アマルテイア神聖帝国
「アマルテイア神聖帝国、ですか」
聞き慣れない言葉を耳にした私は、声に疑問の色を重ねて彼女に尋ねます。
「そう、狂星が落ちてきた時に、存在した国さ」
私の前で、小さくかしこまった様子で座るサラトガさん。
まるでその光景を見てきたかのように、彼女は語りだしました。
「この世界の常識にヒビを入れた狂星。しかし星が堕ちて来る前そのずっとにも、人間は生きていて、国を持っていた」
「国の名はアマルテイア。神聖帝国の名の通り、神の子孫を名乗る一族の血脈に連なる連中が支配していた帝国さ」
「人間だけの国か、しかし神の子孫とは大きく出たもんだ」
「まったくですね」
「ある日、天が裂け、狂星が地に堕ちた。地は波立ち、山々にある村を埋め、海は立ち上がり、沿岸部の村々を飲み込んだ――」
「それは凄まじい災害だったようだよ。今でも足元を掘り起こせば、埋まったままの街が見つかるくらいだからね」
「なるほど、先ほどの帯飾りは、そういった場所から掘り起こされたものですか。しかし、ブレイズ、彼らは何故そこまでして、それを求めるのです?」
「人間しかいなかった時代は、魔法を憎む連中にとっちゃ、よすがなのさ」
「よすがですか……? いったい何の心のより
「魔法なんかなくたって、人は人だけで生きていける。そんなところかね……連中が言うところのアレさ、『人の歴史は人によって紡がれる』とか何とか」
彼女は片眉をさげて、その顔に疑念の色を濃くします。
「――しかし、災害は恵みになった。狂星が堕ちたのを境に。子どもたちに魔術の素養を持つものが現れだした。そして――人ならざるものも生まれた。亜人だ」
「それは……当時の混乱たるや、想像に難くないですね」
「災害で消えたのか、それともその後の混乱で消えたのか? 私達にそれは解らないが、この混乱が原因で消えた街も、いくつかあるだろうな」
喉を鳴らす私に対して、彼女はその語りを止めない。
「当時何があったのか? 完全な年代記は見つかってないから全ては推測さ」
「だが、アマルテイアの人々は、狂喜乱舞したことだろうさ。物語の中にしか存在しない……『魔法』。それがその日を境に実在するようになったんだから」
「……ん? なんで現実に魔法がないのに、物語に魔法が出てきてるんだ? 何かおかしくないか?」
「へぇ、君……なかなか鋭いね」
「シリウスさんは、こういう所によく気がつく方なので」
「そうさ! 僕も彼の気づきにはよく助けられたものさ」
「止めろ、くすぐったい」
「彼らは、突然この地に現れた力のことを、『魔法』と称したが、それが既にある概念、魔法と同じものに見えただけ。と言うのは実際あり得るかもしれないね」
「――だが魔法論に関しては、いったん脇に置いておこう。とにかく重要なのは、彼らにアイデアと手段を与えてしまったことだ」
「アイデアと手段、ですか?」
「彼らは狂星によって発生した災害で、大打撃を受けた。それこそ国が消えるほどの大打撃だ。しかし、彼らには新しい力、魔法が手に入った」
「そしてこう考えたはずだ。アマルテイアは多くの死者を出した。彼らを魔法の力で蘇らせることができないだろうか……と」
「おい、それって……」
「国家規模で
「これも私の推測にすぎないけどね。
――ただ現実問題、今に残る遺跡の内部は、不完全な死者で溢れかえってる」
「……なるほど、何かが見えてきそうですね」
「興味が出てきたかい? なら長話をした甲斐があったってもんだ」
「――カマラさん、なんか厄介ごとの匂いがしてきたぞ?」
「あらあら?」
「あんたは人狼だろ?ひとっ働きしてもらいたいと思ってね」
「ほう?」
「近くにアマルテイアの遺跡があるんだが、最近どこぞの馬鹿者がちょっかいを出したらしくてね。逃げ帰るときに入り口を爆破して塞いだみたいなんだ」
「とんでもねぇことやってんな」
「うむ。今のところ動きはないが、入り口を覆う
「現場は遺跡の深部への入り口で、大勢は入れないし、足場も組めないってんで、たいそう難儀している」
「だとおもったよ、ん?」
「どうしました?」
「俺、まだ一言も、人狼だって言ってないよな?」
「あ、確かにそうですね! さすがサラトガさんです」
「彼女は俺の歯を見て人狼と判断したけど……あんたは何でわかったんだ?」
「体の使い方を見ればわかるさ。人とそれ意外で迷ってる。手の伸ばし方、足の運び方、体の開き方。あんたに自覚はないだろうけどね」
「カマラはまだまだ観察力が足らないね。まだ修行の余地はあるかな?」
「はい。肝に銘じます」
「……白魔女って怖ぇー」
「ところで、サラトガさんがタダ働きするわけ無いですよね?」
「おっと、気付いたか。評議会からの仕事でね、それなりの払いは約束するよ」
やはりですか。評議会というのは、メイビルの街の偉い人たちですね。
きっと勢いでタダ働きさせる気だと思いました。
「情報を教えていただき感謝します。なのでお手伝いは致しましょう」
「ふふっ、助かるよ」
(カマラさんも何気に怖いな)
(シリウスは彼女の尻に敷かれそうだよね)
(バカッ、俺と彼女はそういうんじゃない)
(そうなの? ついてっきり――)
「シリウスさん?」
「ああいや、うん! なんでもない!」
「いえ、夜に出発しようということなんですが、それでよろしいですか?」
「あ、あぁ」
「顔がお赤いですが、熱がないか見ましょうか?」
「いや、大丈夫だ! なんてことない!」
「――それならいいのですが」
「これは、ふむ! なかなか面白くなりそうだね」
「まったく、調子が狂うな」
私たちは、彼女の道場で仮眠をして時間を潰し、ちょうど夜に遺跡にたどりつくよう調整して、現地へと向かいました。
しかし、たどり着いた遺跡の様子は、一見して妙なものでした――
不完全な死者どころか、完全な死者が転がっていたのです。
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