のところ、ルマンは大体のことを既に理解していた。

 ウソーについては、元々あまりいい噂を聞いておらず、いつか懲らしめてやろうと考えており、その一案として、今回の魔防布の件があった。


「それに、低ステータス者だからなんだというのだ? 彼は、上級な魔防布を作り上げたのだろう。それは評価されるべきことだ」


 そして、カインについても別件で知っていた。

 ルマンは領主として街の情報は常に収集し続けていた。

 それは重要な情報から何気ない世間話まで様々であり、とにかく集めさせた。

 そして、最近そこでよく聞く者が居た。黒髪で大人しめな青年。


 名はカインというらしい。


 カインという名が出なくても、姿の共通点や行動から想像できた。

 とにかく、街で起きた人助け等良い話には彼が出てくる。

 しかも、街だけではなく屋敷の人間もかなりの数が彼に助けられていたのだ。

 しかし、まさか今日、その人物に会えるとは思わなかった。

 聞いた通りの姿、優し気な瞳、ルマンにはどうしても彼がウソーの言うような人物に思えず、ウソーが彼を貶めようとしているだろうことは容易に想像がついた。


「し、しかし! しかし!」


 なおも食い下がろうとするウソーに呆れながら、魔防布を眺めていると、ぱらりと何かが視界の端から落ちた。

 どうやら魔防布の間に挟み込まれていたらしい。

 それを拾うと、何かが書かれた紙のようだった。

 ルマンはそれを読むと、目を見開いた。


「ウソーよ。おとといの夜、お前はどこにいた?」

「は? おととい、ですか……? おとといは……!!!」


 急なルマンからの質問にウソーは首を傾げながらも答えようとしたが、答えるわけにいかないと気づいてしまったのだ。


(お、おとといは、違法賭博場に……)


「六日前は? 十日前は? 射手の月十二の日は?」


 どれもウソーが悪事に手を染めていた日である。何故バレたのか。

 それは、カインが宿に置いてきた美女の仕業なのだが、誰も知るわけがない。


「ここに、お前の悪事に関与した話が事細かにずいぶんと多く書き込まれている……あとでじっくり聞こうか、衛兵!」


 ルマンが衛兵を呼ぶと、己の人生の破滅を悟った、ウソーは再び〈腐食〉の術式を組み上げルマンに放った。


「おのれええええ! 死なば諸共よお!」


 どろどろに濁った闇がルマンに襲い掛かろうとする。


「領主様!!」


 カインが叫ぶが、この距離では間に合わない。

 ルマンは思わず、手に持っていた魔防布で己の身を守る。

 すると、魔防布の術式が発動し、ウソーの〈腐食〉を跳ね返す。

 跳ね返った〈腐食〉はウソーの全身にふりかかり、身体をむしばんでいく。


「あぎゃああ! あ! ああ! 身体が! 身体が腐っていく!」


 身体が腐っていくウソーに対し、カインは憐みの目を向けていた。

 〈腐食〉に対する〈防腐〉の術式は知っていても、〈腐食〉した身体を治す〈回復〉は出来ない。


 自分には何も出来ない。そんな思いと、自分を嵌めようしたウソーに対する怒りがカインに動くことをさせなかった。

 死ぬことはないだろう。

 彼は今までの悪行を償うことになるのだ。


 精々頑張って欲しい。

 カインは、自分は善人ではないと心から思っている。

 他人を助けるのは自分が良く思われたいからだ。

 だから、カインは目の前の悪人に対し良く思われたいとは思えなかった。

 ウソーは散々騒ぎ立てた後、徐々に静かになり、最後は衛兵によって連れていかれたのだった。

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