アルプ
<Shhhhhaaahhhaa!!>
アルプはその体から白い煙を放って周囲に立ち込めさせた。それを吸い込んだスノットさんは、激しく咳き込み始める。
――きっと何かの毒でしょう、このままにはしておけませんね。
「吹き付ける風よ!逆巻く流れとなりて打ち払え!『ヴィント』!!」
私は力の言葉をつないで、怪しい煙を大風で打ち払う。
「スノットさん、私から離れないようにッ!」
「わ、わかったよゲ、ゲホッ」
「白魔女さん、アルプで気を付けることは?」
「アルプは非力で脆いですが、霧になって矢玉や剣をかわします。そして特筆すべきは夢を操るということですね。日中であっても、白昼夢といった幻影が使えます」
「なるほど、ようは幻に気を付けろって事か」
シリウスさんは銀剣をアルプに向かって構えます。
脚を開き半身になり、水平にした剣を相手に向かって突き出す構え。
まるで勇敢な雄牛が、敵に向かって角を突き出すようです。
陽光が磨かれた銀剣の表面を照らします。浅黒いシリウスさんの顔と対比されて、それは一層白く輝いて見えました。
「剣を持ってない相手はどうにもやりづらい。何してくるかわからんな」
音がするほど強く踏み込んだ彼は、足を踏みかえながら嵐の日の
荒々しくみえるが、技術に裏打ちされたその剣は
シリウスさんのあだ名、本当に「捨て犬」ですか?
彼の事は「猟犬騎士」と言った方が、しっくりきます。
踏み込んで「あっ」と思ったら、もうアルプに剣が届いています。
彼の仕事が
アルプは幾重にも白い軌跡を残す銀の剣を受け、苦悶の声を上げる。
すんでのところで半実体化して、致命傷を避けましたか。
<Aahhhhhh!!>
アルプは全身を震わせてシリウスを威嚇する。
迷信深い村人であれば、その呪うような叫び声と恐ろしげな見た目に震え上がる事だろうが、戦慣れした彼には通じない。
「クソッ!浅かったか!」
アルプはその身をガスのように薄くしている。幻影化するつもりか?!
「逃げる気ですか……そうはさせません!!清らかな光よ、清め洗えよ、我
本来の用途とは違いますが、魔術の糸でアルプを大地に縫い留めます。
半ば幻影化して、魔法のような存在になっている今ならば、効果てきめんですね!
魔法が生んだ白い糸は、シワのよった松の樹皮のような、アルプの白い肌をドスドスと付き刺し、現世につなぎ留める。
奴はその細木のような腕でそれを引きちぎろうとするが、実体化していない指では糸を捉えられない。
現実と幻、両方の特性を持つこの魔法の糸を引きちぎるには、物理的に干渉できるようにならないといけません。つまり奴は再び実体化する必要がある。
「奴は実体化しないと、その糸を引きちぎれません!今です!」
「白魔女さん、助かる!――そらよっ!」
彼は身を深く沈めると、体全体をバネのようにしてアルプにとびかかり、真っ直ぐに銀剣を振り下ろした。
一撃を受けたアルプは強い光を放って、目の前が白くなり、何も見えなくなる――
★★★
「終わったか……?」
俺はアルプに渾身の一撃を加えたが、何かを斬った手ごたえは無い。
奴の見た目そのままに、煙を相手に剣を振り回した感じでどうにも気持ちが悪い。
「まだワラ一本の方が斬り応えがあるよ」
剣を低く構え、残身を取って息を整える。
しかし銀とはいえ、良い剣だな。オウガに返すのが惜しくなってきた。
「どうやら終わったようですね。アルプは消えたようです」
白魔女さんが「ふう」と息を吐いて俺に声をかけてきた。
「みたいだな。これでタダ働きじゃなかったら最高だったんだが」
なんせ何もかんも燃やしちまったからな。
エミールの奴、あいつは絶対に余分な金を持つタイプじゃない。
「でも村の人は救えましたし」
「あれこれして、報酬は大量の野菜かぁ……やれやれだな」
「あら……じゃあ私から今夜、ご褒美をしましょうか?」
白魔女さんは悪戯っぽく口の端を上げる。
そして艶やかな黒髪が流れる白磁のような肌に、蠱惑的に指を踊らせた。
「おっと、まさかそう来るとは思わなかった。俺の夜の激しさを知っての事かい?」
「いやですわ、優しく――」
<ドスッ>
手を伸ばし、その細い指で俺に触れようとした彼女。
俺は一切のためらいも無く、白魔女の姿を取ったそれの腕を剣で払ってボトリと地面に落とすと、そのまま胸に銀剣を突き立てた。
「ナッ……ナゼッ!」
「お前の吐く息は臭い、臭すぎる」
「俺の鼻は繊細でね。そして夜の俺はマジでモテない。悲しいくらいに、なッ!」
水平に胸を突いた銀剣を返し、縦に腹を切り裂くように引き抜くと、そのまま足を踏みかえて、体重と腰のひねりを加えた一撃でアルプの首を落とす。
<AHHHHHHHHHHHH!!!>
「お前が悪いわけじゃない、だけどもうお前は死んでるんだ……安らかに眠ってくれ、アイリーン」
銀剣で首を落とされた夢魔は、どしゃりと地面に崩れ落ち、奇妙な白い炎と煙を上げ続けた。今度こそ終わりか。
見回すと、さっきまでは居なかった倒れた白魔女さんとオウガが見えた。
慌てて近寄って無事を確かめるが、眠っているだけのようだ。
白魔女さんはスヤスヤと寝息を立てている。
なんだ呑気なもんだな……。
「おい、起きなよ白魔女さん」俺は彼女を抱き上げると、オウガを蹴り起こした。
★★★
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