銀の剣

「ぇー?!エミールは一緒に埋めたって……」

 口元を抑えながら声を上げるスノットさん。確かに彼はそう言っていました。


「おいおい、これはややこしくなってきたな……」


 えぇ、シリウスさんが言うように、ややこしいことになってきました。


「エミールさんは一度差し上げたものを、死者から取り上げたのでしょうか」


「そいつは本人から聞いた方が話が早いな……。さっきからずーっと、川魚の臭いがクセーんだよ!!隠れてるつもりか?!」


 彼がそう怒鳴ると、崩れた石壁のすき間から「ヒッ」という悲鳴が聞こえました。


 それを聞いたシリウスさんは、まるで猟犬のように駆けだします。

 彼は逃げようとするエミールさんの脚へと鍬を投げつけ、その足の動きを止めると、彼に圧し掛かって、むんずと取り押さえました。


「墓を暴いた不信心者め!告発してやる!」

「おぉそいつぁ怖い。で、お前は彼女に何をした?」


「エミールさん、話がくい違っていますね。これは重要な点です」


 そう、道端に落ちていた金品や貴重品は本来拾うべきではない。

 特にそれが女性の装飾品、ベールや指輪や首飾りの類ならば、なおさらだ。


「愛をささやいたその相手、差し上げておきながら、盗みを働きましたね?」

「貴女の行為が呪いを発生させました。」


「そんな……!死人にはもう必要のない、あっ……」


「語るに落ちるってやつだな」


 シリウスさんが締め上げると、エミールさんは短い悲鳴をあげました。


 不眠が続き、正常な判断が出来なくなっているのかもしれません。彼も哀れですが、自業自得です、同情はしません。


「白魔女さんの見立てだと依頼人が原因ってことかな……?」


「はい、スノ……オウガさんの言う通り、依頼人が埋葬された故人の強い想いが込められた装飾品、それを盗んだことが発端ですね」


「女の恨みは怖いっていうからな」


 シリウスさんのいう事はいささか俗っぽいですが、まさにその通りです。


「愛した者が裏切った場合、通常よりも強い未練となるのは想像に難くありません。彼女が夢魔になったのは、それが理由かと」


 死者が怪物となって現世に残り続け、害をなすというのは色々な例があります。

 今回はその中でもよくある、死者から何かを盗むというパターンですね。


「白魔女さん、アイリーン、彼女はどうすれば鎮まる?」


「そうですね……恐らくアルプは夜が明ける前に遺体へと帰っています」


「そして首飾りも何らかの依り代として働いているようです。であるならば……遺体と一緒に首飾りを焼きましょう」


「帰る場所を失ったアルプは現世に現れます、それを仕留めれば、完全に消えます」


「やめてくれ!それを、首飾りを焼いちまったら、あんたらに払う金が無くなる!」


 そういって、悲痛な叫びをあげるエミールさん。

 なるほど……アルプの退治は、盗品の換金の為ですか。


 ――なんか叩けば余罪が出てきそうな気がしてきましたね。


「白魔女さん、こいつは盗んだ首飾りが原因だと、ちゃんと気づいてたみたいだぜ」


「つまりこのオウガを雇ったのは、自身の犯した罪の尻拭いをさせる為。この私にはまるっとお見通しでしたがな!ハハハ!」


「おう、なら後の怪物退治はオウガ先生にお任せするとしよう」


「いやいや……助手の君たちにもさらなる活躍の場を用意しなければな!」


「よくいうぜ」


 シリウスさんはエミールさんの体を探ると、彼からヒスイの首飾りを取り上げました。肌身離さず持ち歩いていてくれて、助かりました。


「こいつは白魔女さんに預ける。やってくれ」


「はい、では彼を教会の中へ連れて行ってください。アルプを退治する間、外にいるよりかは幾分安全でしょう」


 シリウスさんは彼を歩かせて、教会の中にとめおく。

 さて、あとはアルプを何とかするだけだ。


