悪夢の後始末

「むにゃ。」


「オウガ、お前が先に起きてどうする」


「んっ?あれ……ひゃっ?!」


 一瞬何が起きたのかわからなかった私は、彼の腕の中でとれたてのお魚のように暴れてしまいました。すると彼は私の体を強く抱いて落とさないようにするのですが、それがちょっと痛かったです。


「あの、捨て犬さん?」


「泥の上にカマラさんが転がってたもんだから、こりゃいかんと思って……」


「目が冴えてしまったので、もう下してもらって大丈夫ですっ」


「はいはいっと」


 抱っこされていた私は彼の腕に腰かけるようにしてそのまま地面に降り立ちます。

 そこでようやく、あっと気が付きました。


「シリウスさん、アルプは、どうなりました?」


「おう、それならやっつけたぜ!」


「おお、流石は我が相棒のシリウス……ヒィッ!!ナニコレっ?!」


 スノットさんが「ひぃ」と声を上げて指さす先を見ると、そこにあったのは口を大きく開け、叫ぶ形のまま固まっているアルプの首でした。

 毛髪は無く、シワの寄った縦に割けた目、異様な開き方をした口。

 小心者であれば、寝る際にしばらく蝋燭の明かりが必要になることでしょう。


 しかしこれは……動いていた時の皮膚は白かったのに、今はドス黒く変色しています。触れると冷たく、まるで石のような質感。芸術家なら「石化した叫び」とでも名付けそうですね。


「間違いなくアルプの首のようですが、石化していますね」


「幽霊から石になったって事か?腐らんのなら、討伐の証拠として持っておくにはいいだろうが……あまり気持ちのいいもんじゃないな」


「でもシリウス、墓暴きしたんなら説明しないとヤバイよ?怪物退治なら特例として許されるんだから、名主を探して説明しようよ」


「そうなんだよなぁ……」


 さて、私たちはアルプを討伐する為に、アイリーンさんの墓を暴きました。


 当然ですが、墓暴きはあまり褒められた行為ではありません。


 が、スノットさんが言うように、怪物退治の場合は話が別なのです。


 エミールが告発すると言っているので、なにか面倒が起きる前に、リバーミルの偉い人に、事のてんまつを説明しないといけませんね。


 名主に討伐の証拠としてアルプの首を見せ、慣例道理に不問にしてもらうのがもっとも確実です。しかし首のままでは持ち歩きに不便ですね。


 私は拾いあげたアルプの頭蓋の頭頂部に「ナート」を唱えると、魔法の糸で持ち手を作り、ランタンのようにぶら下げて持ち運べるようにします。


「うわぁ。カマラさん。杏子アプリコットを干すんじゃないんだから……」


「はい?」私はアルプの首をぶら下げて思います。確かにこれは……かなり悪い魔女っぽいですね。


「白魔女さんはやめとけ、冗談にならなくなる。オウガに持たせといたらいいだろ」


「確かに、持つのは彼の方が良さそうですね」


「えぇーっ!僕がこれ持つのぉ?!」


「偉大なモンスターハンターなんだろ?つべこべ言わずに持て。……無くすなよ?」


「もう死んでるよね?噛んだりしないよね……?」


「そういえばシリウスさん、エミールさんは無事でしょうか?」


「あっ、忘れてた」


 放棄された教会の中に入ると、エミールさんはちゃんとそこに居ました。

 とくにケガをした様子もないようなのは何よりですが、私にはまだ納得がいかない点があります。


「全て終わりました、エミールさん。」


「ひっ!!」オウガさんがぶら下げているアルプの首を見た彼は、それのせいですっかり縮み上がってしまいました。震える彼にさらに震えた声でもってスノットさんは虚勢交じりに話しかけます。


