鉄の飛翔

式 神楽

第1話 失われた時代

 大空に黒が駆ける。カラカラと音を立てた、鉄で出来た骨が露出する肉の無い翼は赤い。血混じりの硝煙が荒廃の地で燻ぶっていた。

 天使よりも大きく気高い、悪魔よりも無慈悲で怖ろしい翼は地上全てに支配の雨を降らせた。王の言葉は冷酷無情。同胞の骸は鉄屑の玉座を成し、高みの鉄は人畜生の営みを蔑み嘲る。


 灰に煙、火薬に鉄骨。火花が散り、温度の無い眼差しは希望を砕いて絶望を垂らす。

 化物が化物と、怪物が怪物と呼ぶ生きた鉄。


 -その体からは赤錆の臭いがした。




 「遺跡?」

 まだ陽の高い昼間だというのに真赤な顔が賑わう酒場、目の前に座る髭面の男は問いに対して驚いた顔を返した。テーブルには飾りの酒、会話している今でさえ僅かな種を拾おうと聞き耳を立てている。


 「ああそうさ。冒険者の中にも発掘しようと企む者がいる。なんせあそこには、失われた時代が埋まっているんだからな。」

 潜めた声で得意気に。冒険者であり情報屋でもあるこの男の名はボルバザック。冒険者適正試験を受けにギルドへ来たところ彼につかまって話をしているわけだが、なんともまあ話の好きな男だ。書類の確認やらなんだがで待っている時間の暇が潰せているのは都合も良い、幸いには来たばかりの知らず者。


 おしゃべりな彼はこちらの質問にも快く応じてくれた。ここでの一般常識、冒険者という職のこと、そして聞いてもいないあれやこれ。

 「失われた…どういう意味だ?」

 「言葉通りだよ。時代丸ごと消えたのさ、たった一人の浅はかで愚かな欲望によって。」

 しゃがれた声が遥か遠い過去を語る。この世界は一度滅びたのだ。約千年前にそれまで一万年以上も続いた時代の消失と共に、世界の歴史には大きな穴が開いている。


「【鉄の時代】。って言やぁ何か反応するかと思ったが、お前さん本当に何処の生まれなんだ?…まあいい、その時代では生物から無機物まで全てが鉄に支配されていた。」

 聞くのは野暮かとボルバザックは話し始めた。それは長い歴史であり、人間族・獣人族・人魚族・龍人族・魔族・天使族・悪魔族・精霊族…と智に力を有する種らの暗い過去。


 「人々は地に這いつくばり、貪るのは削り落ちた灰滓の残。信じられねえって顔してるな、だが事実さ。食物連鎖、生物上の頂点に君臨していたのは鉄の怪物だった。抵抗なんて無意味、体格も知力も比べ物にならず人を喰らい玩具にする種族。廃れてしまってその名は残っていないがな…。」

 潜めていた声に力が入る。聞き入るつもりは無かった話、しかし熱の籠ったそれが過去の情景を脳裏に描いて行った。


 「憎悪を持つことだってしなかった。それほどまでに鉄が恐ろしかったんだろう。だがある日一人の英雄によって突如終わることとなる。」

 「それが時代が消失した日か。あれ、でもさっきは愚か者だって言ったろう?」

 ああ、と静かに頷いたボルバザックがポケットから何かを取り出す。それは拳大の塊だった。


 「英雄だった、だが愚かでもあったのさ。そいつは老人だったとも、成人しても無い若者だったとも言われているが身なり年齢なんて重要じゃあ無い。そいつは糞ったれの時代が終わることを真に願った。祈った、そして呪ったんだ。」