「ともかく準備が出来たら始めましょう」


「そういえばシリウス、剣はどうしたんだい?丸腰じゃないか」


「あー、以前イタチとかいう野盗を相手にしたときにしくじってな。そんときに無くしちまった」


「それじゃあ僕の銀剣を使いなよ。シリウスが振るった方が絶対良いし」


 スノットさんは腰に提げている剣の帯を解くと、それをシリウスさんに託しました。剣は牛革の鞘に納められていて、柄頭には品の良い細工がされています。


「すまんな、お前が俺に戦いを押しつけてるとしても、正直助かる」


「君と僕は相棒だからね!」


「……ま、たまにはそういう事にしておこう」


「銀の剣ですか。ちょっと見せていただいても?」


 銀剣は怪物退治にこの上なく適している。


 しかしスノットさんの持ち物というのが、私にはどうも気になりました。

 混ぜ物の銅を使ったニセ銀は、市井に多く出回っていますからね。


「頼むよ白魔女さん。奴が偽物を掴まされている可能性を考えてなかった。オウガの鑑定眼はあてにならんからな」


「ひどいっ」っというスノットさんの叫びと共に、抜かれた銀剣を受け取りました。


 ……ふむ。わずかに緑がかった灰色。妙なところはありません。


 剣としてのバランスは良いですね。

 つばのあたりを手の甲にのせると、完全に釣り合いが取れています。


 ※血溝も丁寧に抜かれていて、手間がかかっていますね。


※血溝:フラーとも。剣に刻まれる溝。刀身を軽くしたまま強度を上げるための加工で、主に高級な軍用剣に施される。


 私はそのまま手の甲の上で揺らぐ剣身に、軽くふっと息を吹きかける。

 すると、澄んだ鐘のような音色が凛と響いた。


 この音程の高さ、確かに銀で間違いなさそうですね。

 これが白銅や鉄の剣でしたら、もう少し低い音がしたはずです。


「ど、どうなんだい、白魔女さん……!」


「やっぱ偽物か?」


「いえ、本物ですね。細工もしっかりしていますし、素材もちゃんとした銀です」


「ほらほら!僕だって騙されているばかりじゃないんだぞ!」

「マジかよ……」


 シリウスさんに銀剣を返して「オウガさんは見る目はあると思いますよ」と付け足した。彼は「捨て犬」と言われていたシリウスさんを見出したのですから。


「ちょっと釈然としないが、今回ばかりは恩に着るとしよう」


「ふふん、恥ずかしがらずに褒め讃えたまえよ」


「ああ、断る」


 銀の剣は、幽鬼や怪物を相手取るには、この上ない武器です。

 へなちょこスノットさんは、なんでこんなものを持っているんでしょうね?


 ともかく、銀の剣と使い手がいるなら、十分に勝ち目があります。


 私たちはアイリーンさんの遺体の上にヒスイの首飾りを置き、火を焚いた。

 燃え上がる遺骸から発せられた白く濃い煙。


 それが色をもち、次第に何かをかたどっていきます。

 ほどなくして白く松の樹皮のような皮膚を持ったが現れました。


 ――アルプ。


 本来、夢魔は本来、日のあるうちには現れません。

 ですが、遺体という住み家を焼かれ、たまらずにこの世にはい出てきました。


<ShaaaaHashhhhh!!>


 何十人もの囁き声が重なり合わさったような、奇妙な叫び声。


 一体何を言わんとしているのか、まったくもって意味不明。

 ですが、確実な害意だけは感じるその叫びは、実に恐ろしいものがあります。


 鋼鉄の鎧を着こみ、斧槍をもった屈強な騎士であっても、この叫びを耳にしたら、そそくさと逃げ出していることでしょう。


 白木の杖をトン、と床に付いた私は、銀の剣を抜いて構えたシリウスさんと共に、アルプに向きあいます。

 

 ――さて、怪物退治といきましょう。

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