悪夢の調べ

「まあ、簡単な仕事だ!!ちゃっちゃと終わらせちまおう!!」


 いきなりシリウスさんが予想外に大きな声を出したので、私はびくんっ!と跳ねて、灰色帽子をかたむけてしまった。


 帽子をなおす私に、シリウスさんは、ひそひそ声で続けた。


(おい、カマラさん、声が大きい!誰かに聞かれたら話がややこしくなる……もし、白魔女さんのいう通りになったら、この村はおしまいだぜ……)


(あっ……すみません、うかつでした……)


「まぁまぁ、そんなわけなんだが……どうかな…‥?」


 シュンとした様子のスノットさん。

 思った以上の事が起きていて、すっかり気が小さくなったようですね。


「おいオウガ、この依頼、一体いくらで受けたんだ?」


「20エキュくらいかな……?」


 20エキュ、確か町の人の日当が1エキュですから、結構なお値段です。


「おい正気か?長剣の一本も買えんぞ?」

「なら、短剣を買えばいいじゃないか!」

「そういうこっちゃねぇ!」


 あらら?シリウスさん達には不足のようですね。


 私の場合、生活に必要なものはほとんど自前で揃えてしまうので、こういった金銭の価値がいまいちピンと来なくて、解らないのですよね……。


「20エキュって、ビーストハンターの報酬としては、お安いのですか?」


「大体100からだな……大抵こういうのは村中で出し合うもんだ」


「まぁ!それをお二人で?」


「たのむよシリウス、足らない分はいつか埋め合わせするからさぁ~」


「そういって埋まってない穴だらけなんだが?」


「そこをなんとか」


「まあ……俺が断っても、彼女が首を突っ込みそうだからな。ここはお前じゃなくて、白魔女さんのためにやる、いいか?お前の為じゃあない」


 「たすかるよぉ~」と、ほっとした様子のスノットさん。

 私も彼ではなく、リバーミルに住む方のためなのですが……、まあいいでしょう。


 ――それはともかくシリウスさん?


