月輪に吠える

 つんつん、と何かに突っつかれて、はっと目を覚ます。


 反射的に、私の肩に届いたソレを触った。


 ――木の枝?


 何の変哲もない、そこらの野原に転がってそうな木の枝だ。


 シリウスさんが枝をつまんで、それでもってチョンチョンと私を突っついて起こしたようですね。ばっちいモノでも触るみたいで、ちょっと頭に来ますが……。


 彼を見るとその理由はわかります。


 毛皮に包まれ、そこに圧倒的な膂力りょりょくが秘められているのを感じさせる、筋肉質でそれでいて野生のしなやかさを感じさせる上半身。趾行性しこうせいかかとの上がった脚。


 夜半になり、月輪がその形を現したことで、人狼化したのですね。

 とても大きな口。童話の狼を思い出します。私の頭がすっぽり入りそう。


「人狼化したのですね?」


『ああ。そんで、その……枝で突いたのは済まない。コレなもんでな』


 彼はその手を私の前に示す。黒く光る、釘の様な爪。

 なるほど、傷つけまいとしてくれたんですね。紳士な方ですね。


「――?あ、私の顔、怒ってましたか?」


 自分の眉と額を触って確かめるようにしてみる。

 何分、人とあまり接しないので、表情の感覚がよくわからないのですよね。


「あーいや、キレイなもんだ、うん」


「ごまかしが下手ですね」


「ああ、キモが冷えて固まるかと思った。ばあちゃんの茶筒をひっくり返した時も、親父のパイプで水遊びした時だって、見たことねえ顔だった」


「そんなでしたか。」

「そんなだったぜ。」


 さて、戦いに入る前に支度をしなくては。

 肩掛けの鞄から戦いに必要な道具を取り出す。

 白絹のように薄い鎖帷子メイルシャツと、鎧紐だ。


 鎖帷子は服の上から身に着け、動きやすいように、紐で袖と裾を縛る。


「白魔女っていうから、杖を振って魔法で戦うのかと」


「実は剣士なんですって言ったら、信じます?」


「剣の無い剣士かぁ。パンを焼けないパン屋がいるならいるかもしれんな」


「そうですね。後ろで見てますので、できるだけ守ってください」


「おう、任せとけ」


 そうだ、イタチさんを見守っていたトカゲさんを戻さないと。

 チチチと舌打ちをしてトカゲさんを呼び戻すと、ほどなくして闇の帳の中から彼が現れた。何があったか聞いてみるが、変化なし?はて?


「お家からは誰も出入りしていないそうです。イタチさんは私たちがついた時点で、お家に帰っていて、そこから動いてないという事でしょうか」


「ふぅん?まあよくわからんが、この夜だ、弓矢も役に立つまいよ。イタチの野郎に昼の借りを返させてもらうとするか」


「おお怖いですね」


「――白魔女さん」


「はい?」


「ありがとうな。多分あんたがいなかったら、俺死んでた」


「どういたしまして。これで終わりにしましょう」


「――スゥッ……」


 深く息を吸ったシリウスさんが遠吠えと共に空気を吐き出した。


<ウォォォーン!!>


 シリウスさんの遠吠えを聞きつけたのだろう。

 何事かと中から出てきたのは、3人の野盗だった。


 傾いた廃屋の室内かられでた、黄色い光に照らされた三人の男の顔。

 闇を怪訝けげんに見つめるその顔は、人狼を認めた刹那せつな、恐れに染まった。

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