「三つ膝」のドボール

「それでリバーミルの名主はどんな奴なんだ?」シリウスはスノットさんの後を歩きながら、彼に疑問を問いかけた。


「名主の名前は『ドボール』っていう奴で、メイビルからリバーミルの徴税権を買い続けて、そのまま名主になった男さ。今は商人から貴族になりかけてる感じかな」


「へえ、ドボールはただいま売り出し中っていう訳か」


「どういうことです?」


「そういや白魔女さんは『世事に疎い』んだったな。徴税権ってのは要はメイビルがリバーミルから税金を取り立てる権利だ。リバーミルだったら金じゃなくて小麦袋かなんかだろうが」


「まぁ!税金を取り立てる権利を誰かに売ってしまうんですか?」


「ああ、そもそも役人ってのは、村の数よりも絶対的に数が少ないんだ。メイビルの役人を隅々の村まで派遣してたらキリがない。だから商人なんかに徴税権を売って、いくらかの取り分の見返りに、税金を徴収させているんだ」


「それって不正の温床になりません?勝手に税金かけ放題じゃないですか」


「もちろんそうなるな。それでニワトリみたいにキュッっと首をシメられる奴だって多い。でも美味しい思いをできるのは確かだから、なり手は山ほどいる」


「なんとまぁですね」


「しかしだ、リバーミルの徴税権を買ったとしても、税金の徴収と輸送には用心棒が必要だろ?」


「お金でなく小麦袋でも、当然そうなりますね」


「ドボールは長いこと徴税権を買って、そのビジネスを続けたおかげで、次第に金と武力を身に着ける。すると上、メイビルとしてもドボールを名主、つまりリバーミルの主にすると都合がよくなる。兵隊を持ってるなら戦争で役に立つしな」


 私は雄弁に語るシリウスさんをじっと見つめた。


 本当に彼は「捨て犬」というあだ名でしょうか?

 「賢狼」の方がふさわしくないですか?