「私ってそんなにアレコレに首を突っ込む、面倒な女に見えますでしょうか」


「ああ、そこいらの見知らぬ『捨て犬』を拾うくらいにはな?」


「それもそうでしたね」


 くすっと笑うと、彼はすっくと立ちあがり、私の前に手を差し出した。

 わたしはその手を取って彼に続いて椅子から腰を上げた。


「――なら、決まりだ。まずは事の始まりから当たってみよう。オウガ、その漁師の家まで案内してくれ、そこから辿っていくとしよう」


「よし!!伝説のビーストハンターコンビの再結成だ!!」

「そうそう、 漁師の名前は『エミール』だ。シリウス、彼の家まで案内するよ」


「……白魔女さんならともかく、お前と相棒になるつもりは無い。」


 スノットさんはシリウスさんが断言すると、「そんなぁ~!」といって、がっくりと肩を落とした。


 ・

 ・

 ・


 私たちは「欠けた石臼亭」をあとにしました。

 そして、例の首飾りを拾ったという、漁師さんが住んでいる小屋の前にいます。


 小屋はすこし村から外れた川の上流の方にあり、魚の干物をつくるためのラックが積み上げられていました。川魚特有の、泥土とカビの臭いが鼻につきますね。


「うへぇ、鼻が曲がりそうだ。俺このニオイ嫌い」


「衣装にこの臭いがしみつかないと良いんだけど……」


「あとでお二人に、臭い消しを作りましょうか?」


「レディ!ああ、その優しさはまるで地上に現れた女神だ……!このオウガに詩才があれば、100年も語られるキミの優しさをあらわせるのにッ!」


「臭い消しの神様がいたとは、初耳ですね?」

「……あまり相手にするな、こいつがまた調子にのる」


 さて、ノックをすると、木戸を押し開けて、中から一人の男の人が現れました。


 ひどく何かに怯えているような様子で、落ち着きがありません。

 額には汗が浮かんでいて、疲れてやつれきっているように感じます。


 以前の彼がどのような人だったのか、私には知る由もありません。


 けれども、ポンと放っておかれている仕事道具や、散らかるに任せたような乱雑な部屋の様子は、彼に起きている、只事でない事態の存在を私に感じさせました。


「エヘン、ビーストハンターのオウガです。エミールさん、ただいま助手を連れて戻りました。彼らはこの手の……夢の世界の異変に詳しい者たちです」


「本当か?あの触れることもできないバケモノをなんとかできるのか?」


 こちらを見るエミールさんは、ワラにもすがるといった感じだ。


 私が「カップ一杯の溶けた鉛を飲めば助かりますよ」とウソの事を言っても、彼はそれを全く疑わずにゴクリと飲み干してしまいそうです。


「えぇ、この手の事に詳しいカマラです。エミールさん、いくつかお話を聞かせていただいた後、家の中を見せていただいても?」


「あ、あぁ……」


「すまんな、なるだけ手早く済ませるから」


「まず、川の底で箱を拾い、その中にあった首飾りを、エミールさんの恋人に差し上げた。これに間違いはないですか?」


「あぁ、こんな恐ろしいことになるなら、さっさと売り払っておくべきだった……。アイリーンは死んでしまった!死んでしまったんだ……ッ!」


「えぇ……※衷心ちゅうしんよりお悔やみ申し上げますわ」


衷心ちゅうしん心の底から、真心からという意味。


「彼女に贈った首飾りと、それが収められていた、箱の行方はどうなったのです?」


「箱は……川底にまだ沈んでると思う。首飾りは、アイリーンと一緒に埋葬したよ」


 なるほど……ここには何もないという事ですか。


 箱が川に沈んだままとなると、ちょっと厄介ですね。シリウスさんに潜ってそれを探してもらうというのは、さすがに酷すぎる気がします。


 じっとシリウスさんに視線を送ると、目をそらされてしまいました。

 むぅ、勘のいい方です。


「では次に、あなたの見た怪物に関して詳しく教えていただいても?」


「ああ、とんでもなくおっかねえ、肝がつぶれるみたいにおっかねえんだ!」


「……落ち着いてくださいエミールさん。私が聞きたいのは、それの見た目や、音、振る舞いやなにやらです」


「夜中に横になって寝ていると、戸を叩かれたんだ。妙に思って戸の前に立つと、戸を隔てているのに、扉の向こうが見えたんだ。そしたら、あの、恐ろしい顔が!」


「どういった顔です?」


「干からびた、真っ白になった松の樹皮みたいな面だ。目はヒビや割れ目みたいだけど目の玉は無かったように思う。とにかく生き物とも思えないような見た目だ」


「それはアイリ―ンさんのドレスを着ていた、そのようにオウガさんから伺いましたが、それは間違いありませんか?」


「あぁ、そうだ……アイリーンはきっと俺を呪っているんだ」


 エミールさんはひどく取り乱して、家の小さな窓に寄りかかった。


「彼女が凄まじい金切り声をあげると、俺は目が覚める。すると俺はまだベッドの上にいるんだ。そんな夢だか現実だか、よくわからないのが続いているんだ」


 なるほど、エミールさんは夢の中でしか、その存在を見ていないわけですか。


「そんなのが毎日だよ。うつらうつらして、漁をしているとき、外で気を失ったらと思うと怖いんだ。戸が無かったら、俺は一体どうなるんだってね?」


「ふむ、そいつは戸を越えて来ないのか」というシリウスさんの指摘に、引っかかるものを感じました。


 これは吸血鬼ヴァンパイアの特徴、「招待されないと入れない」にも似ています。しかし夢を操る吸血鬼というのは、かなり高位の存在です。

 それがエミールさんのような漁師を襲うのは、ちょっと考えにくいですね?


 どうやら夢に現れたのは「アルプ」に間違いなさそうですね。


「恐らく、エミールさんの夢に現れるのは『アルプ』という夢魔でしょう。なにかの助けになるかもしれません、もっと詳しく家の中を調べても?」


「あ、あぁ……」


 エミールさんの家の中を改めるとしましょう。

 もしかしたら「アルプ」の痕跡が、家のどこかに残っているかもしれません。

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