不完全な死者
「こいつは……一体何が起きた?」
シリウスさんは、腹の奥から出したような低い声でうめきます。
戦なれしているはずの、彼でさえ息を呑む光景が広がっていました。
私達がサラトガさんに導かれてやってきた遺跡は、ほぼ自然に還っています。
大きな建物の土台はありますが、建物自体は跡形もありません。きっと往時は、その威光を周囲に誇っていたのでしょうが……。
今や全てが完全に瓦礫と化しています。石と木しかない、退屈な場所。
しかしこの場所に、とても凄惨な光景が広がっています。
幅広の葉を持つ樹の枝に引っかかった死体は真っ二つに割れ、その中身を地面にこぼし、白い石を赤黒く染めています。そして地面には……正確な人数はようとして知れませんが、たくさんの手足と頭が無造作に転がっていました。
「まるで、全身が剣で出来ている竜巻が通り過ぎた後のようですね」
「こりゃ、手遅れだったか?」
私に向かって声を発したシリウスさんは、既に人狼の姿です。
彼は月夜の青白い光をうけて、その輪郭をおぼろげに青白く光らせていました。
捨て犬さんは死体の前に膝をつくと、鼻先を近づけて、スンスンと鳴らします。
「この連中からは、火薬の匂いがするぞ」
「いい鼻をしているな。さては
そう言って捨て犬さんの鼻を褒めるサラトガさんは、甲冑に身を包み、板のような大剣、「板剣」を背負っています。その姿は白魔女というより、歴戦の傭兵といった見た目ですが、これが彼女のスタイルです。
彼女が着ている甲冑は、鉄の板を並べ、鎖で綴じた、いわゆるラメラーアーマーというものです。この鎧は鎖鎧よりも頑丈ですが、動きを阻害しません。
彼女の板剣を使った、大胆な剣技を阻害しないためのものですね。
「な、中身って……まさかこれをしたのって」
「恐らく封鎖された先を探ろうとしたんだろうね。」
小手に包まれた手を口元に運び、考え込む様子を見せるサラトガさんをよそに、オウガさんは続けます。
「外がこんなじゃ、そいつはもう何処かに行っちゃったんじゃ?」
「いや、それはわからんな」
オウガさんの悲鳴のような声を否定したのは、捨て犬さんです。
彼は月光で灰色になった地面を指さしていいます。
「死体になった連中の足跡は遺跡の内側から続いているが、それ以外がない。足跡がないんだ。こういうバケモノに心当たりはあるか? 白魔女さん」
「「それは――」」
サラトガさんと私の声が重なりました。
きまり悪くなり、お互いほほえみ合うと、彼女は手を振り「お先にどうぞ」の意を示しました。彼女が譲ってくれたので、私は思い当たる存在について語ることにしました。
「襲撃者の足跡がないとすると、エンプーサやネクロサヴァントが疑わしいと思います。彼らはコウモリの姿に変じ、足跡を残さずに移動することが出来ますから」
「それと、これだけ散らかしているのに、飛び散った血の少なさが気になります。吸血鬼は血を啜り、味わうのを愉しみとしているので、啜ったのでは?」
「まぁまぁ悪くない考察だね」
彼女の声で、心臓がヒヤッとする。
ああこれは……懐かしい感覚です。お師匠を思い出しますね。
サラトガさんは何かに気付いたように耳をぴんと張ると、転がっている死体に近づいて、その一部を持ち上げました。
「やはりね。断面がキレイすぎる」
拾い上げたものをこちらに放ってきた彼女は、さらに続けます。
私は短く息を吐き後ずさりますが、彼女は「よく見な」と言ってそれを許しません。お師匠を思い出す厳しさです。
「エンプーサはその鎌刃のような手か、牙で切り裂くが、こうもきれいにはならない。出血を強いるため、ノコギリのような鎌刃で、広く、深く切り裂くんだ」
「あっ、確かに」
「あとは死体だけでなく、それ以外にもしっかり目を配ること。盾はあるかな……ふむ、やはりね」
彼女は死体の近くに落ちていたスモールシールドを拾い上げると、その盾の傷を私に示しました。それを見た私は首を傾げざるを得ませんでした。
盾についている傷、それは内側にあるのです。
敵の方を向いている外側ではなく、内側に傷があるとは、実に奇妙です。
「きっとこれは……間違いない『ケペシュ』だね」
「ケペシュ? なんだそれ」
「鎌剣って言ったらわかるかね? 剣先がこう、大きく曲がっていてね、その先を盾に引っ掛けて、グッと引いて構えを引っ剥がすのさ」
「盾をひっぺがしたら、となりの仲間が割って入って、叩き斬る。そういう使い方をする剣さ。剣も戦法も、廃れて久しいけどね」
「どうしてです? 強そうに聞こえますけど」
「ケペシュは先が曲がってるから、突きができないんだ。だから鎖鎧が広まりだすと、ケペシュも戦法も一緒に廃れた。」
なるほど。私達が使う鎖鎧は、切る攻撃に対して強い耐性を持ちます。
一方、槍や剣で突く攻撃には弱い。
だからこれに有効打を打てないケペシュは廃れたのですね。
「時代遅れの武器を使う吸血鬼、それがカマラさんの言ってたやつか? えーと」
「ネクロサヴァント。死の篤学者、死を経験し、それを乗り越えた者たちさ」
「勿体ぶった言い回しだが、不死者ってことでいいのか?」
「それでいいよ。おそらく交渉が決裂したんだろうね――見な」
彼女が地面に転がる死体から取り出し、私達に示したもの。
燃え上がる炎の図案。これは間違いなく「ブレイズ」の記章です。
「なんでブレイズの連中が、越境してまでこんな遺跡で死んでるんだ?」
「それを調べに行くのさ、いまからね」
「あぇっ?! 行くの?!」
「もちろんですよ、オウガさん。このまま捨て置けません」
「そうさ、いま連中が大人しいのは、腹一杯だからさ。このまま放っておいたら、そのうち狩りに出るようになるよ」
「それに……今一網打尽にしなければ、狩りのために各地に散ってしまい、完全に手がつけられなくなります。そうなれば最悪の事態です」
「ブレイズがなぜこの遺跡に来たのか? たしかにそれも気になりますが、まずはこの事態に対処しなければなりません」
「ったく、余計なことしかしねぇな」
「私達にとっちゃ何時ものことだよ。さぁ、先を急ぐよ」
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