欠けた石臼亭にて

 私たちは旅籠「欠けた石臼亭」の中へ、荷物を抱えたまま入りました。

 そして「あら」と思いました。中は思ったよりもきれいな作りなのです。


 外から見ると丸太小屋のようでしたが、内壁は丸太を削って平たくして、琥珀こはく色のワニスを塗っていました。


 表面はとてもつややかで、室内のろうそくの光で、だいだい色に光っています。

 触るってみると、つるっとした感触に、ちょっと気分が良くなりますね。


 おや、旅籠の柱に掛けられているのは、メイビルの紋章の書かれた木皿ですか。


 紋章は緑地に、7つの枝を持つ非対称の樹形を描いたもの。

 お師匠が言うには、かの地を流れる複雑な川の流れをあらわしているそうです。


 謎の貧相さんにも、荷物を運ぶのを手伝っていただきました。

 振る舞いを見るに、この方はどうやらシリウスさんとはお知り合いのようですね。


 「捨て犬」とは呼ばずに、シリウスと彼の名前で呼び合う事からみても、それなりに長いお付き合い何でしょうか?


 私たちは、旅籠にあるテーブルのひとつを占領します。

 そこで大根とチーズが織り成す重力パズルの解法を見つけ、どうにか落ち着いたところで、ようやく貧相さんとお話をすることになりました。


 用向きはわかりませんが、何やら深刻そうですね。


「シリウス!俺というものがありながら新しい相棒を?!」


「おいオウガ、お前と相棒になったつもりはないぞ」


 ……「オウガ」が貧相さんのお名前ですか?


 オウガとは、あのオウガでしょうか?

 戦鬼とも呼ばれ、戦においては身の丈ほどの武器を振り回し、一騎当千。

 そのオウガのことでしょうか?


 貧相さんは、オウガというより、スノット鼻たれといった感じですが。


 いえいえ、人は見かけによりません。たまたま具合が悪いだけかも?


「ええと、白魔女のカマラと申します。オウガさんはどこか具合でも悪いのでしょうか?ひどく青ざめていますが」


「ああ、考えごとのせいで、胃がキリキリと」

「まぁ」


「あまり相手にするな。こいつが調子に乗る」


「ひどいじゃないかシリウス!」


「こいつの口よりか、俺の口で説明した方がよさそうだ」


「あら、お願いします。どんな冒険があったんです?」


 私はすこしばかりわくわくして、お話をせがみました。


「まあ、俺とこいつは……ウィッチハンターのコンビとして、辺境の地ではそれなりに幅を利かせていたんだ」


「あらあら、それなら随分とオウガさんは腕前がよろしいんですね?」


「シリウス違うぞ、ビーストハンターだッ!そこは間違えちゃいけない!」

「ウィッチハンターなんて言ったら、とんでもない依頼が舞い込んでくる!」


 ???話が見えなくなってきました。


「へいへい。そんでビーストハンターをやっていた俺たちは、どこからともなく現れた人食い人狼を倒しては去っていく、そういうスゴ腕だったわけだ」


「あら、凄いじゃありませんか」


「逆に言うと……人狼以外の大物は、倒したことがない」


 あぁ、と納得がいって、ぽんっと手を打ちました。


 なるほど……、どこからともなく現れた人食い人狼。

 きっと死んだふりをした、シリウスさんですね?


「やっぱりオウガではなく、スノット鼻たれさんでは?」


嗚呼ああレディ!君までそんなことを!!」


「えっと、オウガさんを役人に突き出さなくていい理由が知りたいのですが」


「ひぃ!それはやめてっ!」


「カマラさんたまに怖いこと言うね?」


「だって、あまり褒められたことをしていませんもの。シリウスさんもですよ」


 彼はとてもばつの悪そうな顔をしている。

 生まれのつらさはあっただろう。でもそれは言い訳にならない。


「ああ、でも、俺の手でやれる討伐依頼は、ちゃんとやってたんだ。かしらから尾っぽまで、全部が全部、嘘にまみれた冒険だったわけじゃない。」


 シリウスさんは確かにそういった行いは、あまり好きそうではないですね。


「レディ、人にはやむにやまれぬ事情というものが――」


 ほう、彼をそそのかしたのはお前か?

 少し頭に熱いものが登ってくるのを感じた。


 それを何を勘違いしたのか、奴が私に手を伸ばそうとした瞬間――


 その手をシリウスさんが新鮮なゴボウでひっぱたいた。

 あら、むちのようなとてもよい音。


「ひどいじゃないか!」


「ちなみに彼女はの白魔女だ。お前が肩を抱こうものなら、残りの一生をトカゲとなって過ごすことになるから気を付けろ」


「ひゃいっ!」


「まあ、そんなわけでスゴ腕と見込まれてしまうと、あれやこれやと面倒くさいのも舞い込んでくるわけだ。命の危険を感じてコンビを解消したはずなんだが……」


「正直、俺もそのうちに面倒くさくなってきてな」


「私もビーストハンターはもうやめようと思っていたのだ……しかし、君たちもこの話を聞いたら、きっと助けたいと思うはずだ」


「なるほど、本当に困っている人がいるというのなら、すこし話は変わります。ろくでなしのスノットさん、詳しい話を聞かせてもらっても?」


「おいおいカマラさん……」


「――そう、これはこの村で起きた、ある悲劇の話だ」


 そう言って芝居がかった素振りで、自称オウガ戦鬼スノット鼻たれさんは語り始めた。

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