野盗との戦い

「人狼だっ!武器を――」


 野盗がそこまで言うが早いか、シリウスは地面をって弾けるように動く。

 私が瞬きする間に、ひとり目の首筋にその爪を届かせていた。


 明かりに照らされ、黄色に染まっていた小屋の壁。

 その黄色いキャンバスを横切るように、男から噴き出した鮮血が広がった。


 ぐげ、とまるで踏んづけられたカエルのような情けない声を上げて、一人目の悪党が真人間になった。もう彼は誰も傷つけることはないだろう。


 私のする仕事は無さそうですね。


 ふたり目のならず者は腰に差していた手斧を抜く、しかしそれをシリウスの背中に振り下ろす前に、彼は頭と腕を失った。

 シリウスは、まるで粘土をちぎるみたいに、人の体をむしっていく。


 あの力をこちらに振るわれたらと思うと寒気がする思いだが、彼自身にそのような邪悪さは感じない。感じるのは邪悪さよりはむしろ――霊性れいせいを感じる。


 花が咲いた時、青ざめた空を飛ぶ、一羽の鳥を見た時に感じる息吹。

 寒々とした世界に浮き上がる、命や本能、そういった類のものだ。


 雪に覆われた死の荒野を進む一匹の狼――


 いやそこまでいくと、シリウスさんには格好よすぎますか。


 ――ともかくこの目で見て確信しました。これは呪いではなさそうですね。

 これはむしろ、祝福なのではないでしょうか?


 そう、部族や血縁に、「似たようなもの」が彼らに共に生きる縁を与える。

 族霊トーテムというやつです。


 小屋に入れた3人目は、弓矢を持ってきました。

 なるほど、あれがイタチさんですか。


 イタチさんはシリウスさんに向かって矢を放ちましたが、そっぽを外れて、野原のどこかに飛んでいきました。


 うんうん、呪符はちゃんと聞いてますね。

イタチさんが慌てて、狙いをしくじっただけかもしれませんが。


 どんがらがっしゃんと金物をひっくり返すような音が小屋の中でして、それからすぐに静かになりました。


 ……終わりましたか。随分あっさり終わっちゃいましたね?


 のっしのっしと、小屋の中から出てきたシリウスさんは、血に染まった袋に何かを入れて出てきました。ああ、イタチさんの首級しるしですねきっと。


 夜の野原に立ち尽くす私の姿を見たシリウスさんは、ばつが悪そうにして、こちらに手招きをして呼び寄せる。


「すまん、ちょっと問題が起きた、いや、それともこれから起きるのかも知れんが……とにかく来てくれ。多分これはあんたの専門分野だ」


「……はい?」


 彼は私の手をひこうとして、慌ててひっこめた。

 汚れている、というのもあるが、自分の腕力を思い出したのだろう。


 確かに腕を引っこ抜かれたら困りますからね。


「シリウスさん、人狼と人の付き合い方、少しづつ慣れていきましょう」


「ああ、うん。」


「……まって!やっぱりまだ入らないで!」


「えっ?」


 私は地面のをまたいで、中に入るところだった。


「何か不味かったですか?」


「あんた……平気なのか?やっぱ魔女なんだな……」


「あっ」


 普通の人はこれを嫌悪するのを忘れていました。


「いえ、一応の嫌悪感はあります。ですが、医術に携わる者としては、こういったものには、慣れないといけないものですから」


「ああ、失言だった。すまん、そういうつもりじゃなかった」


「シリウスさん、気を使いすぎです。ハゲちゃいますよ」


「ハゲ……!ううむ、人狼でもハゲるのかな……?いや親父は……」


 シリウスさんに手を振って、もう気にしないでの意を示して、私は小屋に入った。


 中に入った私は、予想外の物に驚いた。


 手前に砕けて散乱する血肉についての驚きではない。


 その奥だ。


 小屋の奥には、人皮で飾り付けられた、血濡れの祭壇があった。


 それに近寄って、もっと詳しく見てみる。


 祭壇の皿に盛りつけてあるのは、ヒヨス、トリカブト、マンドレイク。

 どれも強い幻覚作用のある薬草、いや毒草だ。


 あとはパンと血……?いや、腐ったブドウの汁か、なるほど。


 魔術的な意味を持つ物品が盛りつけられた祭壇。

 その手前にあるものも奇妙だ。

 短い毛の混じった油脂と、蝋石で書かれた、複雑な丸い図案。


 これは……ただのまじないではない。

 秘薬として用意されているものは、死と腐敗に関係する者ばかりだ。


 ――ここで行われていたのは、死霊術ネクロマンシーにちがいない。

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