別れの言葉

「シリウスさん、まずは家の中を調べてみましょう」


「よしきた。白魔女さん、何を探したらいい?」


 そうだ、大きな声でアレコレと怪物の事を相談しては、ただでさえ疲れ果てているエミールさんを、さらに怯えさせてしまいます。

 ここは静かに耳打ちしながら相談するとしましょう。


 シリウスさんに顔を近づけるために、すっと顔を近づけようとすると、彼はさっと後ろに下がってしまいます。むぅ……。


 それを2度繰り返したところで「逃げられては相談できません」と告げると、彼はああ、と頭を掻いたのち、私の唇に耳を近づけました。


(エミールさんの話では、アルプは家の中に入って来ていませんよね?)


(だな、夢の中に現れているヤツは……うん?)


(はい、夢の中の話なんですよ、現実のアルプは、家の中に入って来ているかと。奴は人間に悪夢を見せ、その間に精気を食します。つまり――)


(そうか!つまり奴は……自分が戸を越えられないと見せかけてるのか)


(はい、おそらくは)


(なるほど、そうすりゃ獲物は外に逃げ出したりはしない。家の中が安全と思い込ませて、逆にエミールを追い込んでいるのか、えげつないけど、頭いいなぁ……)


(もう、お化けを褒めてどうするんですか)


「あの……?」ひそひそ話を続ける私たちを、エミールは不安そうに見つめていた。


「しっエミール殿、彼らは門外不出の秘術の話をしています。邪魔をしないように」


「はぁ……」スノットさんの強い語気に押されて、彼は無理やりに納得させられた。


 私はエミールさんが使っている寝台の周辺を見てみる。

 ベッドの上にある枕、寝具に妙なところはない。しかし若干奇妙な臭いがする。


「シリウスさん、この臭いわかりますか?」


「……うーん、木のヤニっぽいけど、ちょっとツンとくるこの感じ……んー乳香か?葬式なんかで焚く……」


 寝台に触れたシリウスさんは、指先を嗅いで、さらに続ける。


「それに川魚の泥臭さで分かりずらいが、脂の腐ったみたいな臭いもするな」


 さすがは人狼のシリウスさん。

 臭いに関しては私以上の分析ですね。


「これは確実性の高い証拠と言って良いでしょう。アルプの正体はアイリーンさん。そして彼女が夜ごとに彼の家を訪れていると推測できます」


「うむ、白魔女さんが『欠けた石臼亭』で立てた目星は正しかったみたいだな?」


「では次に、この推測から事実へたどり着くとしましょう」


「というと?」そう聞くシリウスさんに、私はしたりと続けた。

「疑いようのない証拠を見つけるのです」 


「エミールさん、アイリーンさんが埋葬されている墓地の場所と、お墓の目印を教えてくれませんか?そちらで慰霊をいたしましょう」


「それなら……メイビル側の川向こうの丘の上だ、彼女の家族が古い教会のあとに埋めて、墓石には百合の図案と、彼女の名前で別れの言葉が刻まれているはずだ」


「古い教会のあと……ですか?いまは司祭がいないのですか?」


「ああ、大分前にな……」そういったきり、言いよどむエミールさん。リバーミルは何かと面倒ごとの多い土地なのでしょうか……。


 ともかく、私たちはエミールさんの住む家を後にして、アイリーンさんが埋葬されているという、教会の址へ向かう事にしました。


 きつい丘を登る最中、シリウスさんが私に問いかけます。


「カマラさん、首飾りが収められていたっていう箱に関してはいいのか?」


「アイリーンさんの方が対処すべき対象ですからね。箱はあくまでオマケです。それに、シリウスさんを冷たい川底に何度も送り込みたくはないですし」


「まあな、水泳するような時期じゃない。それでもカマラさんがどうしてもって言うならワンワンって行くぜ?」


「あら、そんなことしたら、本当の魔女になってしまいます!」


「ハハ、ちげぇねえ」


 さて私たちは教会の址へとたどり着き、そこを見ました。

 しかしこれは――


「ずいぶん荒れ果ててるな、墓地としては使われているみたいだが」


 塀と門はありますが、扉はずいぶん昔に失われて久しいようですね。

 鉄格子の柵、いわゆる『骨砕き』もありますが、ずいぶんボロボロです。

 人の骨どころか、猫の骨すら砕けそうにないですね。


 墓地の中央には石造りの教会が見えますが、屋根は落ち、鐘もありません。

 ……これはひどいですね。


「狂星が落ちて以後、二つの世界にヒビが入り、現実で交わってしまいましたからね。冥府と現世の接点だった墓地は、いまではその入り口です」


「なるほど、司祭が逃げ出すわけだ。夜ごと死人がダンスしている教会で、枕を高くして眠るわけにはいかない、か?」


「いまは、ひっ、昼だから大丈夫だよな?脅かさないでくれシリウス!」


「いえいえスノットさん、死肉食らいのように、昼に出るのもいますよ?」


「ひぃっ?!」


 私たちは墓地の門柱をくぐって中に入る。壁と建物は荒れ果てていますが、お墓はその家族によって、なんだかんだ手入れされているようでした。


 まだしおれていない、真新しい花が手向けられた墓をいくつも横切った後、墓場の隅に、真新しい土が被せられているお墓を、私たちは見つけました。


 薄い簡素な墓石に彫り込まれた、百合の図案、そして刻まれている文字。

 名前はアイリーンさんのものです、しかし……。


『アイリーン、愛する子よ、思い出と共に


 ――なるほど、この文言はよくない。

 まるで死後、第二の生を与えんとする内容です。


「どうした?その、凄い顔だが……」


「あっすみません、またしてました?」

「ああ、きっと死人も起き上が――」私は彼の口を指でふさいだ。


「あまり迂闊なことを言わないように。ここはその、言葉が力になりやすいです」


「……すまん」


「……な、シシシリウス帰ろうよ、ここに居るのは良くないよっ」


 すっかり怯えているスノットさんは置いておいて、やるべきことをしませんと。


「掘り起こしましょう、やはり気になる事があります」


「カマラさんもやるのか……?」


「ええ、もちろん」


 私は倉庫代わりに使われている教会の中から、ショベルとくわを借りると、早速掘り起こしにかかります。


「俺は反対しました!たたらないでください!」と、何度も繰り返しているスノットさんを放って、私とシリウスさんはアイリーンさんの墓を掘り起こす。


 口元を覆うが、土を取り払うごとに、強さを増す腐臭。

 これは香だけでは誤魔化しようが無いな。


 ほどなくして、土が取り除かれ、求めたものが露わになってきました。

 木の幹をくりぬいた簡素な棺に納められた女性。


 しかし予想していたものが無かったことで、私は顔をしかめることになる。


 経帷子を身にまとった女性。すでに腐敗が進みはじめていて、虫も湧いてひどい匂いだが、顔をしかめている原因はこれではない。



 ――彼女は首に何も掛けていない。エミールは嘘をついていた。

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