「……なんだカマラさん?俺なんか変なこと言ったか?」


「いえ、やっぱり捨て犬さんは……いえ、シリウスさんは社会のことを色々知っていると思いまして」


「そりゃそうだよ。だってシリウスの実家って――」「言わんでいい」


 ひらひらと手を振って彼はスノットさんの言葉を遮る。

 たしか、彼は実家から勘当されているのでしたっけ。


 既に引退している彼のお爺さまを頼るために「ホワイトバック」に向かっている私たちですが、何か彼の勘当を解くための手伝いが私にできると良いのですが。


 いえ、話が逸れましたね。まずはドボールさんの件を何とかしなくては。


「シリウスのする政治の授業も興味深いけど、話を続けてもいいかな?」


「ええ、お願いします」


「名主のドボールは『三つひざ』なんてあだ名がつくぐらいで、正直あまり良い噂は聞かないね。ずいぶんな好色で、息子の嫁に手を出して家族とは別居中らしいよ」


「何だそりゃ、ただのろくでなしじゃないか……」


「不思議なあだ名ですね。名主さんは膝が3つあるのですか?」


「いや、白魔女さん、それの意味はだな……ううむ」


 シリウスさんは低く唸ってどうしたものかと考え込んでしまった。

 いったいなんでしょう?何か妙な事を言ってしまったのでしょうか。


 ううん、これはちゃんと聞いた方が良いですね


「すみません。差し支えなければシリウスさんの口から、詳しく説明してもらっても良いでしょうか。何しろ私、世事に疎いもので」


「えぇ?!俺の口から?!ど、どうすりゃいいんだオウガ?!」


「観念してシリウスが普通に説明すれば?」


「あのなぁ……、お前ね?俺にだって、良識ってもんがあんのよ……?」


 私がじっと見つめると、彼は眉間をつまむようにして手を当て、やれやれとあだ名の説明を始めた。


「つまりだ、ふつー椅子に座ると、チュニックのすそに膝が当たって、なんだ、普通こうなるよな?」


 彼は自分のチュニックの裾へ拳を潜らせて説明をはじめた。当然、裾は拳に持ち上げられて、服にシワをつくった。


「はぁ、そうですね」


「そんでまぁ、三つ目っての膝っていうのは、要はココのことだ」


 彼はといって膝と膝の間、股間に拳をもっていき――ああ。そういうことですか。

 頬と耳に熱を感じる。彼にずいぶんと品の無いことを説明させてしまった。


「ああ、それであの、『三つ膝』というわけなんですね」


 黒髪をくるくると指で巻いてどうしたものかと思案する。

 ふつうに珍しい形をした足の持ち主か何かと。


「まあ、そういうこったな。白魔女さんは帽子を深くして、俺の後ろに隠れていた方が良いな。名主になんかたずねられたら、代わりに俺が答えるわ」


「お願いします」


「おそらくだが、名主のドボールはお上品な奴じゃない。女と見たら手を出すようなろくでなしなら、首だけ投げつけてさっさと帰るぞ」


「面倒ごとはごめんだよシリウス!」


 私たちは歩き続け、リバーミルのひときわ大きなお屋敷の前に辿り着きました。


 お屋敷というよりこれは、何でしょう、小さな砦と言った方が良いですね。


 周囲は丸太をとがらせた柵でかこまれ、人ひとりの身長はある深さの堀が周囲を取り囲むように掘られています。


 門にいたっては飾り気など一切なく、使える木材をそのまま金属部材で無理やりにくっ付けたような荒々しい作りです。


 門の上には屋根の付いた木のやぐらがあり、そこには野盗のような風体の門番が居てこちらを見張っていた。リバーミルの村の外れにこんな砦があったとは。


 しかし……この厳重な防衛施設で囲まれた砦は、まるで彼に向けられている敵意をそのまま表しているようですね。


 あまり幸せそうな毎日を贈れているとは思えませんね。


 スノットさんは門の前で立ち止まると、やぐらからこちらを見下ろす門番に対して、アルプの首を高く掲げて、声をかけます。


「私はモンスターハンターのオウガだ!『この私』の手によって、この地にはびこっていた夢魔、『アルプ』を討ち取った!」


 彼の言い分に私は眉をひそめましたが、あからさまに白い目を向けるシリウスさんの表情をみて、笑いをこらえるのに必死でした。


 まあ、この際です。鼻タレスノットのまま弁明にあがるよりは良いですか。


「しかしながら、アルプを討ち取るために、怪物に変じた不幸なアイリーンの墓を暴く必要があった。委細を弁明するために、名主との接見を要求する!!」


 門番は彼の掲げたアルプの首を見ると、不吉なものをそれ以上目に入れまいと必死な様子でした。彼が指図すると、ゆっくりと門がひらき始めます。はてさて、よそ者相手にずいぶんあっさりと門を開きましたね?


 そう訝し気に感じながら3人で門をくぐると、背後にあった荒々しい作りの門の扉が閉じられ、門番がこちらに語り掛けてきました。


「おいモンスターハンター、名主のドボール様は、お前のような放浪者を探している、あの一番大きな建物へと進め」


 いうだけ言うと、門番は一番大きな建物の中へと引っ込んでしまいました。

 先に名主に私たちの事を伝えるつもりなのでしょうか。


 見ると思った以上に用心棒というか、兵士の数が多いですね。

 10人以上の武装した兵士が塀の中に居ます。


「なるほどな、ここは国境地帯、メイビルとシリカ帝国がいつ境界線をめぐって争い始めてもおかしくない場所だ。つまり他の場所と比べてもここは兵隊の価値が高い。だから多少無法……女に乱暴を働いても、奴は許されるって訳だろうな」


「ドボールさんのあだ名は、やっかみで付けられたようなものでは無いと?」


「そういうことだ白魔女さん。なにやら面倒ごとの予感がするが、最悪オウガだけ、名主のところに置いて行けばなんとかなるだろう……きっと。」


「ちょ、それはひどくない?!」


「そうですね、オウガさんを置いて行くかどうかはともかく、エミールとアイリーンさんの間に起きた、事の顛末てんまつの説明は必要でしょうから」


 私たちは釈然としない様子のスノットさんを先頭に、名主が待ち受けているであろう館へと向かった。

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