探しもの

 広間にひしめいていた不死者を退けた私たちは、先を急ぎます。

 古代の帝国の遺跡ということですが、少し妙なことに気が付きました。


 ここは紛うことなき地の底です。

 なのに、なぜ壁に「窓」があるのでしょう?


「サラトガさん、少し奇妙なことに気付いたのですが……」

「なんだい?」


「ここは地下ですよね? なのになぜ壁に『窓』があるのでしょう?」


「良い所に気がついたね。――もちろん、外を見るためさ」


「窓の外には土しか見えんが?」


 捨て犬さんは窓からこぼれる土に触れ、手の上で転がしました。しかし、その土はまとまりがなく、灰のようにサラサラと流れていきます。


「土というよりは、まるで灰だな」


「きっと狂星の巻き上げた灰と土に埋もれたんだろうね」


「なるほど。地上の建物がそのまま地下室に。そして地上に建物を追加した?」


「そんなところだろうね」


「帝国の連中は、なかなかにしぶとい連中だったんだな」

「すっ転んでも、手に何かつかんでから起き上がろうとする、そんな奴らか」


「その諦めの悪さが災いしたんだろうさ」


「……といいますと?」


「死んでも死にきれない、その文字通りのことを、今さっき見ただろう?」

「なるほど」


 私達の進んだ先には、硫黄の匂いが立ち込める空間がありました。

 恐らくここが爆破された箇所でしょう。


 壁と床、その周囲は黒く焼け焦げ、細かい砂岩の破片が転がっています。

 そして地面は、赤黒くなった特徴的な砂で覆われています。


「ここが爆破された場所ですね。強い硫黄の匂いがします」


「石運びをしなくて済むのは助かるな。

――あとは、骨折り損にならないといいがな」


 シリウスさんの言葉を受けて、サラトガさんが彼の脇をつつきます。

 すこし嬉しそうな声で「あいたっ」と叫ぶ彼に、つい吹き出してしまいました。


「うまいこと言ったつもりかい」

「ダメか?」

「同じ冗談をもう100回は聞いたね」

「さすがはエルフ……」


 手厳しいですね……。

 長命なエルフだけあって、ネタかぶりを避けるのは難しそうです。

 それはともかく、爆破された入り口の先を覗いてみます。


 部屋の中は、なるほど……これはすごい。


 内部は古代の図書館のようです。

 部屋には巻物が収められた、たくさんの棚があります。


 棚には格子を斜めにしたひし形の空間が多数用意されていて、いくつかは蜜蝋で厳重に封印されています。きっと劣化するのを防ぐためでしょう。


 これは、図書館というより、文書保管庫といった性格が強そうですね。


 おや? 私達より先に侵入した者たちが、いくつかの巻物を、部屋にある長机の上に広げているようです。ちょっと見てみますか。


 ――これは……そうきましたか。


「古代の魔法図書館ですか。ここに書かれている内容は、死霊術ネクロマンシーのようですね」


「わかるのか?」


「はい。机の上に置かれているのは、死霊術の基本。人骨をスケルトンとして動かす、『アニメイトデッド』の理論が書かれているようです」


「すげぇな。じゃあカマラさんもやろうとすれば、これができるのか?」


「いえ……呪文、『力の言葉』まで読み取ったわけではないので。併記されている絵図面や、薬草、秘薬の類からの想像です」


「すくなくとも、人骨を使った美味しいスープのレシピではなさそうだけどね」


 サラトガさんはそう言って、広げられている巻物、そこに書かれていた文字を、鉄板と分厚いグローブで覆われた指でなぞります。


「ふむ、我失われし輝きをまねかん――死霊術の言い回しに違いないね」


「ブレイズは、スケルトンを雇うつもりなのか? まあ少なくとも、待遇のことで口うるさく文句を言う連中ではなさそうだが」


「ふとおもったのですが、もしかすると、ドーキンさんの一件は――」


「カマラさん、俺も同じことを考えていた。連中が目的としていたのは、リバーミルの支配だけじゃなくて、この遺跡だったのかもな」


「へぇ、あんたら、なかなか面白そうなことに首を突っ込んでるね」


 私達の会話にサラトガさんは興味を示します。

 少し嫌な予感がしましたが、彼女の知恵も借りるべきと思い、これまでの経緯を彼女に説明しました。


「――たかが、といっちゃなんだけど、決闘であっさり引き下がったのは、リバーミル自体は、それほど重要視していなかったんだろうね」


「本当の目的は、この遺跡にあったということか?」


「だと思います。ここの蔵書はみるからに結構な量ですから……全てを運び出すにしても、そうとうな手間がかかるでしょう」


「堂々と往来して持ち運ぶために、戦争の危険を犯してまで国境を伸ばす?」

「どうにも手段と目的がごっちゃになっている感じがするな」


「シリウスとかいったかい? たしかにあんたの言うとおりだ。どうにも妙だよ。まるで、これができたら全てが上手くいく、そんな感じだね」


「……すげぇ嫌な予感がしてきた」

「私もです」


 私たちは古代の文書保管庫の中をもっと調べることにして、奥へ進みます。

 そして、文書保管庫の奥で、双頭の鷲の像を発見しました。


 像はとても大きく、シリウスさんのニ倍くらいの背丈があります。そのあまりの迫力に圧倒され、息を呑みましたが、ここで私はあることに気が付きました。


 鷲の像は片手に剣、もう片方に巻物を模した鉄の筒を持っていますが、これは像の一部ではありません。もう一方の剣と違って、本物の巻物を象ったケースです。


「あの像、何かもっていますね?」


「如何にもって感じだが、連中の探しものはこれか?」


「どうだろうね? ほらワン公、あんたの出番だよ」


「……ほいきた、わんわんっと」


 シリウスさんはさっと像によじ登ると、筒をワシの手から奪い取り、サラトガさんへ放り投げました。彼女はこともなげに回転して飛んでくるそれを受け取ると、それを持って長机のところまで戻ります。


「表でくたばっていた連中、やつらの探しものはなんだったのかね?」


 サラトガさんは鉄の筒から中身を取り出すと、それを長机に広げます。

 長机に広げられた羊皮紙は、何枚かを糸で繋げた、とても大きいものです。


「これは、地図のようですが……」


 黄ばんだ用紙には、現代よりも詳細で高度な地図が製図されています。

 しかし、地形の形をしめす等高線には乱れがあり、白紙の部分もあります。


 未完成の地図? なんでこんなものを?


「ふむ、地図に注釈が書き加えられているね。ちょっと読み解いてみよう」


 サラトガさんは文字を指でなぞり、喉の奥で小さく言葉をつなげます。

 しかしその表情は次第に固くなっていきます。


『……流れる――砕け――降り注いだ……星々?』


「サラトガさん、ひょっとして……」


「ああ、これは……狂星、それの落ちた場所を示す地図だよ」

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