ネクロサヴァント

 遺跡の内部に侵入した私たちは、オウガさんに松明を任せ、中を探ります。


 パーティの先頭を行くのはシリウスさん、殿しんがりはサラトガさんです。そして捨て犬さんの後ろについているのが私、その後ろがオウガさんです。


 しかし……遺跡の廊下が狭いのもあるのですが、前を行くシリウスさんの背中が大きいせいで、前がまったく見えませんね。


「何かあったら言ってくださいねー」

「おー。」


 少し呑気すぎるでしょうか?


 さて、ここはアマルテイア新生帝国の遺跡ということでしたが、壁を見るだけでも、彼らが私達より高い建築技術を持っていたことが伺えますね。


 地下室を作っているブロックや内壁のモルタルは長い年月を経てもその姿を保ったままで、つい最近作られたかのように、角がしっかりしています。


「すごい建物ですね。アーチもしっかり残っています」


「ここまで美しく残っているのは珍しいな。略奪に合わなかったんだな」


「略奪ですか?」


「カマラ、考えてもみなよ。あんなにキレイさっぱり、残骸も残さずに建物が消えるわけ無いだろう? 主がいなくなったから、持っていかれたのさ」


「……建物自体を略奪したんですか?」


「多くの遺跡は石切場にされたのさ。自然石を四角く切り出すのは苦労するけど、建物から盗めば、ブロックを運ぶだけで済むからね」


「ちゃっかりしていますね……祖先に対する敬意とかは無かったんでしょうか?」


「さあね? 敵意ならあったんじゃないかな」


「敵意ですか? ……やはり帝国では、亜人に対する迫害か何かが?」


「何も確かな事はわからないけどね」


「おしゃべりはそこまでだ。何かいるぞ? ……遺跡にありがちなやつだな」


「……。よく見えませんね」


 私はしゃがみ込み、シリウスさんの股の下から前を除きます。

 眼の前では黄色く汚れた骨が歩いています。――スケルトンですか。


 スケルトンは不死者の中でもありふれた存在です。

 捨て犬さんの股の下から見た彼らは、緑色の錆が浮いた兜に、切っ先の欠けた槍を構え、腐った木の盾で壁を作っていました。


「スケルトンが隊列を組んでいるのは初めて見ました」


「ハッ、これから嫌になるほど見ることになるよ」


「ったく、狭っ苦しいところにみっちり詰まりやがって」


「だからあんたを先鋒にしたんだ。しっかり働いとくれよ」


「へっ、ウチのばーちゃんより人使いが荒いな。まあいっちょやるか」


<ウォォォン>とひと吠えしたシリウスさんは、姿勢を低くすると、盾を並べ、槍を突き出しているスケルトンの列に突進します。


 スケルトンたちは、まるでお互いが紐で繋がれているかのように、一糸乱れぬ動きでそれに応えます。盾を持ち上げ、その身を完全に盾に隠すと、槍の石突を地面につけ、次に来る衝突に備えました。