 飼われるだけの畜生だった人の反旗。ただ武器を持った力に頼る噛みつきは意味を成さない、と悟ったその英雄はある呪いに手を触れた。


 「ロデンクラークの右腕。」

 それまで以上に声を殺し、耳元で聞き取れるか否かの声で言うそれは呪いの触媒。

 「禁忌の名さ。人前で言うもんじゃあ無い、こいつは代償さえ払えばなんでも叶うっつう代物でな。」

 「なんでもか?」

 「ああなんでもさ。死者の蘇生に種の創造、事実こいつの呪いで時代が滅んだんだからな。」

 クツクツと噛むように笑ったボルバザックはそれまで弄っていた塊を目の前に見せつける。


 「これは時代の残りでな。鉄の塊だ。本来右腕に破壊を願えばそれは跡形も無く消えるはず、しかしどうだこれが証拠さ。」

 「つまりその右腕が叶えられる許容を越えていたってことか、もしくは…願ったのは破壊じゃあ無いってことか?」

 パチンッと指を鳴らして彼は笑う。正解だと言わんばかりの表情で塊をこちらの手に握らせた。


 「やっぱお前さんは見た通りだ。英雄だが愚かだった、そいつはなあ右腕に破壊じゃあ無く支配を願ったのさ。傲慢にも鉄の時代の新たな支配者になることをな。」

 愚か者とは言ったものだ。鉄の支配から抜けるためあろうことか自らを支配者にしてくれと、だが右腕の呪いは絶対。当然この願いも聞き届けようとしたのだろう。


 「くくくっ、だがそれまで支配の下で生きて来た者達では思いもよらぬほど、鉄は怪物で強大だった。時代の支配者になるには器が必要、しかし右腕を得た愚か者には支配者たる器が無かった。曲解された願いはその愚者と鉄を道連れに破滅へと向かった…これが失われた歴史の真実ってわけさ。」

 「なるほどな…じゃあこれは歴史を解き明かす為の相当大事なものじゃあ無いか。」

 ゴツゴツとした塊を手の中で回し、感触を確かめる。表面は滑々と手触りは良好、引っ掻いてみても欠けることなく爪痕さえ残らない硬さ。


 「ただの鉄じゃあない。俺たちは【生鉄】って呼んで区別しているが現代のものとは比べようもない程に別物さ。現代の鉄を【廃鉄】って呼ぶのもしょうがない、それほどまでに存在値がかけ離れている。」

 冷たい塊からは鼓動さえ感じない、が確かに言われてみれば知るそれとはどことなく別物の存在を感じる。ここには来たばかりだというのに何か大きなことに首を突っ込んでしまった気がするが、聞いた話を忘れるにはあまりに内容が濃すぎる。


 「遺跡にはその生鉄とかが埋まってるってわけか。」

 「ま、現代の技術じゃあ加工さえ出来ねえがな。蒐集家には名前だけで売れるのさ。」

 呪いを逃れた鉄屑が世界中の遺跡にあると言う。ただの塊にしか見えないものが莫大な金に代わるのだからなるほど血眼で探すのも頷ける。

 

 「蒐集家は自分達で発掘をしようとはしないのか?世界中に遺跡はあるんだろう、やっぱ門番みたいな怪物が守ってるとか?」

 残っているとはいえ数は少ないだろう生鉄、貴重なそれが他人の手に渡るのを避けたいのならば自ら遺跡を探索すればいい。

 だがそんな素人の容易な考えではいけないのだろう、ボルバザックは鉄の怪物は滅びたと言えど遺跡には危険が蔓延っているのだと言う。


 「温かいんだ。」

 「温かい?」

 何を言うのかと思えば遺跡の温度の話。しかしこれが単純な話に見えて以外にも大事な事だった。


 「ああ。生鉄が眠る遺跡の中はたとえ外界で厳しい寒風が吹き荒れようと、静かで暖かく住みやすい。生きた鉄の温度によってな。それは小さな塊だから分からんが、もっと大きなものになると体温もあれば鼓動するものもある。」

 つまりは鉄の遺跡というのは生物にとってとても住みやすい安全な家であるのだ。人が探索に向かえば当然と言っていいほど中には沢山の魔獣が住み着いている。そんなわけで蒐集家達は生鉄の捜索を冒険者に依頼するのだ。


