第2話 親切おにいさんは嘘吐きおじさんに騙されてしまいましたとさ

 周囲の人々はボロボロの姿でみっともなく泣くカインを、侮蔑の目で、好奇の目で、同情の目で、眺めていた。

 手を差し伸べてくれる人は誰もいない。


 少しの間大声で泣くと、現金なもので頭はスッキリし始めていた。

 カインは恥ずかしそうにそっと立ち上がり、その場を後にした。


 そして、その足で冒険者ギルドに向かった。

 理由は簡単。カインには金がなかった。全て奪われたのだ。

 少しの間でいい。静かに過ごしたい。

 野宿も出来なくはなかったが、今夜くらいは暖かいベッドで眠らせてほしかった。

 まだ日は高い。簡単な依頼であればなんとかなるだろう。

 しかし、ツイていない日はとことんツイていない。今日に限って簡単な依頼がないのだ。

 いや、ないのではない、もらえない。


「カインさんに出来そうな依頼ですか。ないです。」


 今、カインの目の前にいるギルドの受付嬢。彼女は何も調べることなくそう言った。


「そ、そんな、何かは、あるんじゃない、ですか?」


 カインが必死になって食らいつくと心底面倒くさそうに受付嬢は答えた。


「バリィ様のパーティー追放されるようなカインさんに出来ることなんてないんですよぉ」


 この言葉で理解した。この受付嬢はバリィ達とつながっている。

 バリィ達からパーティーの変更の申し出が既に出されているとは考えにくい。何故なら、事務もカインが一手にやらされていたし、彼らの行動は基本的に動き出しが遅いのだ。

 では、何故受付嬢が知っているか。事前にバリィ達から聞いていたのだろう。そして、カインには仕事を回さないよう頼んだに違いない。


 カインにとってこれは大きな衝撃だった。ステータスが低いことでパーティーに迷惑は掛けていたかもしれない。しかし、ギルドには迷惑をかけたことなど一度もないはず。

 なのに、なのに、ここまで嫌われていたのか。

 もしかしたら、街ぐるみで自分は嫌がらせを受けるのだろうか。

 そういえば、さっき泣いている時も誰も手を差し伸べてくれなかった。


 なんで! なんで! なんで!


 カインは絶望感に打ちひしがれた。自分のやってきたことはなんだったんだろう。

 カインは嗚咽を漏らした。すると、それを見かねたのかカインに声が掛かる。


「カイン、仕事がないならウチの作業を分けてやろうか」


 カインが顔をあげるとそこにはこの街で魔工技師として働いているウソーがいた。

 ウソーはあまりいい噂を聞かない人物ではあった。だが、今のカインにとってウソーのその言葉は救いの手でしかなかった。まだ希望はある。完全に嫌われているわけではないのだと。


「あ! ありがとうございます! や、やります!」


 カインは溢れる涙を堪えきれず、それでも必死になって答えた。


「そうかそうか、じゃあ、頼むな」


 ウソーはカインの様子を見て満足そうに微笑み、カインの肩に手を置いた。


「は、はい! そ、それで、何をどうすれば?」

「ああ、そうそう。その作業なんだが、今日の十八時までに魔防布二メートル五枚にロナイン術式織り込みだ」


 その言葉を聞き、カインは真っ青になった。


「え……?」


 魔防布。

 それはその名の通り魔法を防ぐ布である。古くから作られている魔導具で、カインにとっても馴染み深いものではある。しかし、今回はその術式が問題だ。

 ロナインは最近開発された術式でとてつもなく複雑な術式なのだ。これを組み込むとなると今からずっと続けても間に合うかどうか。いや、それどころか『カインが生きてられるかどうか』の問題になってくる。


「あの、ロナイン術式で今日の十八時まで、ですか?」

「ああ、そういったが何か?」


 ウソーは肩を握る力を強めてくる。カインは思わず顔を顰めた。


「まさか、引き受けた癖に、出来ないなんて言わないよねえ? これ、領主さまからの依頼なんだけどなあ」


 ハメられた。

 恐らく、ウソーまでがバリィ達の計略だったのだ。

 この依頼は領主、つまりは、貴族からだ。

 これを失敗すれば、よくて追放。場合によっては何かしらの罪に問われ処刑されるかもしれない。バリィはとことんカインを地獄に突き落としたがっているようだった。


 何故、俺がこんな目に合わなければならないんだ……!


 そう叫びだしたかったが、もう四の五の言ってる場合ではない。

 やるならば直ぐに始めなければ。


「ああ、前金で払っておこう。ほら」


 ウソーが投げた金は、魔防布五枚では割に合わないくらい少ない額だった。

 何から何まで。カインはもう疲れていた。

 誰も味方がいない。今だけでもこの状況から早く逃げ出したかった。

 ウソーから布を受け取り、ギルドを出ると、貰った前金を使い宿屋で一室を借りすぐに籠った。


 壁の薄い安宿にも関わらずこの時間のせいか妙に静かな部屋の中でカインは絶望に打ちひしがれていた。

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