 しかしバカ正直に槍の壁に突っ込む捨て犬さんではありません。


 彼は壁を走り、槍の壁の上を越えると、隊列の後ろへ回り込み、その両腕を振り回して、防護の後ろからスケルトンたちを蹂躙じゅうりんします。


 彼が腕を振り回すたびに、数体のスケルトンが乾いた音を立て、砕かれ、骨を撒き散らします。しかし、それでも彼らは恐怖しません。

 腐った盾を掲げ、小脇に抱えた短槍を腰だめに構えて突き出します。


「ええい! うざったい!!」


 しかしその抵抗も虚しく、スケルトン達は人狼と化したシリウスさんの爪で砕け散っていきます。骨折り損とはまさにこのことですね。

 通路を塞いでいたスケルトン達は、あっというまに排除されました。


「だ、大丈夫? また起き上がったりしない?」


「心配なら、背骨と骨盤を踏み砕いておきな。そうすりゃ平気だ」


「なるほど。背骨を折って根性なしSpineLessにするってわけか」


 サラトガさんの助言を受け、シリウスさんはその筋肉質な足でスケルトンの背骨を踏み抜いて、とどめを刺します。


「そんなところだね。ガレキで封鎖されていたのはこの先の広間なんだが……」


「スケルトンがこんだけ出てきてるってことは、敵でいっぱいなんじゃないか?」


「もうひと働きしてもらうことになりそうだね」


「へいへい」


 広間に出ると、彼女の言った通り、スケルトンが並んでいます。

 そしてその隊列の後ろには――


「間違いない、ネクロサヴァントだ。注意しな、奇襲を仕掛けてくるよ」


 まず目に入るのは、褐色の干からびた肌に、ミイラと見まごうような頭部。

 そして彼らは、古代の神官風の戦装束を身にまとっていて、それには金の装身具がジャラジャラとついています。あれだけでも、かなりの値打ち物ですね。


 そして手には、先端が大きなカーブを描き、手元で直線になっている剣を持っています。なるほど、あれが「ケペシュ」というものですか。


「神官風の格好をしていますが、彼らも魔術師だったのでしょうか?」


「そう思ったほうが良いね、くるよ!」


<Husarrrrl!!ForZiiEmpierrrr!!>


 ネクロサヴァントが肺を病んだ雄鶏のような声を上げると、その号令に従って、盾の壁が打ち鳴らされ、こちらに向かって前進してきます。


「こりゃすごい。」


 木と木を打ち鳴らし、進んでくる姿は、相手が骨といえど、中々の迫力です。

 このままだと部屋の隅に追い詰められて、そろって串刺しですね。

 もちろんそんな事は、彼が許しませんが。


<ウォォォ!>


 シリウスさんは隊列の端に跳びました。

 彼はスケルトンたちの隊列の弱点を突きました。盾の壁は強力ですが、隊列の端の防御は貧弱です。特に盾を持っていない武器側は防御が弱い。

 そこから攻撃を仕掛けられると、スケルトンは何もできません。


<ウルァ!>


 突進を仕掛け、5,6体のスケルトンを吹き飛ばします。

 武器と盾、そして黄ばんだ骨と兜が散弾のように派手に飛び散りました。


 それを見て気色ばんだのは、盾の後ろに隠れていたネクロサヴァントです。

 未知の言語で号令をかけると、その姿をかき消しました。


 ――来る!

 

 刹那、バサバサと羽音がして、私達の背後に干からびた戦士が現れます。

 そして振るわれる鎌剣。

 私はとっさに白木の杖を振るい、剣を持っていた手を打ち、剣撃を牽制する。

 パコンと乾いた音がして、不死者は呪うような声を発しました。


 <Zhall!>


 奇襲に失敗した不死者は、現れたときと同じように、その姿をかき消す。


 私は初めて鎌剣を見ましたが、剣全体が古めかしいのに、その刃先だけが妙に艷やかなのが印象に残りました。あれで外の犠牲者たちを仕留めたのでしょうね。


<Shhaaaaaaa!>


 しわがれた悲鳴が聞こえ、反射的にそちらの方を見る。


 ――おぉ。


 悲鳴の先を見ると、サラトガさんを襲ったネクロサヴァントが一刀のもとにその首を落とされていました。さすがの手際です。


「わわ、こっちにもきてるよ!!」


<Zhall!!>


 サラトガさんには敵わないと見たのか、残りがこちらに向かってきます。

 これはちょっと困りました。 


「オウガさん、お借りしますね」

「えっ?!」


 私は彼の腰にあった剣を抜くと、両手でもって構えます。

 そして息を深く吸い……来る!


 ――それっ!


 私達の背後に回ったネクロサヴァントに、銀剣の一撃を加えます。

 銀で軽いのが助かりました。鋼ではそう簡単に振り回せません。


<Shhaaa!!>


 顔面を断ち割られ、傷から緑の煙を吹いて不死者は灰になりました。

 銀の剣は効果てきめんですね。


 しかしネクロサヴァンとは思ったより大したことありません。

 何をするのかわかっていれば、奇襲は奇襲じゃありませんね。


 ――そこ!


 死角から襲うのがわかっていれば、既に答え合わせができているような物です。

 私が突き出した剣は不死者の口蓋を捉え、刺し貫いて灰に変えます。

 スケルトンとネクロサヴァントの殲滅は、そう苦労せずに終わりました。


 骨の山の上に立つシリウスさんは、剣を手にする私を不思議そうに見ています。

 はて?


「カマラさんって、剣使えたのか……」


「あれ?前言いませんでしたっけ? 私が剣士だったらどうしますって」


「それ、冗談だと思ってたぜ?」


「魔法だけでどうにかなることのほうが少ないからね。白魔女だからって、武技を収めてないとは一言も言ってないだろ?」


「そりゃそうだが、イメージってもんがな?」


「そいつはすまなかったね。純朴な少年の夢を壊したかな」


 肩をすくめるシリウスさんに、ちょっと笑ってしまいました。

 騙そうとしたのではなく、使う機会がなかっただけなんですが。


「さぁ、夜が明ける前に、先を急ぎましょう」


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