 「なるほどな、納得いったよ。」

 冒険者にとってはただの屑鉄、しかし蒐集家にとっては貴重な宝石。需要と供給というのはどの世界でも合致して然るべきものなのだ。


 「だろう?どうだお前さんも遺跡の発掘をしてみるのは。」

 「稼ぎの種をくれたのは感謝するが、俺は駆け出してもねえ。行ってくるよ。」

 受付の方から自分の名前を呼ぶ声がした。どうやら書類審査が終わったらしい。後は実技試験を終えた後晴れて冒険者登録が済む。退屈な待ち時間であったが有意義に過ごせたと、塊を返して椅子を立とうとした時。ボルバザックがその手を抑えて立ち上がるのを制した。


 「まあ待て。お前さん冒険者になるんだろう、活動には何かとこれが入用だ…そこでだ、俺と取引しようじゃあねえか。」

 強引に引き戻されて椅子に座る。これ、とハンドサインはお金のこと示す。なるほど話が見えて来た。急に遺跡の事を教えたのはおしゃべりが故ではなかったのだ。


 「お前、冒険者とか情報屋とかいうのは嘘かぁ?」

 「嘘じゃあねえぜ傍らに小銭稼ぎをしてるだけさ。ただ俺では遺跡の魔物を倒すのにはちょいとばかし骨が折れる。」

 そう、このボルバザックという男の本性は蒐集家。こうして酒場に入り浸り酒も飲まず、聞き耳を立てて優秀な冒険者を勧誘しているのだった。


 「雇われねえか?」

 「冒険者にもなってねえ俺をか?」

 おかしいだろう。ただの冒険者、情報屋にしてはやけに詳しいとは思っていた。結局のところ蒐集家であり、そのことを隠されていたのはどうでも良い。ただ不思議なのは名も無い自分に、しかも冒険者でも無い身を誘って来たことだ。虚実を着飾る奴は躊躇いなく嘘を吐く、疑いの目線を向けられていることに気が付いたボルバザックは落ち着けと真剣な表情で諭した。


 「人を見る目はあるつもりさ。お前さんからはどことなく普通とは別の、何か違うにおいがした。上手く言葉に出来ねえがな、ははっ。…だが目と鼻は良いんだぜ?」

 じっと目を見詰めて真偽を問う。得意気に笑った彼の眼は逸らされることなく、ただ褒め包んでやろうという魂胆は見えなかった。


 少し考えてしまう。確かに金は必要、冒険者にも金を稼いで生きていくために登録志願をした。しかし聞けば魔物は魔物でも小物であれば草を売るのに等しいらしい。身を賭けて危険に挑むのに対価が侘しければ意味が無い。反対にどうだ、こっちの話に乗れば危険は多かれどその分以上の対価が得られる。


 もう少し、ボルバザックの提案に手を伸ばそうかと思ったその時だった。

 「堂々と引き抜きとは、感心しないなあボルバザック。」

 「げっ。」

 見つかった、とまずい顔をした彼がその声から目を反らす。酒場の喧騒の中透き通るその声は凛々しく、そして力強く響いた。

 声の主に目を向けると短髪の女性が書類を手に立っている。芯の通った立ち姿はまるで剣のような鋭さと美しさを持っていた。


 「来ないと思って来てみれば。オボロ・ツキヨ、志願書はとっくに書類審査合格の印を押したのだが…君はそれよりも髭面の話に夢中のようだ。それに二重契約は望みじゃあ無い。」

 ふっ、と軽い笑みを浮かべて紙に書かれた名前を読み上げる。そう言えば受付に呼ばれていたのを思い出す。引き留められてすっかり忘れていたが、どうやら探しに来てくれたらしい。


 「まってっまって!いや全然、俺は冒険者になりに来たんで。あはは何のことだろう、ヤダなこんなおっさんと契約なんかしないですよははは…」

 素直に立ちあがったのは彼女の鋭い眼光が恐ろしかったわけじゃあない、決して。しかし軍人のようにビシッと敬礼したのはただの反射だ。


 「かー酷いぜギルド長。俺だって真剣に、」

 「なんだ、ボルバザック・レッドリード。これを剥奪されに来たのだったら早く言わないか、お前さん違反点が溜まっているし丁度良いな。」

 だれかと思えばこの女性ギルドの長なのか。彼女の手には一枚のプレートが摘まんであり、そこには彼の本名が綴られている。あれがギルドの一員である証なのだろう。職権乱用だと言ったって無駄、ここの王は彼女。


