白魔女サラトガ
一夜明け、メイビルに到着した私たちは、その活気に溢れた街の姿を見ることになりました。街の中心を通る大通りでは、人以外の種族も見ることができます。
人より小さいものは、ハーフフットにドワーフ、大きいオークやトロルまで。こんなにデコボコとした人の波を見るのは初めてです。
彼らの異なる文化からなる、装束の複雑な色彩が、わたしの感覚の奥底をくすぐります。人混みに酔うといいますが、目眩のようなものまで感じてしまいますね。
人からそれ以外のものに目を移すと、なるほど。
シリカ帝国に比べると、メイビルには漆喰の塗られた建物は少なく、大小様々な丸い石を積まれた壁が目立ちます。一見すると粗野な作りに見えますが、メイビルがシリカに比べて、建築の技術に劣っているというわけではありません。
建物を形造っている壁、その石と石の間は、紙の一枚も入り込む隙間がないほどに緻密に組まれています。よほど腕のよい石工がいるのでしょう。
焼いたレンガを使った建物が多いシリカとは、対照的に見えますね。
自然石を用いた建物は、湿度を感じられて、こちらのほうが私の好みです。
「メイビルは変わらんな、この荒っぽい感じが良いんだ」
「捨て犬さんはメイビルにお詳しいんですか?」
「まぁ、そこそこってところかな?」
「こんだけいろんな連中がいると、厄介事の種は尽きん。だから俺みたいなのでもやっていける。ま、仁義を通しさえすればの話だがな」
「厄介事ですか? たしかにこの街は、一筋縄ではいかなそうですね」
「で、オウガ、ご友人のサラトガはどこに居るんだ? 街中の占い師や本屋を当たっていくなんて、言わないよな?」
「も、もちろんだとも! こっちだよ!」
オウガさんが、案内した場所、それは街の外れの「剣術道場」でした。
道場の建物は平屋で、その入口の前には低い柵で囲まれた庭があり、10を超えるカカシがずらっと並んでいます。
どうも今日はお休みなのか、門下生らしき人達の姿は見えませんね。
「おい待て、こんなところに魔女――白魔女がいるわけないだろう」
「ひっついてくるために、適当なことを……!」
「いやいや、本当だよ! ここだってば!」
「白魔女が剣を振るうか! そんな奴、居るわけ無いだろ!!」
「あらあら」
「カマラさん、通りに戻って聞こう、こいつはアテにならん」
「そうとは限りませんよ」
「えぇ?」
そのとき、道場の中からダンダンダン!と床の上を走る音がして、扉が開け放たれました。両開きの扉を開け放ったのは、ツンと耳の長いエルフです。
彼女は薄く赤みがかった銀糸のような長髪をゆらし、シリウスさんの前に威風堂々といった様子で仁王立ちします。しかしその身長はシリウスさんの胸のあたりで、私よりも低く、子供と見まごうようです。
「イキがよさそうだな、入門志願か?」
シリウスさんを見上げて、稽古着を着たエルフは言います。
どこかつっけんどんな印象のある言葉に、捨て犬さんは苦笑して答えます。
「いや、そうじゃない。俺たちは、サラトガっていう名前の白魔女さんを探してるんだお嬢ちゃん。嬢ちゃんは知ってるか?」
「おう、オレがそうだぜ」
「えぇ? だって白魔女って、こういうのじゃ?」
そういって私を指差すシリウスさんに、私はつい白木の杖を振るって、そのお尻を叩きます。
「こういうのってなんですか!」
「あいたっ!」
「お、その声はカマラか? 見違えたぜ、人間はすぐデカくなんなぁ」
サラトガさんはニッと笑い、サメのようなギザギザの白い歯を組み合わせた笑顔を私にみせます。子供の頃に見た彼女の印象、そのままですね。
「……どうもお世話になってます」
「ま、あがってけよ。道場だから、大したものは出せんけどなー」
「なんか予想外すぎるんだが、白魔女って、一体何なんだ……?」
「ん―……正義の味方?」
そういった彼女は、ケラケラと冗談めかして笑います。私たちは手を振る彼女に案内され、道場の中に通され、そこで床に座らされます。
「まあ積もる話もあるだろうし、色々と外の話を聞かせてくれよ」
箱座りをする私達を前に、彼女はソーサーに厚みのある筒状のコップを乗せ、私達によこします。遠くの島国から伝来した「ユノミ」というやつですね。
「あんたはシリカ王国、いまは帝国だっけ? そこにいたんじゃなかったっけ」
「はい、ですがブレイズの魔術や亜人に対する弾圧が激しくなってまいりましたので、住むところを移そうかと思いまして」
「まったく、厄介事は重なるもんだね」
「厄介事ですか?」
「魔術は世界の理を歪めるとか何とか、そんな世迷い言は、こっちにも流れてきていてね。幸い本気にするやつは、あんまりいないけど」
「メイビルもですか。そんな様子には見えませんでしたが」
「こっちは人間より、それ以外をまとめた数のほうが多いからね。オークが泥の中から生まれた何て、バカげた話を信じるやつはいないさ」
「オークを見たこともないなら信じるかもだが、ここメイビルじゃ無理そうだ」
「そ、問題はその説を補強しようと、そこいらじゅうを掘り起こす連中がいてね」
「余計なもんを掘り起こして困ってんのさ。コイツを見た覚えは?」
そう言って彼女が取り出して床に広げたものを見て、私は息を呑みました。
汚れて、朽ち欠けた紋章の付いた黒鉄の飾帯。そこに刻まれている紋章は、間違いなく、あの魔女の身につけていたものと同じ「双頭の鷲」でした。
「神聖帝国を名乗ったアマルテイア、その紋章さ
――もっとも、今となっては、死者の帝国っていうのが相応しいけどね」
そう冗談めかして言う彼女の顔を見た私は、ゾッとしました。
険の深いその顔には、何の愉快さもありません。
彼女の語る内容は、なるほど、その表情に相応しいものでした。
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