「ウ、ウム、このオウガの助手たちの手によって、アルプは討ち取られた。この首がそのなによりの証拠である!」


「本当に終わったのか?もうあいつは現れないのか?」


「はい、それは間違いなく。ところでエミールさんにはまだひとつ、聞きたいことが残っています」


「な、なんだ?もう終わったっていうのに、これ以上何を?!」


「エミールさん、アイリーンさんのご家族は首飾りを取り上げるのを黙って見ていたのですか?葬儀の際にはご家族もいたでしょう。」


「そりゃあそうさ、でも死体には必要ないだろ?彼女の家族と折半するつもりだったんだ。しかし呪い騒ぎですっかり連中は……俺にばっかり押し付けて」


 エミールさんだけではなく、アイリーンさんの家族も知ったうえで、取り上げていたのですか。なるほど、それでは彼女の恨みもつのる事でしょう。


「まあ、そんなこったろうとは思ったよ。クソッ、どう考えたって、一番のとばっちりはアイリーンじゃねえか」


 シリウスは黒髪をかき上げると、頭を掻いていた。

 そしてその手をどこに戻したものかと、所作なさげに銀剣の柄頭を抑えていた。


「なるほど、おおよそどういった成り行きでアルプが生まれたのかはわかりました。ひとつご忠告しましょう」


「なんだ?魔女が人間に人生訓でも語るのか?」


「言葉を慎め。それとも何本か歯を折ってほしいのか?」


 シリウスさんがそういって凄むと、へらへらと浮ついた表情をしていたエミールさんは、その顔を引きつらせて黙り込みました。


「人気のない道や※四つ辻に何か貴重な品、コインや装身具が落ちていても、決して手をつけない事です」


※四つ辻:十字路の事


「呪いや災いの解決が難しい場合、何かに封じ込め、遠く離れた土地にそれを移すという方法があります。その際には誰もが興味を持ちそうな貴重な品を使います」


「ふむ、拾わせるのが大事なのか?」


「……じゃないと、呪いが入ってくれないんですよ」


「なるほどね」


「魔術としては実にありふれた手段です。幸いにして、今回はそれほど大事おおごとになりませんでしたが……」


「だって、普通の落し物ってことだってあるだろ?俺は知らなかったし、悪くねえだろうが!」


 エミールさんは顔を赤くして怒り出す。

 べつに叱っているわけでは無いのですが……。


「いいえ。全く関係ない二つの皿の破片が組み合わさるように、不思議と引き合って組み合わさるんです。我々の理解を超えた、必然と言ってもいいほどに」


「ですので、できる限り正しく生きてください。そうでなければ、同じようなものがきっと、また来ますよ」


「はっどうだか。魔女がまるで司祭みたいなことを言いやがる」


 前へ進もうとしたシリウスさんを、私は軽く手を出して制止する。

 何を言っても無駄なようですね。


「ええ、でしたらお好きなように。災いの中には、死に至る熱病や疱瘡ほうそうのような者もあります。次があってよかったですね」


 私たちはエミールさんを解き放つと、彼は思いつく限りの悪態をついて帰っていきました。どこからあの態度が出るのでしょうか。


「ありゃ、死んでも治らなそうだ」といって、「はぁ」とため息をつくシリウスさん。私もそれに続きたいですが、それをすると死者の安息の場所がため息でいっぱいになってしまうのでぐっとこらえます。


 ……ええ、堪えられますとも。


「人と怪物、昔は人は善で、怪物は悪と相場が決まっていましたが……」


「もうメチャメチャだな。狂星が落ちた時に、善い悪いもかき混ぜられたらしい」


「それより二人とも、日が落ちる前に、名主のところに行った方が良いんじゃ?夜にこれをもって行ったら呪いをかけに来たと思われちゃうよ」


「たしかにオウガの言う通りだ。カマラさん、早速行くとしよう」

「はい!」


 私たちは廃教会の墓場を後にして、リバーミルの名主の家へと向かうことにした。


★★★


「チッ、好き放題言いやがって……しかしあの白魔女はいい女だったな」


 漁師のエミールは命を救ってもらった3人と別れた後、これまでの不安だった毎日も忘れ、開放感にあふれてそこいらをぶらついていた。


「しかし、あの魔女が言う事が確かなら……、俺にはそういうツキがあるってことじゃねえか?ようは余計なことが起きる前に、売っ払えばいいってことだ」


 エミールはあてもなくぶらついて、ついには普段漁をしている川にまでたどり着いた。ここはあの首飾りを拾った場所だ。


 川のせせらぎを聞きながら、彼は物思いにふけった。

 といっても、詩やら歌を考えているわけでは無い。

 考えているのはもっと世俗的で、下世話な内容だった。


 しかし思うに、あれはやっぱりしくじっていたな。

 下手に女に見せびらかしたりせずに、すぐに旅商人にでも売ってしまえばよかったのだ。しかし多少はアイツと良い思いが出来たのでそれはそれで……。


 いやらしくわらいながら川面を見るエミールに、ある物が目に入った。川にある岩の間にせき止められて、流れに逆らってプカプカと浮いているもの。


 それは例の首飾りが収められていた細工箱だった。彼は意を決して水の中に入ると、水をかき分けて進み、その細工箱を拾いあげた。


「あれが、首飾りが入っていた箱だ。まだここにあったのか」


 エミールは箱を傾けて、しげしげと見つめた。


 よくよく見るとかなりいい細工がされている。螺鈿の細工に品のいい彫り物。

 首飾りに比べると見劣りするが、これだってちゃんとした名品に違いないな。


(同じようなものがきっと、また来ますよ)


「あの魔女の言うとおりだな。しかしこの村じゃもう噂になっちまってる。こいつは余所で売りさばくのがいいな」


 川面に浮いていた細工箱を拾ったエミールは、まるで熱に浮かされているようにして、細工箱を持ったまま隣村へと向かった。



 後日、街道を警備する騎馬民兵は、細工箱を握りしめたまま死んだ彼を見つけた。


 恐怖に引きつった顔で目がつり上がり、顎が外れるほどに口を開いた死にざまに、なにか不吉なものを感じた民兵は、彼の持ち物ごとその死体を焼いたという。

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