 さて、敬礼するのが二人に増えた酒場では皆が静かになって成り行きを見守っている。どうやら隣の彼が怒られているのは恒例のことらしく、周りからはまたかと憐みの声が漏れ出ていた。


 「ボルバザック、ぬるくなった酒を飲み干して働くのならば見逃してやろう。だがツキヨお前は別だ、受付が何度も呼んだというのに来ない。少々、罰が必要だなあ?」

 言うが早いか、耳元でお先にと言い捨てたボルバザックが挑発的に笑って素早く酒を飲み干すと逃げるようにギルドから出ていった。あいつは必ず殴る、そう決めたが一先ず不味いことになった。


 罰、と聞いて怯えるが彼女は何もしてこない。ついて来いと言われて彼女を追うこと数分、目を奪われていた綺麗な背中が止まる。気が付けば地面は砂、いつの間にか壁に囲まれた広い場所へと誘導されていた。円形のそこは簡素な造りで、ここで行われることがすぐに分かった。見覚えのある、何処に行ったって変わらないここは闘技場だ。

 

 「ここは実力を見るための模擬戦闘をしてもらう闘技場だ。本来試験官には先達の冒険者を充てるはずだが、ツキヨは私が直々に相手してやろう。」

 振り返った彼女は好戦的にそう言った。フフフフと不気味な笑い声に身を竦める。本当に不味い事になった、嗚呼あのおっさんを無視していれば…心の中で涙を流していたところ遠くから、頑張れよーと励ましの声がした。こんな自分を励ましてくれる人がいるのかと、送った目線の先奴は笑っている。


 「二発殴る。」

 思わず声に出してしまった。しかしあのムカつく表情はへこませなければ気が済まない。

 「おっ。その意気だ、私も本気で相手しようじゃあないか!」

 「あいや違うんですぅ!あなたに言ったわけじゃあ、…あのーできればものすっごく手加減して!!」

 離れて立ち位置についたギルド長に聞こえてしまったらしい。違うのあなたに言ったわけじゃあないの、その弁明は届かずどうやら彼女の戦闘欲に火をつけてしまったらしい。


 「木剣それを使え、先も丸めてあるし刃も無い。安心して振り回すと良い。」

 足元に横たわる木剣を手に取り一応の構えをとる。確かに書類には剣の取り扱いに丸を付けたが、あれは他に何も出来ずとにかく採用して欲しいという願望の嘘なのだ。格好つけて戦闘経験ありとも書いたが小さい頃光る玩具の剣を振り回して枝と剣の両方を折った経験しか無いのだ。


 しかしそんな事を言い訳する暇も無く、彼女は堂に入った構えで剣先をこちらに向けた。濃密な覇気がこちらを射貫いている。

 「さあ、始めよう!ちなみに戦闘継続が出来ないと判断するまでに一発入れられなければ不合格だ!」

 「ちょ、それ聞いてな…っ!!」

 合図も無く、そして厳しい条件が言い放たれた瞬間始まった模擬戦闘。一瞬ギルド長の体がぶれたと認識した瞬間頭に感じた確かな危険信号に身を屈ませる。直後そこには刈り取るような一撃が通過した。


 「やるなぁ。」

 感心してもらっている間に慌てて間合いを取るオボロ。握る木剣に手汗が染み込んでいく。


 「死ぬっ!」

 「死なないさ、多分な!」

 すかさず詰められた間合いに鋭い突きが放たれる。右に左に、服が破けながらも必死に避ける。辛うじて喰らってはいないが既に心は満身創痍、刃は無いと言っていただろうにあれは嘘だ確実にこちらの身を削り取る可能性がある。


