つながるパーツ

「お前さんの口から聞くことはあまりにも一方的すぎるように聞こえるな」


「それに、メイビルに入るのに通行証が必要と言うのは初耳だ。以前に俺が訪れた時は、そんなものは必要なかった」


 少し強めの語気でもって、シリウスさんはドボールへ詰め寄ります。


 ドボールもシリウスさんも、お互い椅子に腰掛けている状態ですが、その間には

敵意にも似た感情が張り詰めています。


「それは当時と今の状況が違うからだ。喉元のどもとにシリカ帝国がナイフを押し当ててるのに、メイビルが股を開いたままにすると思うか?」


 ドボールはシリウスさんが投げかけた言葉に対して、まるでハエでも払うように手を振って否定した。そして次に捨て犬さんが放った言葉は、ドボールの眉間に刻まれた縦シワをさらに深くすることになる。


「閣下、正直に言おう、俺はあんたのいう事をあまり信用できない。事の始まりからしても、あんたの下半身の不始末だ。何を信用すればいいというのだ?」


「ハッ、『捨て犬』にしては言うじゃないか」

「――確かに犬っころ、お前が言うように俺はロクでなしだ。それは認めよう」


 意外にも二人の間の緊張を緩めたのはドボールさんからでした。

 そうして彼はさらに続けます。


「しかしこの件については、俺の家族だけの問題じゃない、いや、家族の問題について、帝国がつけ込んでいやがるんだ」


 私は二人の会話に口をはさむことにしました。

 ドボールの話で、一点、気になる所について、詳しく聞きたくなったからです。


「それは帝国が、『喉元にナイフを突きつけている』ことに関係しているんですね?リバーミルにそこまで緊張が高まっているようには見えませんが」


「ハッ!!川を挟んだ向こうは帝国なんだぞ?帝国の『ブレイズ』を始め、ウィッチハンターどもが手ぐすね引いてこちらに介入する機会を狙ってる」


 ……まさか。


 私は帽子のひさしをつまみ上げて、シリウスに視線を送る。

 気付いた彼も、黙って頷いた。


 もしかしてアルプの出現は、計画的に引き起こされたのでしょうか?


「閣下、私たちが退治した『アルプ』ですが、あれは自然発生したものではありません。どこかよそから送り込まれた呪物が元になっています」


「ほう……詳しく話せ」


 私はリバーミルで起きた事件の始まりから解決までの顛末てんまつをドボールに説明した。


 きっかけは川に沈んでいた呪物を、漁師のエミールが拾いあげた所から始まり、それを受け取ったアイリーンさんが、何らかの理由で死亡して「アルプ」へと変じた。そしてたまたまこの村に訪れていたオウガさんと私たちがそれを退治した。


 あらためてまとめると、こんな感じですね。


「白魔女さん、まさかとは思うが……シリカ帝国が『ブレイズ』を送り込むために、呪いの品、首飾りをリバーミルの川に投げ込んだと?」


 そう、アルプをあのまま放置しておけば、いずれ大きな災厄となっていた。


 みたところ、名主のドボールの兵士は鋼の剣しか持たない。

 当然だ。彼らは怪物退治のために居るわけでは無い。

 剣を振るう相手は税をむしられる農民と、それを狙う野盗くらいのものだ。


 アルプはそんな彼らの武器だけでは、どうにもできない相手だ。


 ちゃんとした専門家をつれてこないと、話ならない。

 それが帝国側の領域に居る「ブレイズ」と、ウィッチハンターということですか。


「その可能性が出てきたとだけ、閣下は先ほど、魔女といいましたね?」


「ああ、魔女だ。ブレイズに同行している女魔術師がいる。」


「なるほど……『ブレイズ』による火あぶりを避ける見返りに、彼らの軍門に下ったと言った所ですかね?」


「なんか釈然としないな。『ブレイズ』にとっちゃ、魔術は焼き払うもんなんだろ?それを方便とはいえ、ほいほい使わせるもんかね?」


 確かに釈然としません。以前みかけたブレイズの連中が処刑で言っていた言葉、それとはまるで矛盾していますね。


「シリウスさんの通り何か釈然としませんね。『ブレイズ』は魔術や亜人を否定しているはずです。それより優先度の高い、何か別の目的があるのでしょうか?」


「まったくわからんな。直接聞くにしても、連中が教えてくれるとはとても思えん」


「お前らだけで話を進めるな!!つまり、どういう事だ!!」


 苛立ったドボールはブーツで床を踏み鳴らした。


 立て付けの悪いテーブルの上に合った食器はカタカタと揺れて、ワインの入った銀のグラスが転げそうになったので、私はそれを手に取って唇を濡らす。


「つまりはこういう事でしょう――」


「まず、リバーミルに呪いの品を送り込み、夢魔『アルプ』を発生させる」


「そして村中に死者が広まってアルプが増えたころに、『ブレイズ』とウィッチハンターが介入。そこまでの事態になったら、そのころ既にドボールさんは死んでいるでしょう」


唯一の後継者であるドーキンさんが、被害を免れた対岸側に居たので死亡したドボールさんの代わりとしてリバーミルの名主として据えなおし、帝国が後ろ盾となって、正式に領地として編入する」


「白魔女さんの言う通りかもしれん。何をしようとしてるかが見えてきたな。帝国がここを確保すれば、危険な渡河作戦をしなくても、軍が西方に移動できる」


「リバーミルを抑えることで帝国が得られる軍事上のメリットは、かなり大きいぜ」


「ええ、それだと全ての筋が通ります。となると、ドーキンさんがドボールさんの元を離れるきっかけとなった事件も、なにか仕掛けがあったかもしれません」


「なんだと!?」


 ドボールは興奮して色めき立ち、椅子のひじ掛けを叩きながら立ち上がった。

 剣を手にして、いまにも外へ飛び出しそうな剣幕でしたが、シリウスさんはそんな彼にもっと落ち着くようにと、静かな、だが力強い声で言います。


「もっと詳しく話してくれ、こんどはもっと落ち着いてな」


「ドボールさんの家族と出ていくきっかけになった事件について、もう少し詳しくお願いします。ドーキンさんについては、どんなささいな事でも良いので」


 魔女がこの事件に絡んでるとなると、もう一つの可能性があるのだ。


 すなわち、ブレイズが魔女を使役しているのではなく、魔女がブレイズを利用している可能性だ。魔女が人心を惑わせて戦乱を起こそうとしているのであれば、それは「白魔女」が対処すべき事案となる。


 ……お師匠の言葉を思い出しますね。


(敵意とは不思議なもので、敵対者についてより詳しく知る必要があり、それによって本人が気づかない間に、敵対者と近い性質に変わっている事があるのです)


「わかった、話してやる……だが聞くという事は助ける気はあるんだろうな?!」


「すべて聞くまでは保証はしない。白魔女さんもそれでいいな?」


「ええ、どうぞ続けてください」


 風に揺れる梢が擦れる音、暖炉の薪がパチパチと爆ぜる音を背景に、ドボールさんは、彼がここリバーミルに落ち着くまでの話を私たちに始めました――

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