 「…ふむ。」

 連続突きが止んだその隙に後退して壁に寄り掛かる。肉体的疲労は無いが彼女の攻撃は一つ一つ強力、受けるのは危ないという事実が精神を疲れさせていた。

 彼女は木剣を下ろして考え込むと再び剣先を向けて目を細めた。何か作戦でも練っていたのだろうか、こちらはどうするか考えている最中だというのに。


 「難しいことは考えるな。どうやら戦闘経験があるというのは嘘のようだが、それも気にしない。」

 すると彼女が嬉しい事を言う。来い、と挑発的に手招くと口角を上げて鼻で笑った。


 なんだいいのか。それなら作戦なんていらねえ、がむしゃらに行くだけだ。

 彼は考えていた。どうやって彼女の攻撃を避けようか、どうやって彼女に一撃入れようか…なんてことじゃあ無く、書類に書いた戦闘経験ありという嘘をと。


 手の力を抜き構えていた木剣をぶらりと下げる。肉体の緊張は思考を動きだけでなく思考も拗らせる。硬直を解くのには全身の力を抜いて深呼吸が一番だ。


 「ほう…」

 朧の纏う雰囲気が一変したのをギルド長であるルナリアも、そして小さく設けられた観客席のボルバザックも感じ取っていた。

 どうやら攻めてくる気は薄いようで、こちらの攻撃を待っている。面白い、と思わず笑みをこぼしたルナリアが片手に握る木剣を朧に向けた。


 本気とは言えど相手は初戦闘のひよっこ。当然手加減はしていた、しかし弱弱しい攻撃をしたわけでは無い。最初の突きも続く連撃も相応の力を込めて放ったが悉く掠るだけ、肉体の持つ潜在能力は相当なものだ。それを決定付けるかのように続く袈裟の振りは服に掠ることも無く避けられる、加えて驚くことに避けた力を利用しての回し蹴り。


 「はっ!」

 思わず剣を反して受けてしまった。試験官は当然登録に来た志願者を試すことが求められる。良い攻撃だと感じたものは甘んじて喰らうのが通常。しかし今の蹴りはあまりにも自然で、つい反射で受けてしまったのだ。笑い飛ばすのも無理は無い、彼は天性のものを持っている。


 「戦闘経験なしか。喧嘩は?」

 「人を傷つけるのは良くないって教えられたんだ。だからー…」

 「…で、何勝だ。」

 「無敗!」

 今度は朧が前に出る。右手に持った木剣の振りはそれはそれは酷いもの、だが大振りにしのばせて打つ左拳は的確だ。


 「こっの!」

 一撃も当たらない。攻めているというのにギルド長を退けることが出来ずにいた。それどころか彼女は一歩、また一歩と足を前に出してくる。ついには両足の間に入り込まれバランスを崩される。非情にまずい、左手は剣に防がれ手を着いて蹴り入れるにも剣が邪魔だ。


 「くそ…っ。」

 「剣は捨てろ。ほら、かかって来い!」

 左手を掴まれ、がら空きの胴体に彼女剣が降りかかる。木剣の先は腹の真ん中を貫こうとしている、喰らえば気絶は免れない。でも終わりではない、彼女の言葉はしっかりと聞いていた。


 木剣を宙に投げた朧。空いた右手で地を掴むと、体重を出来るだけ乗せた左の蹴りを放った。その蹴りは剣で防がれるが狙い通り。右手の反発で起き上がり、渾身の頭突きを繰り出した。


 「良いぞオボロ、が甘かったな。」

 最早試験であることを忘れていたルナリアは朧の頭突きを同じく迎え打つ。予想していたインパクトの寸前で合わせられた朧は反対に強力な一撃を喰らうこととなった。

 脳が揺れ、朦朧と気が遠くなる。その時ぼやけて来た視界には投げ放った木剣が。クルクルと回転し落ちて来たのは丁度頭の上。


 最後の力で木剣の刃を噛みついて受け止めると、食いしばって木剣を振り投げた。

 コツンッ、と弱弱しい音だった。

 「へへっ…か、ちぃ……。」

 木剣の柄先がギルド長の頭を小突く。意識を失う直前、ダメージなんて微塵も無いがしかし確かな一撃だった。


 「ぷはぁっっ!おもしれえ!!」

 遠くでムカつく笑い声がしたが言い返すことは出来ず、暗くなっていく思考で三発殴ることを決めながら闇の中に落ちていった。


 「合格!」

 その一言が大きな笑い声とともに闘技場に響いた。 

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鉄の飛翔 式 神楽 @Shiki_kagura

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